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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第六章 純なる野犬と邪なる毒蛇 ⑨

 ハルトは集会所の裏手に回り、草むらの中を突っ切りながら村の最奥の巨木に飛びついた。

 そこには巨大な幹を取り囲むように階段が設置してある。階段とはいっても、それは太い棒を雑多な間隔で幹の表面に刺してあるだけの非常に粗末で危険なものであった。ごくまれに大樹の上部の、剪定作業をする際の補助の為のものであり、村の大門の見張り台とは違って正真正銘の立ち入り禁止の場だった。

 その階段をはやる気持ちを懸命に抑え、ハルトは両手両足を用い慎重に登って行き、村の閉ざされた裏側を目指す。

 

 屋内で用心深く構えていた従者達は誰もアーベル親子の居場所を知らなかった。

 あわてて探しに行こうとするハルトを、侵入者と見分けをつけるための、巫女の関係者の証でもある深緑のローブのフードを引き上げながら、昼間に共に作業したリッター・ヴォルフが呼び止めた。

「ハルト君。巫女様を探しに行くのなら、隊長さん、パターソンさんからの伝言がある。『君の両親の所に行け』と。これで意味が分かるかな」

 ハルトは力強く頷いた。

「はい、わかります。ありがとうございます。いってきます」

「よし、ならば頑張れ少年。君の手で籠の中の鳥を救い出すんだ」

 巫女の従者にしては陽気で力強い言葉で、彼は親指を立てハルトを送り出したのだった。

 

 いつの間にか甲高いサイレンは止まっていたがそこかしこで人々の争う音が聞こえる。

 昔からこの村は僻地故、自衛のために他者からの襲撃には常に警戒を怠ることなく、ハルト達も幼いころから訓練や対策を学んでいた。

 そして庇護されるだけの子供から、中心となって村を守る大人の世代へとの自身の移り変わりを実感し始めた今現在、さらに大樹の使途としての力に目覚めたのならば、本来なら村の中心に立ち、他の同郷の人々を守らなければならないのかもしれない。しかし、ハルトは何よりも優先してジアの元へと向かっていた。

 世界樹の巫女としての彼女ではなく、ジア・アーベルという名の一人の少女の元へと。

 

 昨夜、彼女は自分が行動を起こすための守るべききっかけとなってくれた。それは彼女が望んだわけではなく臆病なこの足を前へと突き動かすための自分勝手で尊い生贄。

 その結果本来の自分の力が戻ってきた。

 しかし、記憶は戻っておらず、力ある英雄が持つべき使命感もなすべき道もまだ見えていない。

 だからこそ今もまた、目の前にいる君が危険にさらされているのならば、僕が望む限りどこまでも全力で救いに行く。そう自らに課していた。

 この先の二人の運命や世界についてはまだまだそれからでいいと。

 

 草木や低い位置の木々の茂みを抜けて、村の方から見て樹木の側面へと幹の表面を伝いながら登った時、見下ろすと闇を透かして村の外れの小さな家の屋根が見えた。

 足を止めた瞬間、自らの勢いに呑まれて抑え込まれていた高所での恐怖がじわじわと足元から這いあがってくる。風もないのに足の下の太い枝が揺れているように感じるが、迷っている暇はない。

 ハルトは用心深くポケットに入れていた小さな石を三つ取り出すと、狙いを定め下方の屋根に次々と投げ落とした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「何てことだ。クリステンセン兄妹がなすすべもなくやられてしまったぞ。たしかにあんたの言う通りあれはとんでもない怪物のようだな」

 ケインはメルヴィンから借りた双眼鏡で村の裏側の小高い丘の様子を眺めていた。

 身を隠していた巫女の場所は、ジョアンナが密かに巫女の荷物へと忍ばせた、赤い粒子が発生しない様に表面を樹脂で覆い隠すように加工し、単なる装飾品の一つとして偽装した別のスレイブベリーの反応をマスターベリーでたどり、森を抜けて発見していた。


