第五章 少年である最後の一日の黄昏 ①
世界樹の麓の小さな村。
独りの旅人、28歳のリアム・パターソンは自らも所属していたある部隊の引き起こした戦場の跡地で、白い花に守られていた赤子と出会った。
その純粋な命の輝きに、傷つき、荒んだ己への救いと希望を見出し、それが自分勝手な想いだと知りながらもその子を守って行くことを運命だとみなし、共に旅を続けた。
逃げる様に軍を離れ、不安定な世の中でも極力争いを避け、平穏を望んだ。
しかし、男一人で赤子を守り、育ててゆくことは半生を兵士として戦いのみを糧に生きてきた彼にとって、戦い、人を殺すことよりもよっぽど容易ならざる出来事だった。
決して知る由のなかった数多の親たちへの敬意と劣等感。そして己の無力さ。
戦場ではなにも感じなかった血塗られた自分の手が、その無垢な赤子を抱くことによってより際立ち、救いを求めたはずのその存在に逆に蝕まれてゆく日々。
そして困窮の果て、やむなく傭兵として再びその身を戦場に晒す決意をしたとき、とある傭兵組織でリアムより以前に軍を抜けた二人組の男女と偶然に再会する。
さして縁はなかったが、赤子を背負ったその以前からは想像もつかないリアムの姿に、向こうから、リアムと同世代のその二人、ヴェルナー夫妻から声をかけられたのだ。
彼らとはかつて同組織に居たころよりもはるかに沢山の言葉を交わし、共に時を過ごした。
三人で子育てに悪戦苦闘しながらも、ある意味リアムにとって最も落ち着き、充実した日々。
そうして数か月の後、子供に恵まれなかった夫妻の手にその赤子は委ねられることとなった。
色素の薄い産毛が白髪となり、より言葉や感情を発するようになり、ハルトと名付けられた赤子は夫妻の息子として、その日が一歳の誕生日となった。
その小さな掌には、リアムに見つけられてより常に深緑色の宝石が握られていた。
夫妻は友人として、そしてハルトのもう一人の親として定期的に会いに来ることを提案したが、組織の傭兵となり、ふたたび戦いを生業としたリアムは、その自分の危険と隣り合わせの現状と、結局赤子の父親と成れなかった燻り続ける劣等感から夫妻共々距離を置くことにした。
その組織の伝手で夫婦は山奥の閉ざされた小さな村、エカーアストの住人となりリアムは直接顔を合わせることはなくとも、折に触れ組織を介し、ハルトの現状を手紙などで知った。
引き換えにその村には常に密かな援助を惜しまなかった。
再び孤独な闘いの日々。その後も伴侶や子を持つことはなかったが、戦場で、ましてや血塗られた自分の手で救い出した子が、例え自分の目が届かない場所においてだとしても成長していることに思いをはせると、自分の半生も決して無意味なものではなかったと思えた。
白い花のゆりかごから抱き上げた時に見た、赤子の瞳の光は決して忘れない。
こんな俺の人生からでも、どこかへと繋がる光が、命の輝きがある。
そして十年近くの歳月が過ぎた頃、ある少女の巡礼の護衛としてリアムは山奥の村へと同行し、そこで成長したハルト・ヴェルナーとその両親と再会することとなったのだ。
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「そしてそれがヴェルナー夫妻と会えた最後の時だった」
「そんな経緯があったとは全く知らなかった。もっと彼らと話してもよかっただろうに、あの時も今回もどこか無理に任務の没入しているように思えたが」
ジアの父親デレク・アーベルは言う。
「ちゃんと一つの家族の形をしている彼らに、今更どんなことを言えばいいか分からなかった。それに何かしら口を開いたり行動を起こしたりしたら俺は全てが溢れ出してしまい、これまでの歩みをまた続けることが出来なくなりそうだった。親子三人で健在でいるのなら、俺はまた離れて自分の道を行く方がよりよいと思ったのだ。獣によって夫婦が亡くなった今となってはその選択も正解だったとは決して言えないがな」
「八年前のことは君のせいではないだろう」
思わず村長のエドガー・ノールは口を挟む。再会してより彼はその傭兵の苦悩を感じていた。
「かもしれない。しかし全てを運命と受け入れるよりは、俺に責任があると思う方が実はまだ楽だったりもするのさ」
「……ハルトがヴェルナー夫妻の本当の子ではなく、君が係わった子だとは聞いていたが詳しい経緯は私も知らなかった。安易にあの子の話を振ったりして申し訳ない」
村長は表情を曇らせる。
三人の男が座っているのは村の診療所の空き部屋の一つ。
診療所は獣の襲撃によって生まれた多数のけが人でこれまでになく混雑していた。
幸いにも巫女以外に直接襲われた者はなく深刻な症状の患者はいなかった。
怪我の具合で言えば放り投げられ、森の木に激突したリアムが最も深かったが、応急処置を受け、手足が問題なく動くことを確認すると彼は早々に場を村人に譲り、適当な空き部屋で独り仮眠をとっていた。
夜が明けると、二人の男が訪ねてきたのだ。




