第七章 若者たちの選択 ⑩
辺りに響く銃声とほぼ同時にケインがその金棒で、空中に伸び張り詰めた蔓を叩きつけていた。
それぞれ繋がったままのハルトとアニーの両者が共にバランスを崩し、倒れかかると、その隙にハルトの前に回り込んでいたケインは、その体形に似合わぬ敏捷性を発揮していた。もう一度ハルトの背後を取ると、金棒の柄と先端を握り、自分の身体とで挟み込むようにハルトの身体を完全に抑え込んだ。
鉄の棒を強く押し付けられ、不自由な体勢で右手の銃剣も左手の宝石も扱うことが出来ない。
身体全体に圧し潰されそうな圧力を感じながらも、ハルトは叫ぶ。
「ジア!」
地面に身体を投げ出したローブの男の姿は小屋の陰になって見えなくなったが、辺りに響く銃声にジアの身に何か起こったのかと、自分の今の状態を忘れるくらいに動揺していた。
一瞬の静寂の後、ハルトの呼び掛けに答える様にその管理小屋の木製の壁の一部がはじけ飛んだ。薄い戸板を蹴りだした巫女の裸の足が貫いており、その足が引っ込むと今度は出来た穴に長い両手の指が差し出された。
ジアは両開きの扉を開くように勢いよく両手を広げた。
管理小屋の壁は巫女の力にたやすく屈し、その一面はどこか心地よい音とともに放射状に砕け散った。
「ハルト!」
木片を舞い散らせ壁の下部を蹴り壊しながら、小屋の灯りを背に世界樹の巫女が姿を現す。
アニーは流れ出る鼻血を拭おうともせず、這い進むように小屋の中に突進するとヴァイパーが取り落とした散弾銃を拾い上げる。
今は何とかこの場の主導権を握るべきだ。メルヴィンの裏切りの意図を追求するのはそれからでいい。いや、追求するのももう面倒くさい。
取り敢えず二発の銃弾のうち一発はお返しにメルヴィンの鼻に撃ち込むことを固く決意し、小屋の真ん中に立つと壁の一面を派手に破壊した巫女の大きな背中に銃身を向ける。
壁の向こうではケインがハルトを盾にするように抑え込んでいるのが見えた。
うめき声を上げる巫女の父親らしき男の背に片足を乗せると巫女の背に向かって声を上げる。
「お嬢ちゃん、大人しくしな。動くんじゃないよ」
いざと言うときは巫女を射殺することにためらいはない。
そもそももうこの状況では彼女を拉致するなどもう問題外だ。
それでも一度場を制し主導権を持とうとした。
アニーは他の傭兵のように戦闘の専門家ではない。それでも油断なく巫女の間合いの外から警戒していたつもりだった。
向こうをむいたままの巫女の身体がゆらりと揺れ、そのまま沈み、身体を回した。
そこからばね仕掛けのように長い裸足の脚が飛び出すと、それはアニーが引き金にかけた指を引くよりもはるかに素早く振り回され、信じられないほどに伸びたそれは、構えた銃身を蹴り飛ばし、両手どころか全身に衝撃を感じた次の瞬間には散弾銃は横の壁に激突していた。
アニーにだけには引き金にかけていた自分の指の折れる乾いた音が何よりも大きく聞こえていた。
その事実と痛みが脳に届く前に部屋中に巫女の髪が広がり、大きな木のような影が空気の流れる気配と共に視界を覆いつくした。
どこか可憐で美しく、官能的ですらあったそれは、ワンピースの裾が破れるのにも構わず、天井を突き破らんと高く振り上げられた世界樹の巫女の脚だった。
その脚に繋がる裸足の踵がアニーの頭部に勢いよく叩き落とされ、指の時とは少し違う鈍い、砕けた音があたり一面に響き渡り、今度の音は逆にその場の全員の耳へと届いていたが、アニーにだけは永遠に届くことのなかった。
これが世界樹の巫女か。
ケインは感嘆の思いで、小屋の壁を破壊し、銃を構えるアニー・ベイツを苦も無く踏み殺すジア・アーベルを見ていた。
ハルト・ヴェルナーを抑え込む両腕に力を込める。指示通りに動くのは少々癪だが、ここは大人しくヴァイパーことジョアンナ・マーシュの案であるハルトを人質とするのが一番懸命なようだ。
当の帝国工作員様はアニーの隣に並ぶように倒れている。
まさかメルヴィンが巫女よりも一番にヴァイパーを撃つことを優先するとは、少々思惑が外れた。それも「最後の一発」を使って。
