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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第五章 少年である最後の一日の黄昏 ④

 深く暗い闇の底から意識が浮上していた。


 その闇は孤独ながら、不安や恐怖は不思議となかった。

 浮かび上がるとともにたった一つの小さな新芽のような意識は次第に大きく、次々と衣を重ね合わせる様に、多数の要素を取り込み大きく育ってゆく。

 手足の先端まで隅々へと、その意識が流れる血潮の如く行き渡り、中心からは新たな花が芽吹き、根が、蔓が、葉が身体を覆い尽くしてゆく。白い花びらが咲き乱れ、そして闇が闇ではなくなった。

 目を開いた瞬間、刺すような、それでいて優しい光が視界いっぱいに広がり、飛沫を上げる様に、淡い緑の光の粒子がこの身からはじけ出た。


 大樹の使徒の一人、ハルト・ヴェルナーの目を覚ます時がきたのだ。


 自分の部屋の天井ではなかったが、見覚えのある様子からすぐにホーファー家の一室であることに思い当たった。

 その理解とともに昨夜の記憶が一気に戻ってくる。その衝撃に思わず頭を抱えるが身体に不快感は無かった。

 かつてないほどに肉体を酷使したはずだが、痛みや疲れは残っていない。

 頭を抱える左手に固い感触を感じ目の前に持ってくると、昨夜のまま掌には宝石が半分埋まったままだった。

 身体を起こす。汚れた身体は拭かれ、身に覚えのない、おそらくブルーノ・ホーファーの少し大きな服に着替えさせられていた。枕元にはリアムから借りたままの短剣が鞘に収まって置いてあった。


 ふと人の気配を感じ、部屋を見渡すと隅の椅子で見掛けない幼い少女が寝息を立てていた。

 驚き目を瞬かせ、改めて焦点をあわせると、それは小さな少女などではなく、見間違えようのない、成熟した長い肢体をもつジア・アーベルの姿だった。

 ただ、寝息をたてるその表情は、成長した身体に反してそう錯覚してもおかしくないようなあどけなく、ひどく幼いものだった。

 化粧を落とし、装束を脱ぎ、世界樹の巫女からジア・アーベルという少女の姿となっていた。


 そしてそれは、恐らく前日の朝に湖から降り立った時を含めても初めてハルトが見る彼女そのものだった。かつての幼き日には会っていたはずだがハルトが忘れてしまっていたその姿。

 ハルトはベッドから降りると椅子の上で毛布をかぶり、窮屈そうに身を縮こませているジアに、自らが使っていた毛布を重ねてかけると、音をたてないように慎重に部屋を出た。


 リビングのソファーではバズとレオナも寄り添う様に眠っていた。着替えた様子がないところを見ると昨晩の騒動の後始末にずっと借り出されていたようだ。

 ほんの仮眠のつもりだったようだがどこか安心したように深く寝入っている。

 そんな二人の手はお互いをしっかりと握りしめ、繋がっていた。

 幼馴染二人のその姿にハルトの心は思いがけず強く打たれていた。安堵と、喜びと、極々ほんの少しの一抹の寂しさ。繋がった二人の手にそっと自分の掌を重ねると、ハルトはひとり外に出た。


