第六章 純なる野犬と邪なる毒蛇 ②
山間部特有の月と星の灯りによってより際立つ濃密な闇に包まれた森の中を、装備や武器の触れ合う音や、荒い息づかいを響かせながら、それでいて一言も発せず武装した一団が駆けてゆく。
目的の村、エカーアストの湖に面した大門を正面として、村の後方へと迂回するように多少の距離を維持したまま七人の傭兵が足を進める。
やがて小高い丘の樹の隙間から村の集会所が視界に入ると、先頭の男は小さく口笛を吹き、左の拳を突き上げると全体に停止の合図を出した。
暗闇に慣れた集団の目には、最低限設置された人工的な灯りはごくわずかであっても村全体を浮かび上がらせ、そして先導する人物の行動を理解するには十分だった。
その男は村から目を離さないまま、拳を開くと、そのまま後方の内から一人の人物を指先の合図でそばに呼び寄せる。そして彼から発せられたその声は限りなく抑えながらも、この場にそぐわない聞き取りやすい快活さにあふれていた。
「さて若いの。いや失礼、『ムクドリ』だな。確認だ。目標はあの奥の建物で間違いないな」
「はい、この石の反応を信じる限りではそうです」
メルヴィン・ポインターは懐の石を差し出し、そこから流れ出るごく小さな赤い粒子を、それでも掌で出来るだけ覆い隠しながら相手に見える様にする。
目を細め満足そうに頷くその男の名はケイン・ボーヒーズ。
この傭兵団において正式にそう言う役職があるわけではないが、彼がこの一団のリーダーを自然と務める様になっていた。
彼は大きな男だった。身長自体は180cmに僅かに届かないくらいで決して人並外れて長身な訳ではない。事実他の傭兵達に、より背の高いに人間は複数人いる。
だが大きな頭、厚い胸板に広い肩幅を含むどっしりとした体形。なによりも、その一挙手一投足から常にあふれ出ている自信と陽性さが、彼を実際の姿以上に大きく見せていた。
ここ数日の強行軍に関わらずその頭髪は一切の乱れもなく丁寧に撫でつけられ大きな顎に無精ひげもなく、戦いに赴くというよりもこれから何らかの表彰を受けようとする人物かのように不安や緊張のない様子が暗闇の中でも見て取れた。
これからの行動予定や彼の装備に反して一切威圧感のないその姿がメルヴィンにとっては却って異質な圧迫感を感じさせている。
「さて、諸君一応の再確認だ。もう少ししたら別動隊が村の下方から一軒一軒住民を訪問し、無力化する手はずになっている。出来るだけ静かに素早くやれ、とは言っているがなんせ知っての通り我々は野蛮で血の気も多く模範的兵士とは言い難い。そのうち何かしら騒ぎが起きるだろう。それを察知したら今度は逆に派手に大暴れするように通達している。そうしたらあの集会所の連中も何かしら行動を起こすはずだ。そのまま護衛の傭兵達とともに目標が籠城する様なら我々はゆっくり静かに背後から忍び寄り上がってくる下の連中と挟み撃ちだ。あるいはその巫女さんがとやらが少人数で脱出する様なら、機を逃さず我々だけで強襲する。言っておくが依頼主は巫女さんが生きている状態でいることがお望みだ。それを念頭に置くように」
そこまで一気にしゃべると、ケインはまるでしり込みする新兵たちを安心させる教官かのように暗い森の中でもひどく目立つ白い歯をのぞかせ、場違いな爽やかな笑顔を見せる。
「目標を無事捕えたのなら、あとは我々の居た痕跡が残らない様に、非常に心苦しいがこの小さな村は燃やさせてもらう。あくまでも村への略奪が目的であって世界樹の巫女が第一優先だと思われない様にな。目撃者や生き残りを取りこぼさない様にそこはしっかりとやってもらうことを私は皆に期待している」
そこで言葉を切るとケインは大きな掌をおろし全体に待機の合図を送る。
殺人者達はその暗闇が生来の馴れた住処である様に静かに溶け込み気配を消す。
メルヴィンは腰を落ち着けることなく、作戦を立てたケイン自身が選び抜いた五人をそっと盗み見る。
そうし、彼らを含む今の自分の同僚たちの戦いぶりを思い返す。
ここの面子を含めて傭兵の大部分が集まった際、この辺境の地へと向かう前に一度、上官から副次的な任務としてとある盗賊団の討伐が命じられていた。なんでも彼らのアジトは盗賊団の根城を隠れ蓑に、帝国への反乱軍と繋がっているとのことで、その壊滅と証拠を確保せよとの命であった。
