第七章 若者たちの選択 ⑦
ケインは大仰に両手で金棒を振るい、ハルトを追い詰めていた。
その鈍重な一撃はハルトに二刀のナイフで受け止める選択肢をなくし、躱すことに専念させていた。
ケインは森の中に身を潜めながら、ロバート一行とこの大樹の使途の戦いを観察していた。
あのブラドを一撃で吹き飛ばしたマナの放出は驚異的だが、まだまだ使いこなせているとは言い難い。五感や身体能力もどうやら常人以上には引き上げられてはいるようだが、同様に本人の経験が足りておらず、どこか動きがちぐはぐになっている。
ここの村人として普段から鍛えてはいるはずだが、それはごく普通の少年としてであり、この世を統べる大樹の使途としては目覚めてまだ一日でしかないのだ。
惜しいな、少年。出会うのが少しばかり早かったようだ。
それとも遅かったのかな。
この少年は使途としての力を取り戻す前から、あの獣と戦う気概があったのだ。
ケインは勇気のある若者が好きだった。
例え実力が伴っていなくとも物事や困難に立ち向かう姿勢を持つ者にはいつでも高く評価していた。
ケインには自分が勇気を振り絞るという機会に昔から縁がなかったからだ。
それはただ怖いものや嫌なことが自分には何もなかっただけだった。
皮肉にもその特性によって傭兵としてはそれなりに成功してはみたが、自分の行きついたピュアブラッドも似たような連中ばかりであり、ここが我が人生の終着の風景かと諦めかけていたところに、帝国の勇敢な兵士だという触れ込みであのメルヴィン・ポインターが現れた。
ケインは非常に興味がひかれた。
前評判に違えて彼は非常に憶病で繊細で、それでいて逃げ出すことはしなかった。
逃げ出すことにも勇気が必要なのだともわかってはいたが、それでも震えを押し殺し、足を踏ん張りがむしゃらに降り注ぐ災難に立ち向かう姿は、自分や同僚の傭兵達にはない輝きがあった。
彼に手柄を与えたい気持ちにも、今後ともに戦いたい気持ちにも嘘はない。
彼が嫌々自分についていることはさすがに気が付いているけれども。
ハルト・ヴェルナー。君はどうだい?
密かに彼を小屋の方へと誘導しながら心中で問う。
勇気を持ち、力を持ち、さらにこの小屋には君の救いを待っているお姫様がいるぞ。私には持てないその輝きを存分に見せてみろ。
不意に突進し、体を密着させ、ケインの肩に牙の形をしたナイフを突きつけたハルトの背中側の服を掴むと、腕に力を込めて振り回し、小屋を照らす街灯の下へと放り投げた。
明かりの下でその瞳を深緑に輝かせ、ハルトは再び立ち上がる。
ケインは肩に刺さったナイフを、痛みを意に介さずに抜きながら悠然と歩み寄る。
さあ、舞台が整ってきた。
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一度は落ち着きかけたジア・アーベルが再び小屋の外を凝視している。
おそらくハルト・ヴェルナーが近づいているのだ。
ケイン達は彼を無事捕まえたのだろうか。そしてそうだとして巫女は素直に我々の言いなりになってくれるのだろうか。
もしもハルトが殺されたりすれば先程巫女が見せた怒りを見るに、ここにいる皆ただでは済まないだろう。
そしてメルヴィンのみが知っているケインとジョアンナの思惑の違い。
銃を持つ手がじっとりと汗ばんでくる。正直室内での暑さと、フードによる視界の悪さからこの偽装のローブを脱ぎたかったが、この場で存在価値が一番小さな自分の正体をさらけ出すことがあまりに心細く、恐ろしかった。
そしてなにより、自分の持っている小銃には実は弾があと一発しか装填されていない事実を直視しなければならなかった。
昔ながらの実弾は帝国でも貴重な存在であり、長期任務に着いたメルヴィンにも弾倉二つ分、計十六発しか支給されなかった。
弾倉一つと六発は盗賊団との戦いで、そして一発は森の中であの獣に打ち込んでいた。あと一発だけで何ができる。
もしも一発を両上官の言うように世界樹の巫女に撃ち込んだとしたらそれで終わりなのだ。
その時ノックされた戸の音はたいして大きくなかったが、それでも静寂を保っていた小屋中に響き渡りメルヴィンは飛び上がって驚いた。銃口はアーベル親子に向けたままのジョアンナはその戸を凝視すると、メルヴィンに外の様子を見てくるよう目線で合図し、自分はより小屋の中央へと陣取った。
メルヴィンは唾をのみ、何とか銃を持つ手の震えを抑えながらそっとドアを開ける。ケイン達が戻ってきたのだろうか。
それならば自分たちが居ることは知っているので声を掛けてくるはずだ。
それとも大樹の使途ハルト・ヴェルナーが全ての悪を打ち倒し、世界樹の巫女を助けに参上したのだろうか。
ひそかにメルヴィンは正義が勝つこと願っていたのだが、その場合自分は悪の方になってしまう。他の傭兵同様にハルトに打ち倒されてしまうかもしれないのだ。
慎重に開けた僅かな隙間からライフルを突き出し、足でさらに戸を押す。
夜の涼しげで新鮮な空気とともに隙間から一本の素早く腕が侵入すると、声を出す間もなく胸倉を掴まれ、凄まじい力でメルヴィンの身体を外へと引きずり出した。
ライフルを取り落としてしまう。
ケイン達であることを恐れて引き金に指をかけていないことが幸いし、無駄な弾を発射することは避けられた。
視界がグルグルと暗転する中、二本の腕が暗闇から伸びてきて後ろから取り押さえられる。片方の手には暗闇の光る刃物が見え、首筋に当てられた。
それは医療用のメスだった。
フードの中を覗き込む女の顔が狭い視界を覆う。
「なんだ、あんたか。メルヴィン。紛らわしい格好して」
その声はアニー・ベイツのものだった。
息を喘がせながら、なんとか返答する。
「ベ、ベイツさん。あなたこそこんなところで何を。皆と一緒に大樹の使途を捕まえにいったのではないですか」
「そのつもりだったけど、どうもうまくいかなくてね。あんた、あの帝国の婆さんとなんかこそこそ話していたでしょう。どうせならそれに一枚噛ませて貰おうと思ってね」
「何を言ってるんですかこんな時に、それにケインさん達はどうしたんですか」
途端に首に回された腕が締め付けられ、息が止まる。
必死に引き離そうとするが、一見平凡でメルヴィンよりも上背のない女のその腕力はメルヴィンの力ではビクともしなかった。
「あまりごちゃごちゃ言うんじゃないよ。こっちは散々森の中を駆けずり回っていい加減頭にきてるんだ」
さらに首筋のメスを押し付ける力も強くなる。
「相変わらず巫女はこの小屋の中なんだね。あんたのその御大層なライフルを拾いな。私もその巫女様のご尊顔を拝ませてもらおうじゃないか。」
逆らうこともできずに小屋へ向おうとした時、とある声が響いた。
「おい、その人を離すんだ!」
外灯の灯りの中心で白髪の少年、大樹の使途が立っていた。




