第三章 その儀式が呼び出したもの ③
見張り台のハルトは遠くから聞こえるジアの歌声を子守歌に、いつの間にか膝を抱え大きな睡魔に襲われていた。考えてみれば、何時もよりもかなり早く起床し桟橋での巫女との再会から長い一日だった。
普段ののどかで変化の少ない村の中でも、さらに孤独になりがちなハルトにとって、よその人間と話したり、失われた過去に思いをはせたりと、精神的な負担も大きかった。瞼が落ちるとともに、沈み始めた意識の暗闇のなか、ジア・アーベルの強く、美しく、そして少し寂し気な深緑の瞳が微かに浮かび、だがそれすらも多少の心の痛みとともに霧散しようとしていた。
『目を覚ましなさい。ハルト・ヴェルナー。あなたにはやるべきことがある筈です』
唐突に頭の中に響いたその声に、驚き、眠気も身と心の疲れも一気に吹き飛び思わず立ち上がった。
「今のは……?」
ふと目をこらすと闇夜に青い光を放つ一粒のマナの粒子が漂っていた。
それは二、三度瞬きするとまるで夢だったかのように消えていた。
相変わらず湖畔ではジアの舞と歌声と光が踊っている。それは祭りがクライマックスに向かっているようで、遠くからでも盛り上がりが最高潮なのを感じられた。
「今の声と光も、あの巫女が……?」
返事はどこにもない。
僕のやること。
家族を失くし、思い出を失くし、勇気を失くした僕がやるべきこと、やれること。
その時、湖とは反対の方角、村を挟んだ森の方からなにかが動いている物音が聞こえてきた。
枯れ木や落ち葉を踏みしめ進む、なにか得体の知れない圧迫感に似た気配を感じる。高所にある見張り台からも闇の中にその姿は見えないが、森の木々が揺らめき巨体を持つものが確実にこちらに向かっている。
ハルトは振り返り、遠い舞台の上で役目をはたすジア・アーベルの姿を再び瞳に映す。この時なぜかハルトは確信が持てた。森のなかを近づいてくる『何か』は世界樹の巫女を目指しているのだということを。
「【モンスター】」
かつてこの村全体を恐怖に陥れ、ハルトから両親と記憶を奪ったもの。またその悲劇が繰り返されるのか。
不思議とハルト自身にあまり恐怖がなかったのは、村人で唯一過去の襲撃を覚えていないからなのか、と現実の皮肉さに見張り台の梯子を下りながら苦笑いする。
僕のやるべきこと。僕がやりたいこと。
ハルトはそのモンスターと対峙するべく、梯子の途中からためらうことなく飛び降りた。