 時間の感覚が鈍っていたが、新鮮な外気に触れるとまだまだ明けたばかりの早朝であることが分かった。騒動の後ということもあって他の村人たちはまだ誰も活動はしていない。

 不可思議な夢に急かされ起床した昨日の朝と同じくらいの時間の様だ。

 僅か一日前の事がはるか昔のことのように感じる。無意識なうち、そんな昨日の自分の行動をなぞるように再びハルトの足は湖へと繋がる大門へ歩を進めていた。


 その大門は獣の突進によって開け放たれたままになっていた。

 ハルトは思う、この門は外敵から村を守るために建てられたものなどではなかった。事実、獣は門とは反対側の森の方から侵入し、よりによって内側から破壊している。

 この門の本当の役割は村を防衛することではなく、この村の孤独さや世界からの隔絶感を村人に改めて自覚させる為のものだったのだ。

 過去の獣の襲撃が門を建設するきっかけとなったのに、それは皮肉にも別の獣によって破られ、開け放たれた。

 孤独や孤立とはそんなものなのかと思う。自覚しないと気が付かない、しかしその自覚は外敵要素によってたやすく壊れてしまう。


 ハルトは過去の記憶喪失によって確かに孤立した、だが、と、ふと自分の掌の深緑の宝石を見る、今は新たな世界との繋がりがこの手の中にある。

 物思いにふけっているといつの間にか湖の桟橋に脚が向いていた。

 何年も村から出ることはなかったのに昨日から何度もここに来ているなと苦笑する。

 湖上で瞬く光に導かれ、この場所で世界樹の巫女と出会い、いや、再会しハルトの運命は大きく動き出したのだ。


 その時一陣の風がハルトの真正面から吹き付け、湖の霧を一気に吹き散らした。

 空気がその重さを失くしたように急激に澄み渡り、視界が無限に広がったような、それでいて焦点が逆に狭まったような不可思議な感覚の襲われた刹那、ハルトの視界には世界樹の姿が映っていた。

 それは実際の距離的には遥か彼方にうっすらと影が見える程度のはずだが、その質量や匂いが感じられるような圧倒的な存在感でハルトの意識を支配した。

 あらゆる方向へ無限に広がり、世界を包み込むように枝葉を広げ、天空から覗き込むようにどこまでも伸びる神々しい巨木。


 見られている。


 そう感じた途端、左の掌で光が爆発した。

 思わず叫び声をあげ、その衝撃に木製の桟橋へと倒れ込む。

 前夜、獣と相対した時の様に、掌の宝石から急激な速度で植物の蔓の様なものが飛び出し、光の粒子をまき散らしながら爆発的に伸び始める。

 それに体中の力が物理的な質量を持つマナの光に変換され、強制的に吸い取られてゆく。不規則的にあらゆる方向に伸びた蔓には無造作に葉が生え、根を伸ばし、桟橋の板に穴を穿ってゆく。

 やがてハルトの生命力を糧とし、そこかしこに弾ける様に白い花が咲き、風に乗り花粉の様に光の粒子が辺りに渦巻く。


 体中の力が抜け、動けないまま呻きながらその様子を見ているしかない状況の中、今度は早回しの様に急激にその植物群が枯れてゆく。

 風化し、風に巻き上げられながら枯れた花々は次世代の種を残す様に、再び純粋なマナの粒子へとその姿を精錬させてゆく。

 生と死の流転の周回を凝縮して見せられているように思った瞬間、急激に生命力を使い果たした身体が、今度は周辺のマナを吸い込むように取り込んでゆく。

 豪雨を浴びる様な物理的な衝撃すら感じるまでにマナの粒子に身体を打たれ、そして全身を貫かれ、またも体内に蓄積されたマナは体中を駆け巡り、大群が小さな出口に殺到するように、掌の石から再びあらゆる植物の姿となって噴出する。

 何とか全身を暴れ回る衝動を止めようと、掌を桟橋に押し付けると、今度は反対の手の甲を突き抜け、ハルトの身体を包み込むように再び白い花が咲き乱れる。

 世界樹の種が暴走していた。


 人一人の身体では制御できないほどの生命力の鳴動に思考までもが幾重にも千切れ跳び、大気中に広がった花やマナの光の様に、ハルト・ヴェルナーの存在が空気中に霧散しようとしていた。

 僕という存在が大気中に溶け出してゆく。


 これが忘れていた世界樹の力を使った代償なのか。

 視界が暗転し、全身の感覚が消え失せ、音も途絶える。

 時間も止まった暗闇の中、それでも、その声だけははっきりと聞こえた。


「大丈夫です、ハルト。わたしがここにいます」


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