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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第六章 純なる野犬と邪なる毒蛇 ③

 必要な道徳的な何かと引き換えに戦いに特化した人の姿をした生き物達。

 彼等は移り変わりの激しい世界情勢故に発生した特異な者たちなのか、単に表に出る機会がなかっただけでいつの時代にも存在していたのかは分からない。

 今現在、村の湖方面から侵入し襲撃を掛けようとしている、ここにいる選ばれたメンバー以外の隊員達もそれは多かれ少なかれ同じだった。


 そして、と、そんな彼らを率いる、太い腕を組みどこか満足げに皆を眺めるケインの事を考える。

 例の盗賊退治の際、ケイン・ボーヒーズは誰よりも勇猛果敢だった。

 それだけでなくどこまでも個人主義な他の面々に比べ、広く視野を持ち、的確な作戦を立てて他人に指示を出し、時には身体を張って味方の盾となり、怪我人には熱く励ましの言葉をかけ続ける、それはまるでかつてのメルヴィンが夢想し憧れた兵士の鑑のような人物だった。 


 そんな彼が戦いの後、なぜかメルヴィンを指名し、共に盗賊の生き残りの捕虜の【尋問】にあたった。破壊を免れた小さく頑丈で暗い納屋の中で、帝国への反乱軍に与する者がいるのかを問いただすのだ。

 その【尋問】は一晩中続いた。

 付き合わされたメルヴィンにとって永遠とも思える悪夢のような長い夜。

 三名いた捕虜が代わる代わる上げる許しを請う苦痛による叫び声すらも発せる力も尽き、夜明けと共に彼らにとっての救いとなる死が訪れた。

【尋問】によって、上半身裸になった身体に大量の返り血を浴びた姿のケインはにこやかにメルヴィンに向かって言った。


「やれやれ、どうやら彼らは反乱軍とは本当に何も関係ない様だね」


 彼はその凄惨で暴力的な尋問を決して楽しんでやっていたわけではない。

 ただ一生懸命なだけなのだ。

 その男、ケインは勇敢で正当な行動と、悪逆で非人道的な行いを平等に全力でこなすことの出来るある意味どこまでも公平で誠実な人間だった。


 その彼は部隊内でも孤立気味でもあるメルヴィンを常に気にかけ、そばに置いていた。この作戦が終われば、メルヴィンはすぐに帝国に戻る部外者の身でもあるのになぜなのか、と思い切って彼に尋ねたこともある。

「なぜって、この作戦の間は君がここのボスとなるのだろう、若いの。私は帝国軍の軍人でもある君にゴマをすっているだけなのさ。

 そのためにはまずはお互いをよく知らないとな。ここの連中は誰も彼もどうも個人主義な人物が多すぎる。戦いだけの付き合いとはいえ他人とのつながりを持てないと、自分の道もやがてただ孤独に先細ってゆくだけだぞ。

 遺憾ながらどうも私は、自分という人間を知ってもらえば思うほど、人との付き合いが継続しないのだけどな」

 どこか困ったようその顔に浮かぶ苦笑に、その本性を垣間見て恐れているからだとは、ケインもおそらく承知の上とはいえなにも言葉が浮かばなかった。

「私もこのまま一傭兵として一生を終わらせるのもどうかと思っていてね、正直に告白すると、作戦が終ったのちに君と帝国とのコネにあさましくも期待しているんだよ」

 そして太い指で自分の頭をコツコツと叩く。

「なあ、ボス。ここが他人と少しズレていたとしても、野心を持っちゃいけないという決まりはないだろう?」


 ボスか。

 確かに今の自分の身分は、帝国の秘密作戦の一応の責任者と言うことになる。

 だが、作戦が進み、多数の人員や相当量の物資が動く様を見せつけられ、果たして上層部は自分一人の背にその役を任せるのかと、自信のなさを別にしても、客観的な疑問がわいてくる。

 そして思い返すのだ。作戦出立の朝、上官は自ら装備を手渡し【ムクドリ】の暗号名を与え、メルヴィンを見上げ、もう一言だけ付け加えた。

「【ヴァイパー】。作戦中この名を決して忘れるな。メルヴィン・ポインター上等兵」

【ヴァイパー】毒蛇。具体的な説明は一切なくただその名称だけ。思うにそれはメルヴィンの【ムクドリ】と同じく何らかの暗号名なのだろう。

 それは彼に帝国軍内で噂されていたある潜入工作部隊を連想させた。


 同じ帝国に属していながらも、軍とは一切関りを持たず、一般兵よりも、より個としての高度な教育と訓練を受けた後、身分を偽装し、敵対する組織の奥深くへと潜入し、しかるべき時にその本性と能力を発揮し壊滅的な損傷を与える。

 どこか古臭い騎士道精神を掲げ正義を際立てて標榜する帝国軍本来の姿勢とは真反対の、まるで遅効性の毒を操るように敵対者を背後から襲い来る影の存在。

 例によって帝国軍は表向きそのような組織は認めていなかったが、彼らが毒を使う生物名をコードネームとして使用することまでもが広く周知の事実となっており、威嚇の意味をこめて上層部も彼等の噂をあえて押さえつけることもなかった。


 もしも今回の世界樹の巫女に関する作戦にもその工作員が関わっているというのならば、表向きは未熟なメルヴィンを立てながら、これだけのことを成すことにも多少の納得ができる。

