第七章 若者たちの選択 ⑥
アニー・ベイツはこっそり掏り取ったメルヴィンの双眼鏡を小声で罵りながら下げた。
生来の用心深さと思い切りの良さから、これ以上巫女や大樹の使途とかかわるのは凶だと断じ、足早に村から逃げようとしていたが森や山を避け、村から離れる最短コースでもある湖を囲う大門から続く道が見える位置についたが、その道には若い二人組が、複数の倒れた死体と共に控えていた。
村人ではなく、その様相から同業者の気配は発しているが、仲間ではない。
その二刀のナイフ使いの男と戦斧を持つ若い小柄な女は、アニーと同じく村から逃げ出そうとしているピュアブラッドの傭兵達を誰一人見逃すことなく、容赦なく仕留めていった。
彼らはヴァイパーの言っていた世界樹の巫女付きの外部の傭兵なのだろう。
もう一人いるはずのリーダー的男はここにはいない。
本来は護衛のはずの存在がこんな所に陣取っていることを見るに、彼らも巫女が強大な力を持っている事も、ここの村人たちが只者でない事も知っていたのだろう。
アニーの口の中での呪詛が止まらない。彼らの目的が襲撃者の全滅だということが理解できたからだ。それは皮肉にも我々がこの村にやろうとしていることと同じことだった。
誰一人生き残りがいなければ現場でなにが起こったか誰にもわからない。
この件を裏で糸引いている帝国にとっては、全てが失敗に終わったことが明確になるよりもむしろより継続的で深刻なダメージとなるのだ。
何事か話しながら二人はこちらに向かって歩き出した。再び深く暗い森を抜けねばならないことにうんざりしながらも、アニーは足早に村の最奥へと引き返した。
「村の方もだいぶ静かになってきたな。あらかた片付いた様だ」
クラウス・バリーはナイフの血を拭いながら息を整える。
銃を使えばもう少しこの役目も容易だったろうが、銃弾の大部分はあの獣に使ってしまったうえ、今は音を控えた方がよかった。
キアラ・マイアは少し考えこんだ表情をした後、クラウスへと言葉を投げかけた。
「それで、どういうことなの?」
「何がだ」
「あんたは何か知っているんでしょう。隊長と姫さん、世界樹の巫女とあのハルト・ヴェルナーって子の事よ。この襲撃に関しても、いくら必要な役目だからと言って私達を巫女の護衛から外すなんて不自然よ。
それにあんたもあの黒い銃剣を見てから様子がおかしいし」
「知ってどうする」
「別にどうもしないわよ。ただ癪に障るってだけ。不愛想な隊長や訳知り顔の相方にね」
「俺はともかく、隊長もただ知りたいだけなのだと思う。あの世界樹の巫女と、それを守ろうとするハルト・ヴェルナーの行く末やその選ぶ道をね」
「あんたは知りたいの、それとも知っているの?」
苛立ちを増す相方の言葉にあくまでもクラウスはいつもの調子を崩さず答える。
「これからのことは俺にも何もわからないよ。ただあの銃剣。あれはかつて帝国内のとある部隊でシンボルとして使われたものだということは知っている。
その部隊は優秀な精鋭で勇猛果敢、名誉と正義を重んじる品行方正なまさに軍人や騎士の鑑ってやつだったそうだ。だが今は帝国内にその部隊はもう存在していない。
十数年前その部隊の最後の任務地であるとある村、まさにここのような辺境の村での活動を最後に解散してしまった」
「何があったの」
話の展開が読めず、それでもキアラは先を促す。
「虐殺だよ。その村はここなんかとは違って正真正銘平和でのどかな村だった。
だがそこの住人は一日にして皆殺しとなった。帝国はその情報をひた隠しにし、その部隊は解散となった。
そしてそこに所属していた人間の一部は帝国軍の上層部へと上り詰め、大部分は尽く不幸な目にあい消息を絶つか落ちぶれ、世を捨てた」
「なぜそんな事が、十数年前って今とは違ってそこまで強引なことはしていないでしょう」
「今となっては何もわからない。ただ問題はその小さな村が世界樹の麓にあったということだ。
教団設立よりもずっと以前に世界樹を信奉していた敬虔な信者たちがそこには居たんだ」
「そんな事をなんであんたが知っているのよ」
「俺の家にもあの銃剣があったんだ。父親の持ち物だった」
「それであんたの父親は?」
「落ちぶれた方さ」
不愛想な相方の見せる初めての表情だった。怒りや悲しみではない何らかの諦め。
「診療所で聞いただろう。我らの隊長は村の廃墟で赤ん坊だったハルトを拾ったと。その廃墟を作り出したのは隊長、あの銃剣をもつリアム・パターソン自身も所属していた部隊だったのさ。
そして帝国軍に滅ぼされた村の生き残りの赤ん坊が、大樹の使途の一人だった」
風を感じ、キアラは振り向いて夜の闇に沈む湖を眺めた。この先に世界樹があるのだ。
「その大樹の使途は純粋な想いから少女を世界樹の巫女へと変え、自身は記憶と過去を失い、仇敵の銃剣を用いて彼女を救い、そして今もまた彼女のため、自分のために戦っている」
村から出ようとする人間がもういないことを確認し、二人は大門の方へと歩き出した。
「知りたいと思わないか。これから先に何が起こるのかを」
しばらくすると村のさらに奥の方から微かな銃声が届いてきた。




