第七章 若者たちの選択 ③
「貴女はずっと我々を裏切っていたのですか」
「とんでもない、私はあなた方と会うずっと前から帝国にしか忠誠を誓っていませんよ。それに誤解して頂きたくないのですが、巫女様の従者としての仕事は一度たりとも手を抜いたことも、あなた方を妨害したことも有りません。あなた方と数多くの修羅場を潜り抜けてきたことにも嘘はありません。ただ私の存在は全て帝国の為にあったという事です」
メルヴィンは深くかぶったフードの下でデレク・アーベルとジョアンナ・マーシュの会話を聞いていた。その会話は一見、敵対する裏切り者を糾弾する緊張感をはらんだもののようだが、それはお互いに現状を打破するための時間稼ぎに過ぎないどこか空虚なものだった。
「では、昨晩お風呂でわたくしに言ってくれたことは本当なのですか」
そこに世界樹の巫女が口を挟む。
メルヴィンは改めて至近距離で、それも同じ狭い室内で相対する彼女の圧倒的な存在感に、初めから押されっぱなしで銃を突き付け続けることに多大な精神力を浪費していた。しかも、この少女はただ強大なだけじゃない。
この小屋の表に今も転がっている傭兵の兄妹を思い返すと、その秘められた強さと凶暴性に逃げ出したい衝動をおさえるのに精一杯だった。
「生き方云々というやつですか。ええ、もちろん嘘偽りなんかは有りませんよ。この生き方は私が選んだもので、ましてや強制されたものではありません。嫌々やってここまで生きてこられるほど甘い行程ではありませんでしたからね。私は常に命令を受ける身とはいえ間違いなく私の意志で活動しています」
「その活動がこの村の人達に攻撃している者たちと共に、私をさらう事なのですか。現状あまりうまくはいっていないようですが」
一見嫌味ともとれる巫女の真顔の指摘もジョアンナはさらりと肯定する。
「そうですね、あまりに杜撰だったとは言わざるを得ません。あの連中はあまりに短慮が過ぎました。
ただ、デレクさん、貴方なら解るとは思いますけども、帝国もどこか思い切った行動が必要な時期に至ったというわけです。現状どこの勢力も拮抗し、牽制しあっています。何らかの切掛け必要なのですよ。
ならばその切掛けを自ら作ってしまえというわけです。誤解はして頂きたくないのは今回の私の行動は決して帝国の上層部の決定ではなく、その意を汲んだ一部が引き起こした突発的なものだということです。
いかに貴女が強大な力と影響力を持っていたとしてもただ一人の少女に帝国そのものの運命が左右されるとは思えませんからね。それでも、巫女様、多数の運命の転換期に貴女が立っているのは確かなのですよ」
「でも、私は所詮まがい物なのですよ。その影響力とやらも、父や他でもないあなた達によっておおげさに飾られたものにすぎません」
「自分を卑下しすぎるのは貴女の悪い癖です。例え貴女にとってはまがい物でも、案外それは外から見たら本物になってしまうんですよ。それに、今、おそらくここに正真正銘の本物が他でもない貴女に影響を受けて、向かっているんじゃないですかね」
「本物?」
「ええ、世界樹の加護を受けた、選ばれし人間。人智を超えた力を持ちながら、それを忘れていたゆえにこれからどう転ぶか分からない、新たな大樹の使徒ハルト・ヴェルナー。」
その名を聞いた途端、巫女を中心に空気が膨れ上がり、風が渦巻いた気がした。
「私はあなた方二人を共に帝国へ迎える気なのですよ」
「そうはさせないと言ったら?」
「その時は残念な結果になるだけです」
重さと密度を増し続ける様な空気の中、メルヴィンはいつもの思索の中に没入することももはや出来なくなっていた。
もう「なぜ」「どうして」と自らに問いかける時はとっくに過ぎていたのだ。
