第五章 少年である最後の一日の黄昏 ⑪
唐突な旅立ちの宣言の言葉に今度は、二人はそろってハルトを見つめる。
我ながら分と突飛で大胆な事を言った気もするが、その内容については二人とも意外にもさして驚くことはなかった。
「そうか、そうしてどうする」
バズの問いにハルトは掌の石を見ながら、曖昧ながらも迷うことなく答える。
「今はまだわからない、でも、僕がこの石を持って生まれたことにはきっと意味がある筈なんだ。記憶と一緒に一度はこの石を手放してしまったけども、これが戻ってきた今、改めて自分の事を知りたいと思う。
そのためにはとりあえず外の世界を知らなきゃいけない」
「その石がきっかけなんだろうけど、別に記憶が戻ってきたわけじゃないのでしょう?」
今度はレオナが尋ねる。
「そうだね、でも、なんだか今は僕の記憶のことは、当事者のくせにどうでもいいように思えるんだ。幼い日の記憶がないおかげで却って先入観なく身軽に動けるような気がする。過去もだけど未来の事こそより知りたいと思うし。それに記憶がないといっても今の僕は空っぽなんかじゃない。思い出せないままの両親には申し訳ないけどこの村での思い出もしっかりと僕には根付いているんだよ。今更ながらそれに気づいた。そしてそれは間違いなく君たちのおかげだ。だから僕はこの地に足をつけて歩いて行ける」
それはハルトの心からの本音だ。だからこそ三人揃った時に思わず想いが溢れ出る様に自分の決心が声となっていた。
一番初めに伝えるのは彼らでいたかった。
「なかなかうれしいこと言ってくれるじゃない。ま、でも何となく私達のうちで一番にこの村を出るのは、あんたなんじゃないかと思ってた」
照れを隠す様に少しだけレオナは早口になる。が、ふと何かに気が付いたようで少し声を落としハルトの目を見て問いかける。
「それで、村を出るとしてハルト、あんた一人だけで行くつもりなの?」
「それはどういう……?」
レオナに代わってバズが彼女の問いの意味を答える。
「ジアのことはどうするのかって意味だよ」
やはり二人に言ってよかった。今の自分が一番聞いて欲しいことを言ってくれる。
他人に言葉として言ってもらえることで、具体性のなかったハルトの意志が、想いが、迷いが確固とした形を構成してゆく。
「僕はジアと一緒に旅に出るよ」
孤独で臆病なはずの自分にとっては随分と馬鹿で突拍子のない事を吹いているもんだ。
先程キアラに付いていきたいのか、と言われた時に咄嗟に否定も肯定も出来なかったのは、僕が彼女に付いていくのではなく、傲慢にも僕が彼女を連れていきたいからなのだ。
二人対等に並ぶバズとレオナの姿がその想いをより浮かび上がらせてくれた。
その意志を表そうとハルトは精一杯真面目な表情をして見せる。そしてそんな無茶な幼馴染の願望を聞いた二人も言葉もなく固い表情でお互いを見つめあう。
そして三者同時に噴き出した。弾ける笑顔と共に。
「こんな田舎の若造があの世界樹の巫女を連れてく?ずいぶん大きなこと言うもんだぜ」
「でも見直したわ、あんたがこんな熱いことを言うなんて」
「正直僕が一番おどろいているよ」
やがて3人は道の真ん中で騒いでいることに気が付いて、そそくさと声を潜め、その場を後にする。いたずら心を秘めた子供のような隠し切れない笑みをその顔に張り付けて。
そうして田舎の幼馴染3人組は村の集会所の裏手の、大木の前の小さな広場に移動した。
そこは昔からの子供たちの恰好の遊び場であった。ハルトが記憶を失って以来あまりここで無邪気に遊ぶようなことはなかったが。
「それで、ジアを連れてくってどうするのよ、誘拐でもする気?彼女のお父さんどころか、あの傭兵さんたちやウチの村長さんだって許すわけないわよ」
息を整え尋ねるレオナにハルトはやや口ごもり返答する。
「ええっと、どうしよう」
「なんだよ、呆れたヤツだな。あれだけ吹かして何にも考えはないのかよ」
「まあせっかくだし、私達も一緒に考えてあげましょうよ」
正直なところ、その話し合いは有益な物とは決して言えなかった。
真面目になったと思った次の瞬間誰かが茶化し、誰かが噴き出し、誰かが咎めた。
話は常に脱線しわき道にそれ、ふざけあい、小突きあい、そして笑いあい、ふとした瞬間他の大人達にばれない様に一旦声を抑え、それでもまた次の瞬間笑い声が弾ける。
まさに子供のじゃれあいだった。
やがて日が暮れ始める。
時がたつのも忘れ、大人へと羽化し翼を広げる前、純粋である最後の輝きのひと時を精一杯噛み締めるかの様な三人の若者を、夕方の紅い陽が優しく照らし、その影を伸ばす。
その光景がハルトの瞳に鮮烈に焼き付いた。
ふいに胸が苦しくなるほどの郷愁の想いが溢れ出す。忘れているはずの在りし日の光景が自然と現実と重なり浮かびあがった。
今よりもっとお転婆でやかましいレオナ、太っちょで泣き虫なバズ、そして少しだけ照れ臭そうに笑う小さな少女、ジア。
そこには幼い僕もいたはずなのだ。
小鳥や虫の声、大人達の生活音を背景に気の合う友達と裏表のない真っ直ぐな笑顔を共有する営み。そしてそれを照らす夕焼けの灯かり。
多分ハルトが記憶を失くす前は何度も同じように、親に呼ばれるまで泥にまみれて遊んでいたのだろう。
ハルト自身には記憶がなくとも、かつて少年少女だった者たちが皆もつ懐かしさを伴った儚い感傷。
僅か数日間とはいえ、ジアの心をこの地での思い出が大部分を占めているのも今では理解できる気がする。
眩しく繊細な宝石の様な魂の煌めき。
でもそれは、二度と手に入らず、過ぎ去り、自身の成長の礎となるからこそより美しいのだ。
思い出を過去として先に進まなければならない。
結局日が暮れてかけても、ジアを連れ出すハルトの旅立ちの計画は一切話がまとまらなかったが、この何の成果もない、子供である最後の一日をこれから決して忘れることはないだろう。
そして手を振り、また明日、と二人の幼馴染は並んで帰っていった。
その際、もう一切の遠慮も恥じらいもなく二人はしっかりとその手を繋いでいた。
二人の姿が見えなくなると、ハルトは自室もある集会所を見上げた。
ここのどこかにジアが、朝に別れてからずっと眠っている。
聞くところによると、あの儀式は体力の消耗が激しく、彼女には休養が必要だったのだ。今日はもう僕も家へ帰って早く眠ろう。
明日、君を迎えにゆくよ。
カゴの中の鳥を外に連れ出すために僕はこの手を伸ばす。
そして日没が訪れ、世界はまた夜の領分となる。




