第七章 若者たちの選択 ①
木製のドアをノックする音に、デレク・アーベルは散弾銃を片手に警戒深く覗き戸から外を窺うと見慣れたジョアンナ・マーシュの白髪の姿が夜闇に浮かんでいた。
その後ろには深緑のローブを着た別の従者がジョアンナの背後を警戒するように背中を向けている。見知った人物に迂闊にも戸を開けてしまったが、それでも全身の姿をみた瞬間に、ローブの人物はその素顔を見ずとも自分の同僚ではない見知らぬ者であることに気が付いた。
その人物に向かって銃を突きつけようとする。咄嗟に思い浮かんだことは、この村に潜入した敵が、どうにかして従者のローブを奪い、ジョアンナを人質として、巫女の元へと案内させたのではないかと言うことだ。
すでに二人の賊を射殺している今、さらなる敵の行動を阻止するのに、ためらう気もなかった。だが持ち上げかけた銃身をジョアンナが片手で握り押しとどめた。その力は老婦人のものにしては強靭なもので、銃口を下に向けられたまま、持ち上げることもできない。
困惑しつつ、デレクは表情を変えないジョアンナの顔を窺おうとするとその背後の、従者のローブの間から、細い小銃の銃身がぬうっと飛び出し、デレクの眼前に突きつけられた。
背後でジアが立ち上がろうとする気配がある。あっさりとデレクの散弾銃を奪うと、世界樹の巫女の化粧担当はその銃を持ち上げ忠告する。
「そのまま動かないでもらえますか巫女様。お父上もあまり無謀な真似をなさらないよう」
「どういうことか説明してもらえますかな」
デレクは後ずさりながらもなんとか毅然として問う。
ジョアンナは小銃を構えたままの偽物の従者を、目線をこちらに向けたまま部屋に招き入れ、後ろ手でドアを閉めるとあっさりと返答した。
「私は『ヴァイパー』という暗号名を持つ帝国の工作員です。巫女様、貴女を帝国へ向かい入れようと思っています」
初老の小太りの女性が散弾銃を持ち、そう言い放つ姿はどこか滑稽だった。
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自らが起こした光の粒子が空気の流れに乗って舞い散る中、ハルトは夢遊病者の様に辺りを歩き落とした二振りの刀剣を拾い上げ構えると、自らを狙う傭兵達と再び相対した。
即座に反撃しようとするマイケルとシャロンの両者をロバート・クルーガーは両手を持ち上げ無言のまま制していた。アニーは少し離れて背後で様子を見ている。
長年の闘争の勘がこの白髪の小僧に安易に手を出すことは危険だと告げていた。
先ほどの光はブラスターなどによって発せられるマナの光の一種であることは理解できるが、それをこいつは自らの身体で生み出した。それも鍛えられた傭兵を一撃で絶命せしめるほどの威力の光を。
これがうわさに聞く大樹の使途の力か。
あの帝国工作員だとかいうばあさんの話だとその力は、大半を巫女に託し、文字通り長年忘れていたままで、何の因果か昨晩に再び目覚めたばかりなのだとか。
それを証明するかのように人知を超えた力で人を殺したのだというのに、ブラドの一撃がまだ効いているのもあるだろうが、ハルトはどこか自覚のないようにぼんやりと立っている。
そんな状態のまま、さらに追い詰めたらどんな思わぬ反撃を喰うか予想できず、ロバートはあえて間を置いた。
「おい小僧、今度は俺が相手になる」
そして普段では決して言わない不必要な宣告までして、これ見よがしに両手のカギ爪を持ち上げて、一対一を印象付けゆっくりと前に出る。
ハルトは両手のナイフを持ち上げ、用心深く構える。瞳に生気も戻ってきている。
そうきてくれるか。やはり先ほどのマナの力は半ば無意識なものだったようだ。
武器同士の近接戦闘ならば遅れを取るつもりはない。
ロバートの行動に両傭兵も察して一歩下がる。
カギ爪を持ち上げ、大股で一気に接近する。ハルトの両の眼は、月明かりに凶悪に照らされながら近づく凶器に引き寄せられていく。
2.3歩の距離になったところでロバートは接近する勢いをさらに増し、そのままに急激に体勢を低くするとハルトの足元へと滑り込むように最後の距離を詰め、体を回転させる。
あえて目立つように晒していた両手の刃物は背を向け縮めた瘦身の陰に隠され、予期していないその動きにハルトは反射的に銃剣を突き出すも、その単調な動きをあざ笑うかのように低い姿勢でロバートはすり抜ける。
次の瞬間彼は足を蹴りだし、その踵を相手の身体の中心へと突き刺すように、咄嗟に防御しかばったもう片方の腕ごと叩き込んだ。
骨を軋ませ、腕を通して体の奥底まで貫通する衝撃に苦悶の声を上げ、ハルトは身体を折った。休む間もなく体の回転を止めないロバートは、直線から曲線へと動きの軌道を変え、振り回すように持ち上げたもう片足の甲で今度はハルトの頭部をしたたかに蹴り飛ばした。
白髪の少年の身体は力なく飛ばされ、先ほど自身が飛び降りてきた巨木にぶつかり、肺に残った最後の息を吐きだすと、そのまま声もなく崩れ落ちた。
拾ったばかりの二振りのナイフがまた投げ出される。
「さあ、もういいだろ。言っただろ。殺す気はないんだ。おとなしくしな」
相手の身体を労るわけではなく、先ほどのブラドを襲った自暴自棄の果ての予期せぬ反撃に用心しながらロバートはハルトの様子を伺う。
樹によりかかるその姿にもう覇気はなく、抵抗する気配もなかったが、その時大樹の枝葉の隙間から差し込む月明りに、瞳に微かに深緑の光が差しているのと、その荒い息を吐く口元が見えた。
「なにがおかしい」
「……え」
「お前さん笑っているぞ」
「いや、おかしいんじゃないんだ。初めてなんだよ、他人とこんなに積極的に関わることが、今までなかったんだ」
一度、背中を樹木に預けたまま立ち上がろうとするも途中で力なくずり落ちる。
「こんな小さな村で、勝手に孤独を嘆いていたけど、ちょっと立ち上がって自分から動いてみると、案外人と関われるものなんだなあと」
「おかしなことを言う。俺達はお前を恨みもなく痛めつけ、害している敵だぞ。暴力を介した接触なんて人との関わりとは言えんだろう」
「そうかもね。でもある意味で僕らは全力でぶつかっている」
そうしてハルトは癇に障るほどのやけに澄んだ瞳でロバートを見た。
「残念ながらその結果は、お前にとって不快なものでしかないぞ。
おいマイケル、この小僧がもうこれ以上余計な事しない様に足を折っちまえ」
縮れ毛の巨漢は大槌を引きずり前にでる。
さすがにハルトも顔を強張らせ、焦って何とか体勢を立て直そうと不自由な体でもがく。
ロバートはハルトが落としたナイフ、直刃の銃剣を拾うと素早い動きで投げつけ、ハルトの頭上の木の幹に突き刺すとその動きを封じた。
「まあ、一つ言っておいてやると、一人でなかなか頑張ったよ。お前は」
「僕も一つだけ」
マイケルはハルトの言葉を無視すると、深く息を吸い、大槌を振りかぶった。
「孤独だ、何だと言ってはいるけど、僕にだって友達くらいはいるんだ」
銀の光が真っ直ぐに飛来し、マイケルの分厚い胸板を貫いた。