はっきりとした行動と決断に迫られていた。
自分はケインとジョアンナのどちらに付くべきなのか。
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「メルヴィン、ロバート。少しいいかね」
メルヴィンはジョアンナからハルト・ヴェルナーと言う名の少年を人質とすることを提案された後、ケインにロバートと共に彼女から隠れる様にこう声を掛けられていた。
「あのヴァイパーの案をどう思う?」
「なんともめんどくさい事だね。まあ間近で見てきた工作員様が言うからには、あの巫女のお嬢様がとんでもない力を持っているのは間違いないのだろうけどさ。そもそも言うことを聞かせたからと言ってここから連れて脱出する事なんて容易に出来るとは思えんが。俺達以外の村に襲撃を掛けた連中もどうやら殆ど全滅したようだし」
「私も同感だ。正直生き残るためにはこのままこっそり逃げ出すのが一番確実なのだと思う。
だが、このまま多数の仲間の犠牲の上に、何の成果もないままなのも癪だと思ってね」
「あんたには何か別の案があると?」
ベテラン兵二人の会話に入れずメルヴィン頷くことしか出来なかった。
「なあに、ごく単純な事さ。さっき君が言っていたことだよ。世界樹の巫女を殺すのだ」
あっさりとそう言いのけるケインにメルヴィンはようやく口を挟んだ。
「そんな事したら反乱軍の一斉攻撃がはじまるんじゃあ」
「それはそんなに駄目な事かね」
「え、」
「帝国軍と反乱軍の全面激突、流血と混乱、それこそ我々傭兵にとっても、また帝国兵である君にとってもまたとない名をあげる大きなチャンスではないかな」
「でもそうなったらたくさんの人が命の危険に……」
「今の世の中誰でも危険の中にいるよ。このまま帝国の支配が進むとして、それが流血もなく平和裏に済むと思うほど君もおめでたくはないだろう。
それに、今まさにこの地で我々の同胞が無残に命を散らしている。
使い捨ての傭兵だとしても彼らの命も、世の庶民と共に平等に見てしかるべきじゃないか」
あんたは誰も彼も平等に命の価値を低く見ているだけだろうとは、言えなかった。
「で、でも今巫女を殺したらそれは我々の、ピュアブラッドのせいにされて、逆に帝国に粛清されるのでは」
「もちろんそれは承知の上だよ。だからヴァイパーは警告の意味でも反対したのだ」
そこでケインは大きな掌をメルヴィンの肩に置いた。それは大した力はこめられてなかったが、途端に自分の体重が何倍にもなった気がした。
「だから世界樹の巫女は我々外部の傭兵が殺すんじゃない。帝国兵自らが手にかけるのだ」
「おお、それは面白い」
とんでもない提案にロバートは俄然興味を搔き立てられたようだ。
メルヴィンは自分の命を懸ける以上の危険が自身に迫っている予感に襲われた。
「じ、自分に世界樹の巫女を殺せと。クリステンセン兄妹でも敵わなかったのにそんな簡単に出来るとは思えませんが……」
「それはブラスターなどのマナを使用した武器や、単純な力ではそうだろう。でも君にはそのライフルがあるじゃないか。世界樹の影響下にない火薬や銃弾まで効果がないとは思えん。
それに一番大事なことを忘れているぞ。
あのヴァイパーと言う工作員がいる限り何をしようとも我々のせいにされる。別に世界樹の巫女を殺すのは誰でもよいのだ。それは例え私でも。
ただ帝国に巫女に手を掛けたのは帝国兵だと報告し、喧伝しなければならない。そんな凶行を行うのにもただの歩兵である君よりも、もっと劇的な効果が望める人物がいるではないか」
「つまりどういうことでしょうか」