突然の想定外の実戦にも彼らはさして不満を漏らすわけでもなく、存分にその力を振るったのだった。
結果、せっかく集められたピュアブラッドの人員も数人の死者や任務から落伍した重症者を出すこととなったが、五十人程からなるその集落は完全に壊滅していた。
結局その盗賊団は反乱軍などとは一切の関わりのない只の貧困から武器を取っただけの短慮で哀れな集団に過ぎなかった。
思うに上官達は初めからそんなことは承知の上で、彼らの戦力と任務遂行力を測る口実としての生贄が欲しかっただけなのだろう。
急な実戦に巻き込まれ、メルヴィンは大いに肝を縮こまらせながらも幸か不幸かそこを無傷で切り抜けた。彼らと一緒にメルヴィンもある意味試験に合格してしまったのだ。
その際の彼らの闘いぶりを見る限り、それはメルヴィンにとって決して良い結果とは言えなかった。どうせなら適当に負傷して任務から外れればよかったのかもと思うこともあった。
ちらりと目を上げると一番近くの樹に寄り掛かったロバート・クルーガーの、鉤爪付の手甲に磨きをかけている瘦身が目に入る。
目が合うと醜悪に笑い、これ見よがしにその細い刃を長い舌で嘗め回す様に悪寒が走り即座に目をそらす。わざとらしいまでに血に飢えた下品で粗暴な態度を演じている節が有り、兵士としては距離を置きたくなるようなタイプの人物だが、これが戦闘になると一転、どんな情況でも冷静かつ、誰よりも静かで感情を表わすことなく、機械的に効率よく任務を遂行するのだ。
五人のなかで一番の巨漢であるマイケル・カーペンターはまるで石像の様に微動だにせず呼吸の音すらしなかった。やや弛んだ肥満体を持つその男はボサボサに縮れた前髪に眼が隠れ表情すらも分からない。傍らの木には長い柄をもつ鉄製の巨大な鎚が立てかけてあり、それが彼のもつ唯一の武器であり、彼は己の腕力に頼った一撃にのみ信を置いていた。
その鎚を敵に向かって全力で振り下ろすときにだけ、寡黙な様子から一転、子供の様な喜悦の声を上げ、無邪気な笑顔を弾けさせるのだ。
腰を下ろし、腕に複数の細い長槍を抱え、瞑想しているかのように俯いて眼を閉じている長髪で褐色の肌の男はブラド・リー・レイ。
マイケル以上に寡黙であり戦闘時もそれ以外でも部隊内で、この男が言葉や感情を発するところを見たことが無かった。常に自分自身とのみ対話しているかのようであり、彼の興味は常に己の槍の技量を磨き精進すること。
戒律を課した求道者のごとくそれ以外の物事や他人には一切の関心を寄せる様子は無い。そして戦いの理由や、自らが貫き殺した他人の痛みや死にもまた、一切の興味を示すことは無かった。
そんな男三人よりも更に用心して、残りの女二人に眼を向ける。
田舎の古い村社会で育ったメルヴィンにとって多数の男と同等に、しかも殺し合いを生業とする女性は、始め受け入れることが信じがたく、後により一層恐ろしく感じたものだ。
アニー・ベイツは、見た目は地味といっても差し支えのない、丸顔の黒髪の女で、どういった経歴があるのかは不明だが、確かな医療の知識があり、傭兵団の軍医も兼ねていた。
彼女はどんな過酷な戦場でも動じない強靭で強固な精神力と、容姿に反して持って生まれた人並外れた腕力と握力、そしてそれを躊躇なく行使する胆力を持っていた。
かつて安易に彼女に手を出した不届きな者が居たが、結果、武装した屈強な男二人が戦闘では素人のはずの彼女の素手の反撃によって半死半生となる事件があった。
部隊内では現在、単純な力ではアニーが他の並みいる巨漢の男達を抑え、ケイン、マイケルに次ぐ三番手とされている。
シャロン・クエイドは金髪と黒髪が縦縞の斑となった特徴的な長い髪を垂らし、誰にも聞こえない様な小声でなにやらブツブツと呟いている。
派手なヘアスタイルに反して猫背で陰気な雰囲気を漂わせている細身の彼女は、貧困からやむを得ずこの傭兵組織に、しかも事務として参加した筈が、他人も本人すらも予想しなかったことに戦場でその適正と才能が開花した。
ロバート・クルーガーとは反対に一旦戦いが始まると長髪を振り乱し、嗜虐的な高笑いと共に茨の鞭を振り回し嬉々として敵の悲鳴と返り血を浴びるのだ。
その姿はひどく歪んだ背徳的な美しささえあった。




