表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/73

第五章 少年である最後の一日の黄昏 ⑦

 ピュアブラッドは特殊な傭兵団で、業務を担当する数名の幹部の他は指導者もおらず、本部などもなかった。そもそも生粋の人間がその団名に反して極めて稀で、メンバーは他の組織から移ってきたものが殆どだった。中には犯罪者や、逆に正規の帝国兵、さらには将校すら含まれていた。

 不安定な世界情勢の中、武力が必要な局面は各地どこでも頻発したが、そんななかでも集団からあぶれた雑多な人間達が集まっているのがこの傭兵団だった。


 人々は様々な目的をもって命懸けで戦う。生存の為、野心の為、復讐の為。

 しかしここにいる傭兵たちは戦いのきっかけこそ、それらのありふれたものだったが、やがてその戦いこそが目的となっていた。

 血と暴力の快楽に目覚め必要以上に戦場をさ迷い歩く者たち。

 その姿は人のままでありながら、生態はキメラの集団から漏れ出たモンスターの様だった。


 モンスターとの違う点で、より厄介な点は中途半端に理性が働くことであり、血を求めながらも快楽殺人者のような無軌道な殺戮に耽るわけではなかった。

 彼らが最も喜びを感じるのは大義名分のある戦いだった。正義という眩しい光が明るければ明るいほど彼らのもたらす暴力という影は暗さを増し、その落差に彼らは生き甲斐を感じていた。

 武力を望む勢力が手を汚すことなく、自らの正義と思われる行為を成したいときピュアブラッドを利用した。依頼者は、表面上は綺麗なまま、血と汚れはすべて傭兵団に押し付け、傭兵団は嬉々としてそれを成し、受け入れた。


 メルヴィンもさすがに帝国の掲げる清廉さや正義をそのまま信じるほどの世間知らずではなかったが、裏でピュアブラッドという血に塗れた集団と繋がっていると知った時は、自分でも驚くほどに落胆していた、そして自分がその集団に自ら一員となることに恐怖した。

 冷たい眼をした上官から、淡々と聞かされた任務は驚くほど暴力的で、かつ簡素なものだった。仲介人を介し、ピュアブラッドの一団に参加した後、彼らを率いてとある村に襲撃をかけ、そして密かに世界樹の巫女と呼ばれる女をさらう。

 その際、目的が巫女だと悟られないために、そして誰がなんのために行った襲撃なのか知られないために、下劣な山賊に扮し、必要以上な殺戮と略奪を行い、村ごと焼き払う事が不可欠だった。その行為が残虐であればあるほど、例え表面上だけだとしても、世界の平和と正義を掲げる帝国とは結びつかないはずだと。

 だからこそ、この傭兵団を使うのだ。


 そしてそこにメルヴィンが選ばれた理由もあったと悟る。ふだんなら表向きだけでも帝国の掲げる美麗文句に身を任せ、上層部の思惑など気にもしない彼だったが、帝国の支部基地を出立し、各地のさらに小さな支部や、密かな帝国軍への協力者の隠れ家を渡り歩きながら傭兵団のメンバーを集結させる行程で、一人殻に閉じこもり物を考える時間はいくらでもあったのだ。

 自分がこの任務に選ばれた最大の理由は万一の場合に簡単に切り捨てるためなのだ。

 任務が成功した暁には帝国兵の名において手柄は彼のもの、引いては帝国のものになるだろう。

 しかしそれが失敗した場合、しかも山奥の小村を襲撃したなどの不名誉な事態が発覚などすれば、そこに帝国軍が係わった事実などあってはいけないのだ。

 故に飛び出した故郷に身内もなく、軍の中にも親しいものもおらず、帝国内でそれなりの経験を積み、どこにいても地味で存在感のない男、そして任務を放棄し逃げ出すほどの度胸もないメルヴィン・ポインターはうってつけの存在だった。

 なんせ個人的な資質や戦力としては必要なく、かつて帝国に在籍していたという経歴だけが必要だったのだ。それでいて不測の事態においては切り捨ててもまったく惜しくない存在。