 そして森の中の陰気な集団を振り返り、その他の今頃静かに民家に襲撃をかけようとしている面々について思いをはせる。

 自分が知る由もないが、もしかしたら、ピュアブラッドという血に飢えた殺人者の殻を被り、より冷徹で冷酷な計算高い本性を巧みに隠しながら暗躍している毒蛇がどこかに存在しているのかもしれないのだ。


 メルヴィンは怖気振るうとともに、自分以外にも責任をもつ人間がいるということはある意味どこか安心感を持つところでもあったが、逆に言えばより明確になる自分の存在価値の小ささに不安も増す。

 ましてやヴァイパーは本来存在しない扱いである故、手柄を立てることはないが責を問われることもまたないのだ。

 今頃どこかでその毒牙を研いでいるのかと、ぼんやりとまだ静かな村の方を眺めていると、ケインに肩を叩かれた。

 彼は静かにと、人差し指を立てると付いてくるようジェスチャーでメルヴィンを促した。


 一瞬振り返るも他の面々は自分の行動になど興味はないようだった。

 しばらく森の奥へと二人で歩いたところで大きくなってゆく不安を察したようにケインは優しく声をかける。

「ボス、すまないがもう一度あの赤い種をみせてくれないか」

「ええ、もちろん……あれっ」

 あわてて懐の小箱をあけるも、そこから垂れ流されている赤い粒子の予想とは違う動きに気の抜けた声をあげてしまう。

 数時間前まで世界樹の巫女がいると思われる村の集会所の方へと常に向かっていた赤い光の胞子が、今はケインが向かっている森の奥のほうへと流れていた。

「ふむ」

 どこか満足そうにケインはうなずく。


「あの、これはいったい?目標の巫女は、今はあっちにいるのですか」

「おいおい、君はこれが素直に巫女さんの居場所に導いてくれる、そんな都合のいいものだと思うのか。戦闘訓練だけじゃなくもっと学習もしなきゃいかんぞ。まあ私もそこまで確信がもてたわけじゃないが、この赤い種はおそらくスレイブベリー。

 これと対となるマスターベリーといわれるものがあって、複数のスレイブベリーとひとつのマスターベリーの組み合わせで効果を発揮するものだ。

 どこにあろうとも主人に対して忠誠を誓い、常に服従の光を放ち続ける。それがこの赤い実の正体だよ」

 ふたたび並んで歩きながらケインは講釈を続ける。


 この実の便利で不可思議はあるが、そこまで超然としてるわけではない能力に素直に納得しかけるが、ふと思う。

 我々は何日も掛けてこの赤い粒子を追跡してきた。

 その光が目標である巫女ではなく、主人たる別の【種】を指し示しているのならば、その親種自体は一体どうやって常に目標の巫女を捕えているのか。

 自分はなにか根本的な思い違いをしていたようだが、それが何かしら形になる前に、暗い森の真ん中で突然足をとめたケインの背中にぶつかって思考が中断された。


 咄嗟に謝罪しようと口を開きかけたが、太い樹の前でぼうっと鈍い光が灯され、飲み込んだ謝罪の言葉が逆流して悲鳴となって響き渡りそうになるのを辛うじて抑え込んだ。その鈍い灯りが、夜の闇に暗いローブを着た人影を幽鬼の様に唐突に浮かび上がらせたからだ。

 まるで悪夢の中の一場面切り取った様な背筋の凍る光景だった。

 その人物は太い幹を背に、声を上げることも差し上げた灯りを持つ手以外を動かすこともなく、フードを目深までかぶりその表情は陰で見えない。

 一瞬の静寂の間の後、気配もなくその人間はローブの懐に空いた手を入れると、メルヴィンのもつそれよりも一回り大きな赤い石を取り出した。


 その一動作の瞬間だけケインの身体が緊張で強張ったようだった。

 引かれ合うように両者の間で赤い粒子の流れが交錯する。

 背後に回ったケインに背中を軽く押され、彼に次の言葉をこの自分が促されているのだと思った。

 半ばパニックに陥りかけながらも頭をフル回転させ、なんとか現状必要だと思われる言葉をひねり出すことには成功した。


「ヴ、ヴァイパー……?」


 その人物の返答はまるで一切の感情が乗っていない機械のような無機質な声だった。


「ムクドリか」


 この工作員の存在の可能性を前もって伝えていたケインが、いまだに固まっているメルヴィンに代わって、いつもの様に快活に答える。

「おそくなって大変申し訳ない。この若者がムクドリことメルヴィン・ポインターで帝国と我々、そしてあんたとを繋ぐものだ。わたしはケイン・ボーヒーズ。一応ピュアブラッド側の代表として扱って頂けたら幸いだ」


 ローブの人物は返事の代わりに深緑色のフードを脱いでその素顔を晒した。

 そのほのかな明かりに照らされた姿にメルヴィンは少なからず衝撃をうけていた。 


 最初の動揺が去るにつれこの人物は意外と小柄なのだとの第一印象だったが、その素顔はそれにもまして、帝国でも悪名高い高度な資質をもつ凶悪な破壊工作員のイメージとは繋がらなかった。

 まさか工作員ヴァイパーがこんな白髪で小太りな老夫人だったとは。


「わたしはヴァイパー。今ここでの名はジョアンナ・マーシュさ」


 毒蛇はずっと前から巫女のそばにいたのだ。

 世界樹の巫女の化粧担当として。


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