第七章 若者たちの選択 ④
「どこに行っていた上等兵。そろそろ行くよ」
ケインらが出発してしばらく後、そう言ってヴァイパーことジョアンナはメルヴィンに自分が来ていた深い緑のローブを差し出した。
これを着てメルヴィンは巫女の従者に化けるのだ。
「無線機の類は持っていなかったはずだが、アーベル親子がまだ私の正体に気づいてないことを祈るんだね」
これからジョアンナは自ら世界樹の巫女のもとへとその身柄の確保へと赴くのだ。
その際の護衛に彼女はよりによってメルヴィンを選んでいた。
他のメンバーだと、たとえローブがあっても体格的に変装がすぐに見破られてしまうとのことが表向きの理由だが、実際のところその帝国工作員が傭兵連中を信用していないことは明白だった。
戦力としてより扱いやすさで彼女は自分を選んでいた。
「ところで、上等兵。さっきはあの傭兵の連中となにを話していた」
途端に心臓が縮み上がる。暗い森の中で白髪の老人の表情は何も見えなかった。
なんとか得意の平静を装った真面目な声色で答える。
「いえ、特にこれといったことは。ただ、これから巫女を確保した後どのようにこの村を脱出しようかと、策を練っておりました」
「そうかい。一つ聞いておこう、お前はこの作戦がうまくいくと思っているのかい」
「はい?」
このばあさんまで何を言い出すんだ。あんたは冷徹で優秀な工作員じゃなかったのか。
「さっきは立場上反対したけどね。もうここまで来たらあの下品な男が言うように、いっそ世界樹の巫女を消してしまった方が手っ取り早いのも確かなんだよ」
メルヴィンは混乱していた。この人は先ほどのケイン達との密談を聞いていたのだろうか。
「しかし、そのような行動を行えば……」
「ああ、帝国の権威は落ちてしまう。無用な争いの火種となることも間違いない。
それに現場が近いお前のほうが実感はあるだろうがまもなく帝国の大規模な侵攻が開始されるだろう。
それが成功するにしろ、失敗するにしろ後々の為、そこには正義がなければならないのだ。残念ながら高名な世界樹の巫女をこんな山奥で殺害するのは正義の行いとは程遠い」
「ならば……」
「しかしね、上等兵。その巫女を殺したのが帝国兵ではなく、帝国とは無関係の暴走した凶暴な傭兵達だとしたらどうだろう」
メルヴィンは眩暈がしてきた。皮肉にもそれは、実際はどうであれ、先ほどメルヴィンがケインの策に対して危惧していたケイン等にとっての一番最悪の展開を彼女は示唆しているのだ。
「正直に告白しよう。私の今回の任務の目的に世界樹の巫女を帝国へ連れ帰ることがあることに間違いはない。ただもう一つ、むしろこっちが主とされる任務があってね。それはあのピュアブラッドの連中の力を削ぎ、縁を絶つ切っ掛け作り出すことだったのさ」
しかし、突如話が予想外の方向へと進みだしていた。
「帝国黎明期には確かにあんな野蛮で暴力的な連中でも付き合う必要性や意義はあったのだけども、今の情勢だとそれは次第に逆に後ろ暗い足枷になっていたのさ。
だから軍はあいつらを切り捨てることにした。
しかし、恥も名誉もない傭兵の事だ、安易に距離を置いたところで、はいそうですか、と納得するわけがない。いずれ帝国にとって不都合な今以上に大きな恥部となってしまうだろう。
だから連中の主力を、この村や世界樹の巫女の一行の詳細を伝えることなく、油断させたまま送り出したのさ。反乱軍関係者と共倒れさせ、その兵力を減らす目的でね。巫女を捕まえるなり何なりしたらそれは儲けものだって」
事実、多数の傭兵達が、一時は行動を共にした同僚たちがこの地で討ち死にしているのだ。
どちらが野蛮なのだろう。
いったい帝国の目指す正義とは。
「あの、それで暴走した傭兵が巫女を殺すというのは……」
「そういう【筋書き】というだけだよ」
ケインも先ほど筋書きという言葉を使って何やら言っていなかったか。
「本来は丁重に迎えるはずの世界樹の巫女を短慮で血に飢えた傭兵達が殺してしまうのさ。だがそこは天の裁きか、彼らは村人達の必死な抵抗で壊滅してしまう。そして直接巫女を手に掛けた傭兵のリーダー、ケイン・ボーヒーズは……」
そこでジョアンナはゆっくりとした動きでメルヴィンを指差した。
その老人特有の節くれだった細い指は今のメルヴィンにとってどんな大口径の銃よりも威圧感を放っていた。
「極秘任務で潜入していた若く勇敢な帝国兵、メルヴィン・ポインターが見事討ち取るのさ」
「自分にそうしろと?」
「別に私がそうしてもいいのだけどね。私は立場上軍に籍がない。若き帝国兵に手柄を挙げる機会をくれてやろうというんだ。
残念ながら世界樹の巫女は失ったが、彼女を狙っていたピュアブラッドは全滅。
そして一連の顛末の報告をお前から受けた帝国軍は、その悪行を断じて許すことが出来ず、正義感から悪の傭兵団の残党を討伐。めでたしめでたしと言うわけだ」
足元がおぼつかなくなる。今メルヴィンの頭の中は過去最大級の「なぜ」で溢れていた。
なぜ自分はこんな状況に。
「さて、そろそろ巫女様の所に行くよ。結果がどうなろうがお前の働きには期待しているよ、上等兵。貴様の帝国への奉仕と服従の意志を存分に見せてもらおう」
世界樹の巫女の元へと集い、そこで自分は一体何を成せるのだろうか。
そして自分は誰を撃てるのだろうか。