 メルヴィンはため息をつきながら懐から小さな小箱を取り出した。

 小銃と双眼鏡と共に任務につく前に支給された、指輪の箱のようなそれを開ける。

 なかには赤い石の様な植物の種が入っている。空気に触れるとそれは石と同じ色の赤い粒子を僅かに発生させた。

 人々の生活の浸透し、最も使用されている深緑色のマナの粒子に比べ、赤いそれの輝きは小さく、物理的なエネルギーもなく一見使い道はなさそうだが、風などがなくとも常に同じ方向へと流れる性質を持っていた。

 仕組みなどは分からないがその流れる赤い粒子の先に世界樹の巫女が居るのだ。

 そんな都合のよい道具を俄かには信じることができず、どうせなら巫女など見つからなければよいのにと微かに願っていたものだが、もう引き返せないところまで来てしまった。


 丘の上から朝日に照らされる村の全貌を覗き見る。日の光が湖に反射し輝くその風景は平和そのものだった。岸辺に積まれた、舞台であった焼け焦げた木材だけが昨夜の騒動の爪痕を残している。昨夜の獣の襲撃によって巫女の命が奪われていたのならば、メルヴィンは心労もなく、何もしなくて済んだのだろうか。しかしその場合別の重責がのしかかることに事になる。

 この村があの獣に襲撃されたのは、他でもないメルヴィンが原因なのだ。


 あれは傭兵団と共に森にはいり、完全な野宿生活となって二日ほどたった後、どうにも傭兵達と打ち解けず、それ以上に恐ろしく、深夜の見張りの一番手を買って出た際に暗闇の森での出来事だった。背後の血に飢えた獣の様な男たちへの恐怖に自然への警戒が薄れてしまった。

 ふと灯りをつけた瞬間も森を徘徊する獣と鉢合わせしたのだ。深紅の六つの瞳がこちらを見据えた。灯りを取り落としながら反射的に指先は小銃の引き金を引いていた。

 闇夜に轟く閃光とともに、獣の咆哮が響き渡り、すさまじい勢いで獣は駆けだしていた。

 何事かと集まった傭兵達になんとか震える言葉を押さえ、巨大な獣が居たと身振りを交え説明する。無我夢中で発射した銃弾は獣を捉えたと見え、闇夜の地面に多数の血痕を残していた。


 皆なんらかの動物がいたことは認めたが、メルヴィンの言うような巨大な怪物、しかもそれを彼が一発の銃弾で追い払ったとは信じていないことは気配で明らかだった。

 よりによって赤い種が導く進行方向に獣は逃走しており、それ以上に進むことに怯え交じりのためらいが生じたがメルヴィンは何も言えなかった。

 メルヴィン・ポインターは経験豊富で勇猛果敢な帝国が誇る兵士と言うことになっていた。

 ピュアブラッドの傭兵誰一人信じていないことを痛いほど感じているが、なによりメルヴィン自身がそう思っていないこともまた同様に皆に悟られていることがよけいにみじめだった。

 誰も何も言わず彼に従っているのは決して気を使っているからではなく、どうでもよいからなのだ。この小心者の兵士のなり損ないに付けば新たな戦場と血が、活躍の場が待っている。それだけの価値しか見られていない


 では自分には一体なにが待っているのか。


 昨夜の出来事は子細に見ていたわけではないが、巫女と怪物とマナと銃声が入り交じり、メルヴィンが思っていた以上の大事になっていたようだ。

 緊張の中、それでもここ数日の強行軍の疲れから森の木にもたれ深く寝入っていたのだが、何か光が煌めいたように気配に揺り起こされ、丘の上から湖を挟んだ桟橋を双眼鏡で覗き見ると、遠目でも一目でわかる並外れた長身を持つ世界樹の巫女と、それよりも頭一つ分ほど背の低い白髪の少年が手をつないで村へと帰ってゆく、どこか神聖で尊い光景が見えた。


 メルヴィンは暗澹たる思いでため息をつく。

 いつの間にか周りには武装したピュアブラッドの傭兵の面々が、一様に感情を押し殺した暗い濁った光を映す瞳で立っていた。


 殺戮の夜が待っている。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 同刻、工作員『ヴァイパー』もまた冷たい眼差しで二人を観察していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