正直それを訪ねるのは怖かったが、ケインは朗らかな笑顔で簡潔に答えてくれた。
「こういう【筋書き】さ。血も涙もない帝国工作員ヴァイパーは勝手な思惑と野心から世界樹の巫女暗殺を図る。
その現場に遭遇した若き帝国兵メルヴィン・ポインターは勇敢にもその暴走した工作員の凶行を阻止しようと奮闘する。惜しくも世界樹の巫女の命は失われてしまったが、その下手人には正義の裁きが下されるのだ。
そしてその悲劇を帝国が知る頃には帝国上級工作員が名高い世界樹の巫女を殺害した事実が世間に広まっているというわけさ。その頃には我ら下賤な傭兵のことなんて誰も覚えちゃいないだろう」
自分の身体同様、唇までも非常に重くなり、息をするのも困難になってきた。
「どうだ、乗るかい?ロバート」
「いいね。やっぱり闘いはそれぐらい単純で、暴力的でないと面白くない。なにより傭兵風情があの気取った工作員様や帝国を出し抜くのが大いに気に入った」
自分の意見はどうなるのだとは、メルヴィンは言い出せなかった。なぜならそのケインの酷く暴力的な案が結局自身の生き残る可能性が一番高い気がしてきたのだ。
「よし、ロバート。君は一先ずは皆を連れ、ヴァイパーの言う通り大樹の使徒とやらの少年を待ち伏せするんだ。もしも一人でのこのこやってくるような純朴な正義漢ならば君らなら簡単に捕まえられるだろう。
もしもそいつが本当に巫女並みの超然とした力を発揮したり、あるいは他に援軍がいたりしたなら、そこは深追いはやめて、彼だけは巫女の元に通して構わない。あまり現場に多数の人間が入り乱れるのはうまくないだろう。」
「それであんたはどうする?」
「一応は君たちと共に行くふりをして、一端身を隠しながら巫女の一行の様子を伺ってみるさ。
もしそのハルトとかいう少年が現れたら、君らが連れてこようが、独りで現れようがとりあえずこれで一発殴って取り押さえてみるよ。巫女の目の前でね」
そう言いながらケインは重量感のある太い金属製の棒を取り出す。それは表面に多数の鋲がうってあるまさに金棒だった。
「巫女は動揺するか、怒り狂うか、どうなるかは分からんが何かしらの派手な反応は見せるだろう。ヴァイパーも即座には行動すまい。そこを狙ってメルヴィン、君が一発ぶっ放すんだ」
「そ、それで、もし巫女が死ななかったら?それに大樹の使徒だってどんな力を発揮するか」
「そこは私がなんとか体を張って頑張ってみるさ。何の保証も出来ないが、そもそも保証できることなんて今の我々には何もないだろう。
それに、いいかい。これが一番大事なことなのだが、巫女を撃ったらすぐに、次はあのヴァイパーを、ジョアンナ・マーシュを撃つんだ。その銃で撃てばあのばあさんに関しては死ぬことは保証するよ。
巫女と工作員が同じ帝国製のライフルで撃たれるのさ」
「帝国兵である自分に帝国工作員を撃てと?」
「そうでもしないと全ての責任は、君一人に一切合切押し付けられるぞ」
まさにケインの言う通りだった。そのために自分はここにいることくらいは随分前から分かっていたはずだ。
ロバートは何時もの嘘くさい笑顔ではなく、心底楽し気に笑っている。
「世界所の巫女に大樹の使徒、それに帝国工作員を同時に相手するなんて並の兵隊じゃ決して経験できない刺激的な大仕事だ。参加費は自分の命と少しばかり割高だが、せっかくなんだ、己の糧とし、大いに楽しまなきゃ損だぞ」
こんな状況でなければ非常に頼もしいケインの言葉が空虚な自分の体に響いていた。
「全てが終わった時帝国に戻るか、また我々と共に行動するかは君が決めると良い。私はもちろんまた一緒にやっていけたらと思っているよ。若いの」
それは白い歯をみせた、いつも通りとても良い笑顔だった。




