第三章 その儀式が呼び出したもの ⑤
「お前はなぜこんなところにいる」
声を潜めながらもクラウスは思わず語気を強めてハルトに詰め寄っていた。思った以上にこの暗闇に緊張していることを自分のなかで渋々認めた。例えどのような武器や殺意を持っていたとしても、相手が人間ならばクラウスは一切恐れることはないが、この夜を支配しているものはそうではない。
「なぜって、僕はただ……」
状況に気圧されながら白髪の少年は口ごもる。
こちらを見ずにリアムは手を振り、ふたりを黙らせる。
「近づいているぞ」
その言葉にクラウスは再び銃を構え、ハルトを無視してリアムに並び、数個の街灯にぼんやりと浮かび上がる無人の村に視線を巡らせる。
気配だけは相変わらず濃厚に感じるが、その持ち主の姿は一向に見えない。
背後での、ハルトの不用心に辺りを見渡す気配にクラウスが苛立ちを感じるなかリアムが声をかけた。
「おい」
それがクラウスでなくハルトに向けられたものと悟るのに、お互い少し間を置く。
「何か、人でないないものがこの村に近づいている」
「はい、見張り台の上で僕も何かそんな気がしたので降りてきたのですけど……」
その言葉にクラウスは視線をあげ、木の上に造られた小さな見張り台を見つける。
こいつは世界樹の巫女の儀式の間、こんなところに独りでいたのか。
「その近づいてくるものは何か危険なものだ。覚えていなくてもかつてこの村を襲ったモンスターの話は聞いているのだろう。また同じような事が起ころうとしているのかもしれん」
リアムの言葉にハルトは目を見開くがそこまで恐怖はしていないようだ。
「だったら皆にも知らせた方がいいんじゃ」
思わず湖の方へ向かおうとするハルトを傭兵隊長は冷静に引き留める。
「いや、そうすればどうしても騒ぎが起こる。相手は村を挟んで皆から反対方向から来ている。モンスターとはいえ、動物ならばあまり大勢の人の気配で刺激するのは得策じゃない。まずは我々だけで対処するべきだ。お前も一人にはなるな。静かに俺たちの後についてくるんだ」
落ち着いた物言いにハルトは納得したように頷く。
その様子にクラウスも冷静さを取り戻していた。キアラの前ではクラウスも無関心を装っていたが、内心今回の任務や、ジア、ハルトに対する隊長の思い入れが大きく普段よりも感情を吐露していることは自分も感じ取っていた。
しかし、この窮地での落ち着きはさすがだと、前を行く大きな背中を見て、自分が安心している事は認めねばならなかった。
歩を再び進める二人についてきながらハルトは少し不安げに、そして不満げにきょろきょろと兵士二人の持つ火器に、そして何も持っていない自分の両手に目を向ける。
「おい、これを持ってろ」
不意にリアムは背負っていた長剣を鞘ごとハルトに放った。
慌ててハルトは物音を立てないように、両手で受け取る。
「ただし、鞘からは抜かずにおくんだ。俺たちの背中をぶった切られてはかなわんからな」
それが気休めに過ぎないことは当のハルトも気付いているだろうが、無言で頷く様子を見るとクラウスは再び前方に警戒を向ける。
ハルトに自らの剣を手渡したことは意外だったが、それ以外は自らが先頭に立ち、いつもの合理的で冷静な判断であり、リアムは目的のためなら手段を選ばず犠牲も一切厭わない。だが一つ問題なのはリアム自身がその犠牲になることにも一切躊躇がないことだ。
もしも、リアムが命を失うことで誰にも犠牲が出ず、巫女が助かるのならば彼はためらうことなくその身を捧げるだろう。それは献身などではなくただ己の存在を軽く見ているに過ぎない。
彼を補佐しつつも無駄に命を投げ出さないようにすることが、この任務に命じられたキアラの、そして志願したクラウスの与えられた役目でもあった。




