第六章 純なる野犬と邪なる毒蛇 ⑦
「つまり、この村こそが例の反乱軍の息がかかった隠れ里だということかね」
暗い森の奥深く、ほかの傭兵達も異変を察して集合し、まるで武装した悪漢に囲まれる様に詰問されるような体制になってもさして怯むことも無くヴァイパーことジョアンナ・マーシュはケインの問いに答える。
「そこまで大袈裟なものではないよ。反乱軍に属していたが一線を退いた者や、身を隠す必要がある者が集まっているだけさ。見ての通り普段から警戒や訓練を欠かさず、素人とは程遠いがね。とくに先日の獣の襲撃で今はよりその警戒が厳重になっていた所にあんた等は飛び込んできたという事だよ。目標の巫女もひっそりと姿を隠してしまった」
「なら少しぐらい警告でも与えてくれてもよかったでしょうに」
アニー・ベイツが素直に不満を漏らす。己の命がかかっているにしては深刻さが軽い印象も与えていたが。
「連絡手段がなかった。私は数週間前の連絡員との接触でこのマスターベリーとムクドリという名前、そして近々巫女を迎える集団が現れると聞いただけなんでね。そもそも今だって別にあんた等の前に現れる気もなかった。もしも皆でそろって一斉突撃するだけの馬鹿ばかりだったなら全滅するにまかせて私はしらばっくれるつもりだったよ。」
ある意味見捨てる宣言に流石にピュアブラッドの面々も多少気色ばんだがそれでもジョアンナの言葉に耳をかたむける。
すっと彼女はメルヴィンを指さした。思わずビクッと震える。
「あんただけが軍の人間だろ。他の傭兵達がどうなろうが知ったことではないがあんたに無防備に死なれては困る。さすがに帝国と関連付くものを持つほど間抜けじゃないだろうが、それでも私と結びつけられるのは避けたいのでね。
ここの連中も巫女の御一行も馬鹿ではない。この襲撃を手引きした者がいることはすぐにばれる。
そもそもこの作戦は帝国が正式に実施したものではないね。大方出世街道から外れたはみ出し者が独断でやったことだろう。
だからこそこの村の詳細も知らず、また、それ故に却って反乱軍の情報網にも引っかかることもなく、ここに潜入するまではうまくいっていた。まああの獣を呼び寄せる予想外の出来事があったにしてもね」
「数々の指摘、耳に痛いばかりだな。ところでまだ正確に私の質問に答えてもらえていない。なぜ今我々の前に現れたのだ。
あんたの言う通りこの若者の事があるにしても、帝国の優秀な工作員様のことだ。このまま知らぬ存ぜぬで切り抜けることだって容易だろう」
「言っただろう連中は馬鹿ではない。根拠や証拠がなくとも帝国が世界樹の巫女に手を出したことはすぐに世間に広まる。
あんた等は巫女の一行がただ神聖な力を糧に渡り歩いている、占い師の集団のように思っている様だが、彼らは巫女の神聖さと巡礼の旅を隠れ蓑に多数の情報と人脈を糧に手広く交流し、反乱軍とも密接に関係しあう、教団とはまた違う類の、より実利的で危険な帝国の敵だ。
それが私のここにいる理由でもある。
今そんな象徴たる世界樹の巫女に中途半端に害をなせば、いらぬ騒動を引き起こすだけだ」
「中途半端が駄目ならいっそのこと巫女さんを亡き者にしては駄目なのかい。そっちの方があとくされなく簡単だ。それこそ俺達の本業だしな」
ロバート・クルーガーは面倒くさそうに手甲の爪を月明りに照らしながら言葉を挟む。
「そんなことをしたら反乱軍に一斉に行動をおこす都合の良いきっかけを与えるだけさ」
「へええ、巫女様にそこまでの影響と信仰心を集めるだけの御威光があるとはね。たいした嬢ちゃんなんだな」
「本気で信仰しているかどうかなんて実際の所どうでもいいのさ、ただ偽りであれなんであれ、その巫女への信仰を理由に大手を振って帝国へと攻撃ができる。
どこもかしこも張り詰めた情勢の中、正義の側としてね。帝国上層部の大好きな大義名分ってやつだ。
この御一行は巫女の身柄を守るためにあえて神輿にのせて派手に担ぎ上げているのさ。半端な覚悟で巫女に手を出せば制御できないほどの騒乱を引き起こすぞとね。
だからこそどこにも属していない身元不明の山賊にその身柄をさらわれる必要があった」
「やれやれ。政治と言うやつか。たしかに人殺ししか能のない我々が容易に手を出すのは少しばかり難しそうだ。ここまで状況が悪化してからでは、申し訳ない気もするが、どうやらあんたに指揮を執ってもらうのが一番確実なようだな。と、言ってももうできることは、痕跡を残さず巫女様を誘拐するぐらいしかないようだがね」
そんなケインの言葉を、ジョアンナはそこにいるメルヴィンを含めた傭兵達を見渡しやんわりと否定する。
「それもこの人数だと難しいね」
「それはなぜなのだ」
「世界樹の巫女が人智を超えた強さをもった怪物だからだよ」




