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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第六章 純なる野犬と邪なる毒蛇 ①

 儀式や騒動の後始末のほか、村長の集めた会合も終わり、ようやくブルーノ・ホーファーが自宅にもどった頃にはもう完全に日が暮れていた。疲れた身体をため息とともにようやく落ち着けたとき、随分と我が家が静かな気がした。

 考えてみれば昨日世界樹の巫女を受け入れてから最近では珍しく、様々な人間が入れ替わり立ち代わりしていたものだ。


 今この家にいるのは一人静かに読書している妻、バルバラだけだった。

「お帰りなさい。お疲れ様」

「ただいま」

 いつもの夫婦のやり取り。近所の評判ほど実際は恐妻家ではないのだ、といつものように心の中で強く宣言する。

「あれ、レオナは?まだ帰ってないのか」

 彼女も昨日から随分と働いていたから疲れているだろうと思ったのだが。

「ああ、今日は帰ってこないわよ。バズの家に泊まってくるんだって」

「何だと!!」

 思わず鼻息荒く落ち着けた腰を持ち上げる。

 バズ・トロットの家は村の奥のやや外れた地にあり、今では彼が一人で住んでいる。

 一人暮らしの若い男の家に一人娘が上がり込んでいると言うのだ。 

 反射的に玄関に足が向きかけたが、こちらに視線を上げることもなく読書に集中したままの妻の姿に風船から空気が抜けるように怒気がみるみる萎んでゆく。

 一つため息をつくとのろのろとテーブルを挟んで彼女の向かいの椅子に再び尻を落とす。


「そうか、そうなのか」

 自分に言い聞かせるような呟き。

 本を閉じるとバルバラはブルーノに向き合う。

「すこし遅すぎたくらいよ。あなただって分かってはいたでしょう」

「いや、もちろんそうだけど、いざ、こうなってみるとね」

「彼が不満?」

「そんなわけないさ、バズは立派な若者だよ。こんな小さな村のなかではレオナにそんなに選択肢を与えてやれなかったことは申し訳なく思うが、そんな中で彼は最良の人物だよ。それに僕達の娘は消去法なんかじゃなくて相手を選ぶ意思の強さがあると信じている」

「私があなたを選んだのと同じように?」

「そう、君と同じように」

「なら、信じて待ちましょう。今はあの子の成長を素直に喜ぶべきよ」

 やはり妻が強い方がいいのかな、といつもの様に決心が揺らぐ。


「でも、知ってた?小さい頃はあの子、ハルトの方が好きだったこと」

「そりゃあ知っていたさ。レオナは昔から素直で解りやすかったからね」

「でもあの事件で否が応でも関係性が変わらずには得られなかった。子供たちにとってはあまりに過酷な試練だったわ。沢山のものを失ったハルトはもちろん、同じく両親を失ったバズや、二人を想うレオナにとっても。別にハルトに遠慮したわけじゃないでしょうが、だからこそ再び仲良くなって成長してもなかなかもう一歩が踏み出せないでいた。」

「三人が三人とも、お互いにそれを薄々わかっていたのは少し可哀そうだったかな」

「でも、こうして久々にジアちゃんと再会してみて、またあんな事件が起こってしまったけど、なによりも忘れていたはずのハルトが一番吹っ切れていた気がするわ。成長したというよりも止まっていた時計がまた動き出したかのように。あの世界樹の種の力が彼の人生にどのような影響を及ぼすか今はまだ分からないけど、前に進む意志がハルトの中にも生まれたのなら、彼もまたきっと歩き続けることができる」


 バルバラは実の娘であるレオナと同じように、あの日両親を失い、記憶を失い、血塗れで見つけたハルトの将来も同様に案じている。ハルト・ヴェルナーはおそらく本人が思っているほどに孤独ではないのだ。自分も『あれ』を彼に託したのはその想いからでもあった。


「その三人の子供達だけど、隠れてこそこそとなにやら企んでるみたいだったよ。まるでいたずらを計画しているみたいにね。なんだか懐かしい光景にも見えた。世界樹の巫女を守るために無茶をしていたハルトもまるで昔みたいに元気そのものでそこは少し安心したけど」

「何をするつもりかは分からないけど、レオナはジアちゃんの行く先について随分心配していたわ。この村の幼馴染同様あの世界樹の巫女だってかつて一時期を共に過ごした思い出の中だけじゃなく、一緒にごく普通の友達として未来を過ごしたいのよ」

「といっても巫女さんの一行はまたすぐにこの村を出発するだろう。なんか大それたことしなきゃいいけど」

「まあそれも思い出の一つよ。あのハルトも積極的になっているのなら今は多少の無茶もだまって見守ってあげたいわ」

 

ブルーノは苦笑し妻に問いかける。

「それが学校の先生の言う事かね」

「もしもなにか悪さをしようものならそりゃ容赦なく叱るわよ。大人の役割としてね。でも同じように彼等には今を精一杯生きる若者の役割がある」

「今にしか出来ない冒険がある、か……。なんだか少し眩しくて羨ましい気もするな」

「あら、あなただって別に枯れるのにはまだまだ早いんじゃない?」

 そういって妻はテーブルの上で手を伸ばして夫の手に触れる。

 ブルーノは焦る気持ちを抑えてまずは村の会合の内容を妻に伝えた。

「やっぱり『警戒態勢』だって。村長はあの傭兵の隊長さんに促されて出したらしい。ウチの準備は別に問題ないよな?」

「もちろん。でも何年ぶりかしらね。あの獣の襲撃の後じゃあ仕方ないかもしれないけれど、まあ用心に越したことはないってことかしら。それならレオナは却ってバズの家にいた方が、都合がよかったかもしれないわね」

「ううむ、どっちにしろなんだか落ち着かないな」

「ここで唸っていてもしょうがないでしょ。今日は私達も早く寝ましょう」

 そうしてバルバラは触れていたブルーノの手を持ち上げる。


 前日の騒ぎの反動のように静かな夜、二人は久々に夫婦だけの時を過ごしてゆく。


 そうして誰もが寝静まった夜更けの家の裏戸をノックする音が、住人を呼ぶ声と共に響いた。


「ごめんくださーい」


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