「それにあのお付きの小男もなかなか物騒な武器をもっている。動きは決して玄人とは言えないがね」

「あれはこの一隊のリーダーを務める巫女の父親だよ。あまり似てはいないけど」

 深い森を抜ける強行軍に多少息を喘がせながら老スパイは答える。

「じゃあその父親を人質にでもとったらどうなの。いくら怪物とはいっても所詮小娘なんでしょう。いまさら私達に卑怯もなにもあったもんじゃないし」

 アニーはいい加減森の中を歩き回ることにうんざりした様子で提案する。

「あの父親、デレク・アーベルは人質にはならないよ。

 その可能性は彼自身も常に念頭に置いてあって悪漢の人質にならぬように、日頃から彼は娘を世界樹の巫女としての価値しか見出さず、盲目的に献身するだけで、娘にとっての『よい父親』にはならない様に努めて接している。いざという時に巫女に嫌われて簡単に見捨てられるようにとね。

 残念ながら彼は不器用すぎてあまりうまくはいっていない。けれどもその真意と覚悟は巫女も理解している。

 だからデレクを人質にしようものなら巫女はその意を汲んで、父親をためらうことなく見捨てるよ。

 ただしそうなったら今度は、彼女はどうあっても、たとえ自身が死んでもあんた等の望み通りにはならない。それどころかその怪物的な力を躊躇うことなく発揮して立ちふさがる者全てを八つ裂きにするまで止まらないだろう」


「そこまで極端で覚悟の決まった、おっかないお嬢ちゃんなの」

「環境がそうしたのさ。あの傭兵達は護衛だけじゃなく巫女自身に身を護るための技術を教える役もあったのだよ。

 もともと様々な大人の悪意に晒されてきた巫女は幼少期から自分の命を懸ける覚悟も、またそのために他人の命を奪う覚悟も十分に備わってはいた。

 それが巫女としての能力の増大と共に、その精神力を得たことをはるかに凌駕する成長速度で肉体的な強さも手に入れた。本来あり得ない異常で歪な過程を経て完成したその心と体を自在に操る為の、傭兵達との訓練に彼女は異常なまでにのめり込んでいったらしい。

 私はその様子を初めて見た時は、幼少期からの重責によって歪み、自らの強靭な肉体をとことんまでに酷使することによって、ストレス解消も兼ねて被虐的欲求を満たしているのかとも思ったのだけどね」

「そうではなかった?」

「その逆だった。傭兵達との特にあの赤毛の女との組手において、もちろん本気で打撃を当てたりすることはないけれども、それでも稀に、思いがけないダメージを本職である相手に与えてしまうこともあった。

 そんな時、肉体的な強さの自覚に、彼女の瞳はひどく濁って輝いていたよ。あんた等と同じようにね。世界樹の巫女はその神聖なる姿の裏で、極めて嗜虐的で凶暴な獣を抑え込み、そして育てているのさ。

 それでいてやたらと自己肯定感は弱いから余計に手に負えない。彼女に戦うための正当な理由を与えようものなら自らの命は一切顧みることなく敵対するものを皆殺しにする。それを彼女自身も薄々実感しているからこそ、最近は何事にもめっきり無気力になってしまっていたけどね」

「巫女の可哀そうな本性を知ったとして私たちはどうしろと?同情して泣いてあげればいいの。それとも有能な工作員様な何か妙案があるのかしら」 

 どこか挑発的なアニーのその物言いにメルヴィンの方が緊張してしまう。

 ケインも他の傭兵達も黙ってジョアンナの返答を待つ。


 「人質を取るという考え自体は間違ってはいない。ただしそれはあの父親をではない」

 どこか遠くを見て毒蛇の名を冠する工作員は冷ややかに答える。

「もうすぐここに一人の少年がやってくるだろう。我々と違って無垢で純粋で、巫女を助けるのだという崇高な使命感に燃える白髪の少年が。

 名前はハルト・ヴェルナー。

 彼を人質に取りなさい。そうすれば巫女は我々の言いなりとなる」

「ほう、それはなぜかね。まだ昨日出会ったばかりの二人がそこまで深い仲とも思えないが」

 ケインは少し懐疑的に尋ねる。


「なぜならその少年こそが、彼女に力を与えた、巫女が本来仕えるべき大樹の使徒だからだ。 そしてなにより、ハルトの前だけではジアはごく普通のか弱い少女でいられるのさ」



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