第七章 若者たちの選択 ⑧
ハルトは立ち上がり、ゆっくりと近づくケインを見据える。
手に持つのはリアムの銃剣のみ。
これで彼の金棒の一撃を防ぐのはとても無理だ、かといって攻撃を搔い潜ったとしても相手に致命傷を与えるのはもっと絶望的に思えた。
やはり、この大樹の力が必要なのか。左手を強く握り、そこにある石を強く意識する。
その時何か人の争う物音と話し声が聞こえた。
ジアの方で何かあったのか。
戦いの最中、その相手から目を離す愚を犯すことに抵抗感を覚えながらも振り返る。
管理小屋の入り口のそばで、深緑のローブを着た人物が後ろから女に取り押さえられていた。
その女には見覚えがある。
先程ロバートから名を聞いたアニー・ベイツという女だ。そしてあの新緑のローブは世界樹の巫女に使える従者の証だ。
確かデレクを除いて六人の従者が居たはずであり、リッター・ヴォルフに紹介されたのは三人。彼を除いてもまだハルトの顔の知らない従者が二人いるはずだった。
あの若い男らしき人物が残り二人のうちの一人なのか。
自分を狙った賊の一味の一人が、ジアの従者を襲っている。
いま自分がより危険な相手と相対していることも忘れ、つい声を上げてしまった。
「おい、その人を離すんだ!」
アニーだけでなく、捕まえられている若い男も暗いフードの内で仰天した様子だった。
誓ったんだ。ジアだけでなくこの手に届く人すべてを助けるのだと。
貴女の居る世界を守るのだと。
僕の【これ】はそのための力だと。
掌の宝石が輝く。
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それが君の選択か。私を無視するのは酷いが、なかなか立派で、そして欲張りな心意気だ。ケインは金棒を力強く握りしめ、ハルトへと背後から接近する。
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ハルトの声が聞こえた。彼は傭兵達に連れられてではなく、自ら来た。
ジアは立ち上がる。全身に力がみなぎっていた。
ハルトの気配から漏れ出るマナの力を感じ取りながら。
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ジョアンナは冷静に計算していた。アニーが取り押さえているということは、メルヴィンは役に立ちそうにない。
自分の持つ散弾銃も装弾数は二発のみ。誰と誰を撃つべきだろうか。
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デレクはいざとなったら生身でジョアンナを取り押さえるべく両足に力を込めた。
ジアはもちろん、ハルト・ヴェルナーを決して殺させてはならない。
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メルヴィンの瞳には開け放たれたままの小屋の扉の向こうで、巫女が立ち上がり、自分らに銃を突きつけているジョアンナの存在を忘れて、薄い壁に両の掌を押し当て、まるでその向こうにいるハルトの存在を透かし注視しているかの様な姿が映った。
そのハルトはあのケインと対峙しながらも、その身を危険にさらしてまで自分を助けようとしている。
ケインが彼の背後に迫る。
ジョアンナはデレクに向けていた散弾銃の銃口の狙いを、再び巫女の方へと移そうとしている。
デレクは咄嗟にジョアンナに両手を伸ばし跳びかかろうとするが、その動きを予期していたかのように、老工作員は腕の中の銃を回転させ銃床を彼の側頭部へと叩きつけた。
同時に起こった様々な出来事に、アニーの腕の力が緩んだことを感じ取ったメルヴィンは後頭部を思い切り彼女の顔面へとぶつけ、即座に全体重を倒れる様に前方へと掛け、その拘束から強引に逃れると、落ちていた自分の小銃に覆いかぶさる様に身を投げだす。
視線と銃口を同時に持ち上げる。
巫女が床に倒れた父親に駆け寄っている。
一瞬の逡巡の後、結局父娘へと散弾銃を向けるジョアンナの、【工作員ヴァイパー】のその後ろ姿がメルヴィンから見えた。
「何なのよこいつ、頭おかしくなったの」
鼻血を滴らせながら激高したアニーは、メスを握りしめた右腕を振り上げ、メルヴィンの首筋を狙う。
闇夜に深緑の閃光が奔り、ハルトの掌から飛び出した蔓がメスごとアニーの拳に巻き付き、宙に貼り付けた。
木の上から見た、闇夜の中で獣に身一つで対峙する少年の後ろ姿が、丘の上から見た、湖に反射する光に照らされた若い男女の手をつないだ後ろ姿が、そして彼を待つ【世界樹の巫女】の肩書を持つ少女の姿が次々にメルヴィンの脳裏に浮かぶ。
それを撃ち、破壊するのが帝国工作員ヴァイパー、あなたの選択なのか。
ならば、これが自分の選ぶ帝国へ対する奉仕と服従の意志だよ。
メルヴィンは伏せた状態から片膝を立てると訓練通りに狙いをつけ、ジョアンナ・マーシュの身体を背中から撃ち抜いた。
乾いた銃声とともにこの場に不釣り合いなほどに爽やかな金属音を響かせながら、弾倉のクリップが飛び出しその小銃は弾が尽きたことを知らせた。




