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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第二章 ハルト・ヴェルナー ジア・アーベル ⑤

 ハルトはバズと並んで、今朝も訪れた湖の畔に再び立っていた。巫女たち一行が乗っていた二艘のボートは桟橋に繋がれ、本船である蒸気船はやや沖の方に停泊したままだった。

 陽は高く、靄もはれ暖かかく心地よい空気が漂っていた。目覚めてからどこか緊張しっぱなしだった身体がほぐれてゆくのがわかる。

 先ほどは目に入らなかったが、湖沿いの道をしばらく行った先の、普段はただの草地で何もない広場に、村から流れる川を背に、黒い布で囲われ木で組まれた小さくシンプルな舞台の様なものが建てられており、それを囲うようにいくつかの松明台がある様子が見て取れた。

 あれが、ブルーノが中心となって組み上げられた世界樹の巫女の祭壇なのだろう。

 あそこで巫女が、村の最奥に立つ今はただの樹木に過ぎない世界樹の枝復活の儀式を行い、儀式に成功すれば、遥かかなたの世界樹と地中深く根でつながる枝が活性化し、マナのエネルギーが採取できるのだ。今の時代にその経済的効果は計り知れない。

 

 かつて一度幼きジアによって試みられたが成功しなかった儀式。その直後に起こったモンスターの襲撃によってどうしても村人たちに連想され、なかなか再度の儀式に踏み切れず、二度目を行うのに八年もの歳月が開いてしまった。

 その記憶がないハルトにとっては初めての体験。

 なんとか間を持たせるための話題の糸口はないかと視線をせわしなく動かす友人に苦笑しながらハルトの方から会話の口火をきる。


「前の儀式の時もあんな舞台をわざわざ建てていたのかな?」

「えっ、ああいや、前はジアが直接木に触れてなにやら念を送っていたな。その最中にお前がこそこそ茶々を入れるもんだから彼女、笑いを堪えるのに必死だったよ。まあそのせいで失敗したわけじゃないだろうけど、いくらか葉っぱがピカピカ光ってただけだったな。なんだか間の抜けた光景に大人たちも苦笑してたよ。そもそも前回はジアを含め御一行も今回ほどそこまで宗教色にかぶれてなかった気がするな」

「彼女はやっぱり変わったのかな?」

「そりゃあなあ、お互い子供だったし、あんなにでっかくなるなんて予想もしてなかった。いや~色々と本当にスゴかった……」

「?」

 なにやら思い出し目を泳がせるバズ。

「僕は、きっともっと変わってしまったよね」

 ジアに抱擁された桟橋を見るともなしに見ながら呟いたそれは、質問なのか独り言なのかは自分でもわからなかった。

 バズはハルトに向き直り、今度は泳がせることなくしっかりと視線を合わせる。

「そりゃあもちろん変わったさ、お前も俺も、レオナだって変わってる。こんな変化のない辺鄙な村にいたって俺達は変わっていくよ」

「変化のないと言っても村自体もあの事件で大分変わったじゃないか。壁や大門もそんなに厳重じゃなかったみたいだし」

「だとしても俺達の変化に比べたらちっぽけな事なんじゃないか。俺なんか前にジアとあってた時はただの泣き虫な小デブちゃんだったぞ。レオナは口だけは達者だったけど可愛げがあったし、お前は腕白なガキ大将だった」

「その変わった僕はどうやら彼女を傷付けてしまったらしい」

 墓地で隊長に呟いた思いをまた、つい吐露してしまう。

「それは本当にお前のせいなのか?」

「え?」

 ハルトは先ほどとは違い、真面目でまっすぐな顔の友人を見る。一見強面で直情的に見えながらどこか繊細さも併せ持つ、自分にとっては八年来の、バズにとっては物心ついた時からの関係の友人。

「確かにジアはお前と再会し、傷ついていた。思わずレオナがお節介を焼きたがるほどにな。それはお前が思い出を失くしてしまっていたからだ。それには間違いはない。でもそれはお前がやったことじゃない。お前自身が彼女に何かしたわけじゃない。あえてしたことと言えば、昔に一緒に遊んだだけだろ。それはお前が忘れても俺は覚えている、だから彼女が傷つく以上にお前が傷つく必要なんてないんだ」

