第七章 若者たちの選択 ⑤
ハルトはジアの居るはずの小屋へと近づいて行った。
途中地面にあおむけに倒れているブラド・リー・レイの姿を見つけた。その褐色長髪の傭兵の身体は魂を手放しても片手には槍を握りしめたままだった。
僕が殺したのか。
ハルトは息とともに様々なものを飲み込む。
覚悟を決めなければいけない。人を殺す覚悟ではない。
それは外界に出ようというのなら、遅かれ早かれこの時代の人間は受け入れなければならないことだ。
それにあの獣に銃剣を突き刺すときに相応の覚悟は決めていたはずだ。
ハルトが本来持ち合わせ、それが何の因果かジアへと受け継がれ、そして昨晩戻ってきたこの新緑の宝石。
大樹の使途としての力。この力はただの若造である自分には、誰かの命をも奪いうる過ぎた影響力をもつ力だ。
今僕が【何か】をすればそこには今までとは違う、常に大きな責任が伴うのだ。こんな自分を狙うロバートのような敵が現れることが好例だ。
つい先ほどまで僕はジアを救えればよいと、ただ彼女のためだけに精一杯この能力を発揮すればよいのだと思っていた。
でもそれは、彼女に言ってしまった、貴女は僕が行動する為にうってつけだった、という酷い言い回しのように、僕の生き方をすべて彼女のためだと、責任の一端をジアに押し付けることになってしまう。
僕は彼女のためだけに生きるのではいけない。
でも彼女を救いたい意思に噓偽りはない。
ならば彼女だけを救うのではなく、ただ全てにこの力を使えばいいのだ。
僕の手の届くうちの全てに。
大樹の使途とやらが、世間の噂のように本当に次世代の万物の霊長と、世界の英雄となるのならば、そうなってやる。
それぐらいの大志がないと僕はこれから先、この村の外の世界を、僕の願いがその姿にした世界樹の巫女である君と共に歩めない。
賊連中に襲撃されている村や、自分の代わりに戦っている幼馴染に背を向けていることに多少の矛盾と自己嫌悪を感じてしまうが、君は言っていた『私自身は弱い少女のままです』と。
あの夜、湖の見張り台で聞こえた『あなたにはやるべきことがある筈です』と言う声。
今、大樹の使徒のやるべきことはか弱い少女をこの手で救い出すことで間違いのない筈だ。
その少女の居る小屋が目の前に迫る。
今のハルトの身体は内向的な深い思考と、外界に対する人間離れした明敏な感覚が同時に内包されていた。
「あなたは誰だ」
そう言って深い森の闇に向かって声と視線を飛ばした。同時に身体から飛び出した幾ばくかの光の粒子が暗闇を照らし出す。
「おおこれは見事だ。完全に気配を消しているつもりだったのだがね」
そう言いながら朗らかな笑顔で木の陰からから筋肉質で大柄な男が姿を現す。その手には太く長い鉄の棒が握られていた。
「本当は背後からこっそり近づいて、これで不意打ちでもしようとしていたんだよ。自分でやっておきながらどうも私はこそこそしたことは苦手なようだ。
言い訳ではなく、私は、本来はもっと正々堂々とした方が好みなんだよ。今はどうしても沢山の思惑が重なり合っているものでね」
「あなたもロバート・クルーガーの仲間なのか」
「おや、よく彼の名前を知っているな。そうだよ、私も彼らの仲間、そしてこの村を襲撃している傭兵団ピュアブラッドのメンバーの一人。
一応リーダー的立場を取らせてもらっている。名前はケイン・ボーヒーズという。これからよろしくなハルト・ヴェルナー君」
この男も僕の名前を知っていて、僕を狙っている。ならばロバートらと同じ敵なのだろう。
問題はこのにこやかな男の発している気配が、先程散々自分を痛めつけた連中よりも遥かに危険だと全身が警告していることだ。
そして多数の敵が僕を狙っている中、ジアは今どういう状況なのだろうか。
ケインは白い歯を見せた笑顔を崩さないまま、無言で襲い掛かってきた。
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小屋中に充満する緊張感に誰もが動けない中、ジア・アーベルは突然戸板に閉ざされた窓を透かし見るように外に注意を向け、呟いた。
