第五章 少年である最後の一日の黄昏 ②
二人の男、村長のエドガー・ノールと巫女の父親、デレク・アーベルに何か具体的に尋ねられる前にリアムはその寡黙な口を開いていた。
孤独な旅人と、赤子の戦場での出会い。
「ハルト・ヴェルナーは君が言っていた、大樹の使徒とやらの一人だと言うことなのか」
エドガーは確かめる様に問う。デレクも旅をする中でその存在の噂などは知っていた。
「そういう存在を知ったのは割と最近のことなのだがな。人種も年齢も様々だが一様に白い頭髪を持ち、深緑の宝石、世界樹の種【ジュエルシード】を媒介に人智を超えた力を発する。それでいてどこにも属さない個人的な存在。世界樹の生み出した直属の信徒とも、あるいは逆に地球の環境によって生み出された世界樹への抵抗勢力とも、そして亜人達を統べる者とも言われている。もっとも当のハルトは何も知らず、力も発せず、この地でまっとうに成長していたようだが」
「いまなら理解できるよ。巫女様……いや私の娘のジアは、確かに生まれながらにマナを司る力は持っていた。だがそれは多数の亜人のもつ力の一種にすぎなかったが、ハルト少年の願いと彼の持つジュエルシードと力を受け継ぐことで今の世界樹の巫女の姿となった。彼はその力を自分の為でなく、幼い娘のために願い、使ったのだな」
デレクの自分に言い聞かせるような言葉にリアムが返答する。
「ハルトを恨むか?ただでさえ過酷な彼女の運命にさらなる重責を与えてしまって」
「恨むだって?とんでもない、確かに娘は年不相応の責務や苦労を背負っていた。だがそれは今も昔も変わらない。そんな人生の中で、この村でのハルト君との出会いは数少ない彼女の中での、今でも輝くべき思い出のはずだ。私が与えたまがい物の装飾品などとは違って、その光はけっして色あせることはない」
「ならばよかったよ」
言葉とは裏腹に無骨なままのその強面に、デレクは逆に頬をゆるませる。
「君は、彼を誇りに思うべきだよ。君がその手で救い上げた子供は、かつて私の娘を孤独から救い、そして昨夜は命を懸けて戦ってくれた」
そして少しだけ表情に暗い影をおとす。
「私には出来なかった。何の力もない私は、虚構の偶像に押し込めることで娘の命を救う事が精々でその人生を照らすことは叶わなかった」
「父親ならば仕方ないのではないか」
「私を買いかぶりすぎだよ。私は巫女様を支える一番の従者として、彼女を守るためだけの存在であることに精いっぱいで、父親であることを放棄しているのさ。」
「あんたもそう卑下するものでもないよ。アーベルさん。今娘さんが生きていることは紛れもなくあんたの頑張りのおかげだよ。それすらも出来なかった人間もいるのだ」
デレクの肩に手をやり語る、過去のモンスターの襲撃で娘を失っている村長の言葉にデレクは押し黙る。
数刻の沈黙の後デレクは再び口を開く。
「ジュエルシードがハルト君の手に戻りこの後どうなるのだ。私は八年前、彼からその宝石を娘に託されたという出来事を昨夜まで完全に忘れていた。あの宝石は娘が最初からもっていたものだと。実際彼女自身もそう思っていたし、その時にも同行していた従者達にも聞いてみたが彼らも同様だった。あの宝石は娘の能力だけでなく、周りの人間の記憶にすら影響を及ぼすほどの力を持っているのは確かなようだ。」
「それはこれからハルト自身が決めなければならないことだろう。強大な力を持っていようが、いまいがそれは変わらない。昨日自分の意思であんたの娘の為に獣と戦ったように」
「そして君はどうする?」
「何も変わらないさ。俺は今更生き方を変えられるほど器用ではないのでね。ハルトに両親のことや出自について何か伝えようにも、彼自身そのことについて忘れてしまった今、そしてこれから先のことについても、直接関るには俺という存在は遠すぎる」