もちろんケインはメルヴィンの小銃の残弾が一発しかないことはとっくに把握していた。そんな状況で彼をつつけば、ある意味一番関係が浅い巫女を撃つだろうと期待していた。
ヴァイパーが同じ帝国兵として、彼にケインを撃つよう指示することももちろん予測していたが彼女は残弾数を知らない。彼がその一発を撃つことに多大な決断を必要とすることもわからないはずだ。
だからケインは賭けに出たのだ。
この場ではメルヴィン・ポインター上等兵は世界樹の巫女を一番に優先して射殺してくれるだろうと。
そうすれば後は、ケインはメルヴィンを殺し、全て彼の責任にするつもりだった。帝国内ならともかく、今この場ならヴァイパーはどうとでも抑える事ができる。
メルヴィンに代わって彼女に取り入りコネを利用してもいいし、なんなら彼女を殺してしまってもよかった。
メルヴィンが自分の予想を超えた行動をしてくれたことに、どこか、喜びと優越感が背中を走る。
ヴァイパー、どうやら貴女は彼に上官としてあまり認められなかったようだな。
私も貴女も賭けに負けてしまった。
よかったよ、メルヴィン。君が思い切った行動をとってくれたおかげでどうやら私は君を殺さずに済みそうだ。
そしてまだ次の賭けを続けることができる。
今度は私が君を見習って、君の勇気に報いるためにも精いっぱいこの身体を張ってみることしよう。二人で力を合わせてこの窮地を切り抜けてみようじゃないか。
遠く背後で新たな銃声が二発、続けて轟いた。
どうやらロバート達のほうもなにかしらの決着が着きそうだ。皆死んでしまったのなら少し残念だな。
巫女が足を引き抜くと、こちらを振り返り、一歩小屋から足を踏み出した。
その瞳は深緑に輝いている。その瞳はケインではなくその腕の中でもがいているハルトを、大樹の使途を見つめているようだった。
「さて、巫女様。彼を傷つけたくなかったら言うことを聞いてくれますかな」
押さえつけていた金棒がハルトの首に食い込み彼は苦しそうな息を上げる。
その傭兵の言葉には答えず、ジアはハルトだけを見ていた。
貴方は何をしているのですか。わたしを助けに来たのではないのですか。
ジョアンナも倒れ、当面の残る脅威はハルトを抑え込んでいる男だけのようだ。
ジアにとってその男を力ずくで排除することはたやすく思えた。だがそれでは駄目なのだ。
貴方がかつてわたしに願ったように、わたしも貴方に願ったのです。
もっと強く大きくと。
昨日言ってくれましたよね、あなたが力を示すために、わたしの存在がうってつけだったのだと。
あなたは酷い言い方だと謝っていましたがわたしは嬉しかったのです。
例え都合の良い囚われの悲運の姫だろうと、忘れられた存在になるよりかは、わたしにとってそれは遥かに意義のあることなのです。
だからわたしが貴方を助けるのではなく、貴方はわたしを、全力をもって助けなくてはならない。それが大樹の使途としてのあなたの存在意義なはずです。
わたしを助けるのが貴方のわがままなら、おなじく助けられることはわたしのわがままでもあります。
ようやく再会できたのだから、もうわたしを失望させないでください。
わたしを助けるための力が必要ならば、わたしがいくらでも与えましょう。
昨夜、獣と対峙した際のハルトへの頬への口づけを思い返す。
あれでは、足りませんか。
わたしは世界樹の巫女。貴方がそうした。
大樹の使途たる、仕えるべき貴方が必要とするのなら、わたしはどこまででも舞いましょう。
ジアの瞳が強く深緑に輝き、ハルトを引き寄せ抱きかかえるかのように両手を前に掲げた。
この世の変革の象徴たる世界樹、そして活性化の儀式の目的である村の大樹、排除すべき敵である傭兵、そしてその手にとらわれた使途ハルト、彼の掌のジュエルシード。偶然か必然か、天の采配か地の悪戯か、それらがジアの視線の先で全て直線状に並んでいた。
世界樹よ、マナよ。巫女たるわたしが命じます。大樹の使途に力を。
そしてハルト。
全霊をもってわたしのために戦いなさい。
身体の前に掲げられていたジアの両の掌が、天を向いた。
わかったよ、ジア。君がそう願うのならば。
ハルトは応えた。そうして掌の宝石に全霊を込めて願った。
今、二人の想いは重なった。