「ハルト……」
メルヴィンはなにも感じないが彼女だけは、近づく大樹の使途の気配を察知したようだ。
「おや、本当に彼は来てくれましたか。予想通り勇敢な少年でこちらは助かりますよ」
ジョアンナのどこか挑発的な言い回しに巫女は深緑の瞳を見開く。
もしもその視線に他のマナの光のように物理的な力があったのなら今頃メルヴィンは気絶しているだろうが、老スパイはこともなげに受け流している。
「彼に何かするつもりなのですか」
「私はしませんよ。そんな荒事をするには歳を喰ってしまいましたからね。だからあの傭兵の連中がいるのです。でも一応殺してはいけないとは言っていますので少々お待ちを」
「何を待てというのです。あなた方は彼をどうしようというのですか」
「適度に痛めつけて貴女の前に引き出そうというのです。貴女に言うことを聞かせるための人質になってもらおうかと思いまして」
世界樹の巫女は座っていた椅子と机を跳ね飛ばし立ち上がった。
波打つ長い髪が広がり、メルヴィンの目には彼女の身体が更に巨大に膨れ上がった様に見え、小銃の引き金を引く指を止めるのに全力と尽くさねばならなかった。
「そこをどきなさい、ジョアンナ・マーシュ。ハルトの所へいきます」
「せっかくあの少年が貴女を助けるために奮闘しているのですよ。その覚悟の邪魔をするのは野暮というものでしょう。それに一応銃を突き付けているのです。これもこの若者の持っているのも、ブラスターではなく火薬と鉄の銃ですので貴女にも十分効果はあると思いますよ」
ジアはそれでも一切ひるんだ様子もなく一歩踏み出した。
本当に効果があるのだろうか、メルヴィンにはジョアンナと違って今自分の手にしている武器にそこまでの確信が持てなかった。
「それで私が止められると思いますか。それに私を撃って殺して意味があるのですか」
「さっきも言ったように貴方は自分を過小評価しすぎです。貴女が死んだらそれはそれで様々な影響や利用価値はあるのですよ。まあできれば避けたい事ですし、貴女のことだから多少撃たれても私を捻ることぐらい簡単でしょう」
ジョアンナはジア向けていた二連式散弾銃の銃口をその持ち主である男に、黙って状況を見きわめ、突破口を見出そうとしていたデレク・アーベルへと向けた。
「でも貴女の父上なら、この銃で撃たれたら大変なことになるんじゃありませんか」
デレクは少し目を見開いたが身じろぎ一つ起こさなかった。巫女は黙って両者を見据える。
先程ジョアンナは、デレクは人質としては意味をなさないと言ってはいなかったか。
「私を撃ちたいのなら躊躇わずにそうしなさい、ジョアンナ。
私の存在がジアのハルト君の元へと自由に向かう意志を阻害しているのなら、そちらのほうが無念だよ。私は世界樹の巫女に使える一番の従者なのだから」
「パパ……」
「貴方ならそう言うと思っていましたよ。それにジアさんもいよいよとなったら父親を見捨てて、自分の意思を貫くことも厭わないでしょう。世界樹の巫女とはそういう存在です」
そこでジョアンナはわざとらしく同情的な深いため息をついた。
「でも、それを知ったらハルト君はどう思うでしょうか」
ジアは表情を変えなかったがほんの少しだけ身体が小さくなったように見えた。
「巫女様の元へと、正義を信じ、彼女を助けるために命がけで戦いながら向かっていった結果、その巫女は逆に自分を助ける為に、父親を無慈悲に見捨て、彼は無惨に射殺されたと知ってしまったら。両親のいない寂しさを誰よりも知っている少年は、自分のせいで自らその状況を作り出してしまった少女とこれから対等に接することができるものでしょうか」
帝国工作員は巫女の父親をハルトとジアの未来のための人質としていた。
結果、一時的とはいえ巫女は抵抗の意思を失った。
すべては大樹の使途、ハルト・ヴェルナーの奮戦次第となっていた。




