第四章 大樹の使徒 ⑥
クラウス・バリーはその手の銃を下ろした。多少の距離はあってもその獣が絶命したことは明らかだとここからでも感じることが出来た。
クラウスは獣の注意がそれた途端、放り投げた拳銃の元へと走り、再装填し獣へと照準を合わせていたが、その行動を森のそばに立つリアム・パターソンは視線と身振りで制止していた。
クラウスとは獣を挟んで反対側、リアムとバズのすぐ傍に移動したキアラも、同じく任務を果たすべく獣へと再び攻撃を掛けんとしていたがそれはだまって身体を張ってリアムが止めていた。
両肩に直接、無言で手を置かれ、その接触に目を白黒させてキアラは硬直していたが、同じく獣の最期を感じ取り、そしてリアムが両手を離すと二重の意味で緊張を解いた。
ジアとハルトと獣、三者を平等に照らしていたマナの粒子が静かにその灯りを落としてゆく。
時を同じくして燃え上がる木製の舞台の炎もようやく鎮火しようとしていた。
クラウスにはまるで、その日催された演目の終幕を告げているかのように見えた。
そして、おそらくこの日の主役であったであろう座り込んだままの白髪の少年は、己の命を懸け続けた緊張が解け、精魂尽き果てたかのように意識を失った。
その倒れ行く少年を夜の闇が包み込む中、世界樹の巫女はその豊満な身体で優しく受け止めていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ムクドリ』こと帝国軍上等兵、メルヴィン・ポインターは支給された双眼鏡を下ろした。
苦労して登った付近で一番高い針葉樹の上部から、できるだけ物音を押さえながら滑り降る。
痩せ型の身体を地面に到達させると、付近の森林の闇の中に紛れる様に潜む集団へと報告に走ると、何とか息を整え、そして務めて平然とした声をあげた。
「今日は無理ですね。獣の起こした騒ぎが大きすぎる。しばらく緊張や警戒も解けないでしょう。もう一晩か二晩待った方が賢明かと」
メルヴィンは自分に常に付きまとう怯えと、行動を先延ばしする口実を得た安堵をその言葉から悟られないようにするのには多少の努力が必要だった。
血と暴力に飢えた集団から不満の気配が上がるのが分かったが、同時にメルヴィンの言葉に紛れもなく理があることに意を唱えるほどの短絡的な人間は幸いにも一人もいなかった。
やがて言葉もなく複数の人間が武具を鳴らし、森の中に散ってゆく気配が感じられた。
本来ならば全力で避けたであろう夜の闇での孤独に若い兵隊は安心を覚え、ため息をつく。 同時に自分はいったい今何をしているのかと、何度も繰り返された疑問がその身を駆け巡る。
ここからでは何も見えないが、世界樹の巫女を受け入れた村の方向へと目を向ける。
正義と名誉を求め帝国軍へ入隊したというのに、これから自分は多数のならず者たちと共に獣の脅威に晒された小さな村へと、さらなる死と流血をもたらそうとしているのだ。
翌日、その日の深夜に三十人の、山賊に扮した傭兵による襲撃が決行されることとなった。
時を同じくして、帝国工作員『ヴァイパー』もまた活動を開始していた。