「だからか…」
「?」
「君が任務の護衛にあそこまで献身的で、命を懸け続けているのは。君が直接守れなかった少年の願いをかなえ続けようと、私の娘である巫女をハルト君に代わって守ろうとしていた。君ほどの人物にとっては割の合わない仕事だったはずだ。
そして傭兵にとって自身の生き残りが第一の優先事項のはずなのに私にも、そして周りの人間にもそうは見えなかった。故に組織は君にあの若い二人をつけた。ある意味君を守るために、その命を無駄遣いしないために」
「それこそ買いかぶりと言うものだ。そんな崇高な使命感なんてないさ。俺だってあの宝石が元々ハルトのものだったなんて昨日の夜まで忘れていたのだ。
もちろんジアをハルトの代替品なんて思っているわけでもない。ただ幼い二人が仲良く純粋に笑いあっていたことは鮮明に覚えている。赤子のハルトを拾い上げたあの時の様に。
俺は自分の命を無駄に懸けているつもりなんてさらさらない。ただ、ハルトやジアのような若い純粋な命の未来を守るために使い潰すのなら、それはそれで俺にとってこの雑多な命の唯一有意義な使い方だとも思うのだ」
「それが君の旅路の終わりなのか」
エドガーが少し寂しげに言葉を継ぐ。
しばし沈黙が支配した後、急に部屋の外に人の気配がすると
「村長!こんなところに!」
勢いよくドアが開かれ、金髪でおさげの眼鏡の少女が顔を出した。
バズ・トロットを引き連れたレオナ・ホーファーは昨夜の襲撃に怯えた表情を微塵も感じさせない快活な声をあげる。が、勢いよく入室したものの、リアムとデレクの両者の存在に気付くと気まずそうに口をとじ、バズを無理やり引っ張り込み隣に並ばせる。
「なんだ。どうした?」
どこか安心したようにエドガーは普段と違って優しく諭すように問う。やはり彼女は怯えているよりも、こうやってバズを振り回すぐらい元気なほうがいい。
「ハルトが目を覚ましました」
「本当か、彼は元気なのか」
一番に反応したのがデレクであることに若者二人は面食らい言葉を失う。ジアの父親が感情的になるのが全く予想の範疇になかったように。
「で、どうなんだ」
村長が言葉を促す。
「ああ、はい、元気みたいです。ちょっとボーっとしてますけど、……いやこれはいつもか。とにかく身体は、ケガなんかは無いみたいです。なんか宝石の力が治しちゃったみたいで」
そして村長からデレクへと視線を移す。
「今はジア……巫女様がそばに付いています」
「そうか、よければ二人の所に案内してくれないかね」
デレクが立ち上がる。
ふとリアムとバズの目が合った。
リアムは口に出さずとも、その若者に彼らを頼むと伝え、バズもそれを承知したようだった。
続けて立ち上がろうとしたエドガーには、話があるとそっと引き留めた。
なにやら事情を察したエドガーは部屋に残ったが、デレクを引き連れた二人に声をかける。
「二人とも昨日の騒動から働きっぱなしだろう。よくやってくれて助かっているよ。君らもアーベルさんを案内したら少し休むんだ」
怪我人の世話、獣の死体の処理、舞台の焼け跡の撤去など仕事はいくらでもあった。
「君たちには、これからも世話をかけてしまうかもしれないが、まずは何よりも自分を一番に考えてほしい」
普段は厳格な説教ばかりの村長の意外な言葉に二人は顔を合わせると、返事の代わりにそろって白い歯の笑顔をみせた。
まるで子供のような無邪気な笑顔。かつてハルトやジアとも共に走り回ったあの日の様に。
小さな村の村長は心の中で少しだけリアムの言葉に同意した。
「これ」を守る為ならば命を懸ける価値があるのだと。




