第六章 純なる野犬と邪なる毒蛇 ⑤
村の方から風に乗ってその銃声が届くと、ついに虐殺が始まるのかの暗澹たる気持ちでメルヴィンは身構えたが、ケビンの顔からすっと笑顔と余裕が消えていることに気が付いた。
「あんな銃声を発する武器を持つものは、我々の中には居なかったはずだ。
ミセス・ヴァイパー。ひとつ質問してよいかね。
なぜこのタイミングで我々の前に現れた?」
その質問に老スパイが答える前に暗い森の中にサイレンが鳴り響き、人工的な灯りによって、ここから見渡せる村の全様が明るく照らしだされていた。
ジョアンナ・マーシュは小さくため息をつくと、どこか他人事のように呟いた。
「このままだと、あんたらは全滅だよ」
その短機関銃装弾数32発のうち丁度半分の16発を発射し、バルバラ・ホーファーは油断なく自分が打ち倒した小男に銃を向ける。
ボウガンはその矢を発射することなく投げ出され、その男は死んでいることは明らかだった。せまい屋内で発せられた銃声のせいで耳が麻痺し、頭痛がひどかったが銃を今度は肩の高さに構えると、屋内に引き返し警戒しながら玄関の方へと向かう。
不用意に声をあげた裏口の男はおそらく陽動だろう、バルバラが裏口に向かった時に玄関口から別の人物の物音がした。
一応挟み撃ちにする程度には慎重な行動だったが、それぞれ個々の襲撃者の行動には慎重さが欠け、こちらをただの田舎者と油断しているようだ。
なにより裏口の小男は安易に呼びかけるべきではなかった。
ここの村人常々お互いをすべて把握するよう努めている。声色どころか気配で部外者が侵入していることはバルバラにとっては戸を開ける前には明らかだった。
木製の戸越しに先だって撃ち込むことも考えたが、玄関側の人物との連携を考えると、いきなり攻撃することはあるまいと、敵の姿を目視する事を優先したのだ。
居間を抜けると暗い部屋に空気の流れが感じられ、玄関の扉が開け放たれている様子が見て取れた。息を殺し目線と銃口をあげたまま部屋を横切っていると、穏やかな亭主の声がなぜか家の外から聞こえてきた。
「おーい、こっちだ。間違って俺を撃つなよ」
玄関から外へ出てすぐの場所で、ブルーノは太い腕をもう一人の襲撃者の首に回し、後ろから締め上げていた。
フンっとブルーノが一息入れるとなにか繊維が千切れるような音がして、その若い長身の髭面の男はその場に、体を折りたたむように崩れ落ちた。
ふうっと安堵の息を吐くとバルバラはようやく銃口を下ろし、報告する。
「裏にも一人いたわ」
そいつをどうしたのかと、わかりきったことは言わないし、彼も聞かない。
先ほど裏口で立てた派手な銃声に空気がざわつくのを感じる。
夫婦は顔を見合わせうなずくと、ブルーノは玄関わきの壁の上部に取り付けられた箱を開き、中に設置してある金属のレバーを押し下げた。
村中に設置してある街灯がすべて最大の光量で点灯し、一斉に至る所を照らし出す。
そして外敵の襲撃を知らせるサイレンが響き渡った。
その警笛が鳴り響く瞬間と前後して、村中に散っていたピュアブラッド所属の襲撃者たちは目標の筈の村人達に、一斉に猛烈な反撃を受けていた。
村長エドガー・ノールは銃声とサイレンを聞くと、村の集会所の時計塔の粗末な椅子から身を起こした。
年齢にしてはまだまだ衰えていない視力を灯りに慣らしながら我が村への侵略者を認めると、手にした狙撃ライフルに初弾を送り出す。
ガラスのない吹き抜けの窓から銃身を突き出すとスコープ越しにすぐに見知らぬ闖入者を捕え、レンズの中心と相手の身体の中心を重ね合わせるとためらうことなく引き金を絞る。
銃撃の反動で揺れる視界の中、それでも弾丸が命中し縮こまる様に身体を丸め倒れる敵を認めるとボルトを引き、空薬莢を排出する。
私の村に手を出そうとするからそうなるのだ。
今朝にリアム・パターソンが語ったいやな予感は杞憂で終わってはくれなかったが、彼のおかげで、村全体で対策と心構えできていた。
傭兵はまさに巫女の一行が到着した日に獣の襲撃が発生したことに気を病んでいた。
あの恐ろしい怪物は、他のモンスターなどと同じならば、確かに強靭な身体は持っているが非常に用心深く根は臆病なのだという。
この付近であんな獣の縄張りがあるという話は聞いたことがなく、直接の狙いが巫女なのだとしても、そもそもこの村に接近した何らかのきっかけがあるはずだと彼は言っていた。
そのきっかけが村に近づく何者かを警戒してのことではないのか、との懸念はさすがに用心のためとは言え、飛躍しすぎた考えだとも一度は思ったが、何よりも獣の襲撃が巫女の儀式が行われたその日だというのは自分も偶然だとは思えなかった。
そもそもリアムがそこまで用心を重ねる気持ちはエドガーも理解していた。
8年前、同じく巫女の儀式の直後にこの村は唐突にモンスターの襲撃を受けた。昨夜の様に外部の集団が森からやってきた後の事だ。そしてエドガーの娘を含む多数の住人に被害が出たのだ。
二つの出来事の因果関係に具体的な証拠があるわけではないが、彼が村を出た直後の事件の犠牲者に、ヴェルナー夫妻が含まれたことによるリアムの衝撃と後悔の深さは計り知れない。それ故、今回は巫女の一隊は森を抜ける陸路を避け、わざわざ蒸気船で川をさかのぼり湖から村へとやってきたのだ。
もしも、獣が村に接近したのがかつてと同じように森から人間の集団がやってきたのが原因とするならば、彼の用心への備えに同意するのに躊躇はなかった。
どこからも知らせが無くこの村に接近する者は、昔から外敵とみなしていた。
私にはこの村を、若者たちを守る義務がある。
思考の合間にこちらに背を向け、湖の方へと逃走を図る侵入者の背中へと銃弾を撃ち込む。
常々もたらされる【外】からの情報で、帝国による大規模な軍事侵攻作戦などが行われる兆候はなく、もしこの村に侵入する者がいたとしても、それは少数で、隠密に行われると思われたので、あからさまな防衛体制を敷くことよりも、表向きは普段通りのまま村人それぞれに最大限警戒するよう通達を出した。
あとは普段の訓練がものをいうはずだ。
獣の襲撃を乗り切った我が村人達にさらなる危険を及ぼすというのなら、その敵達に後悔を覚える暇もあたえるつもりはない。
世界樹の巫女、ジア・アーベル、そしてハルト・ヴェルナーを救い、孤独な旅人、リアム・パターソンの果てしない後悔が少しでも軽くなればいいのだが、とエドガーは思う。
開き直って奇声をあげながらこちらに向って走ってくる男の頭を撃ち抜きながら。