「僕は傷ついて見えるかな?」

「さあな、案外お前は図太いところもあるからな、でも深く考えすぎてしまうとこもある。だからこれ以上くよくよ考え込むようならまたジアと会おう。会って話して、なんなら一緒に遊ぼう、レオナも誘ってまたガキのころのようにさ」

 

 言っている内容は結局先程傭兵の隊長に言われた事とあまり違いはないが、数少ない信頼のおける友人に言われると尚更決心を固めていた。

「そう思ってレオナの家に行こうと思ったら誰かさんに止められたんだけどな」

 そしてちょっと意地悪な返しをするほどの余裕が生まれていた。

「いや、あれは、ちょっと事情というかなんというか、すまんとは思ったけど、なんとも…」

 その慌てように思わず吹き出してしまった。考えてみると今日初めて心から笑ったかもしれない。跳ねる小魚につられるように視線を湖に戻す。

 おおきく息を吸い込み、湖を、世界樹を、そして自分のなすべきことを見る。

「ありがとう、その、色々と」

「いいってことよ」


「外の世界は相変わらずかね?」

 村の村長、エドガー・ノールは自室の客間でテーブルをはさんで座る隊長、リアム・パターソンに茶を勧めながら穏やかにたずねる。本当は何か酒でも出そうかとも思ったが真面目な顔ですげなく断られてしまった。

「帝国のことならばそう、次々と地方を征服し勢力を伸ばしている。だが、かつてのような強引な武力をつかっただけの支配は避けようとしているな。奴らも馬鹿じゃあない。暴力だけでは本当の意味で人々を支配できないことはわかっている。旧世紀の人類の復権とやらを大義名分に掲げていても、これだけの世界樹の影響下では奴らも柔軟にならざるをえない」

「ならば少しは穏やかな時代が続くかな」

「残念ながらそうは思わんな。帝国が過激な手にでないのは、彼らにとっての敵がどの程度の勢力かハッキリしないということが大きいだけに過ぎない。各地に散らばっている反帝国勢力は相変わらず表には出ずゲリラ的活動に終始しているし、逆に一見帝国など眼中にないような、我が道をゆく【教団】も影でどれだけ信徒を集め、手を広げているのか、わかったもんじゃない。

 だが逆に言えば、争うべき敵の姿がはっきりすれば規律と武力に長けた帝国軍は無類の強さを発揮するだろう」

 村長は宙を見上げため息をつく。

「これだけ激変した世界でも、相変わらず人々は争い続けるのか」

「何が激変しようがそれだけは変わらんさ、ただその変わった世界に人々が次第に順応し、ただ生き残る以上のさらなる安定を求め始めた故、積極的な闘争だけでなく、無意識にバランスのとれた均衡をも目指している。もっともそれは各勢力のにらみ合いという平和とは程遠い危うさを秘めた安定だがね」

「その均衡もやがて崩れると君は思うか?」

「そもそも各陣営の戦力差のバランス以前に、この世界の環境が安定していない。あの世界樹の事だって我々は未だに殆どわかってないんだ。教団が信奉する世界樹に宿る神様とやらの気まぐれによって、人々にマナの恩恵をもたらしたように、明日にもまた日常を激変させるかもしれない。そうしたらまた帝国は、先住の権利を守る事を名目として、徹底的に武力で対抗するだろう。その戦いを予想して、各々力を貯めているのが今の状況なのだと思う」

「世界樹、帝国、反乱組織、教団、数を増し続ける亜人、または大多数の一般市民か、はては強大なモンスターか。どこかの勢力が世を統べることはあるのか。一世紀前の種の落下から価値観がかわり、混乱と争いが増えたような気もするが実は何も変わってないのかも知れないな。なんせ人類は、百二十年前は国家間で今とは比べものにならないくらいの大規模な戦争を行っていたのだからね」

 村長は立ち上がると窓辺に歩み寄り、外の風景を、自分が長である小さな村を眺める。

「我々もただ安穏と暮らしていくだけではすまないかもしれないか」

 リアムはその不安に答えを出してはくれなかったが、

「旅を続けるうちに、均衡を破る存在になるかどうかはわからんが、最近また新たな勢力に出会うことがある。勢力というよりも新たな『個』だがな」

と遠い目をして言った。


 「それは【大樹の使徒】と言うやつかね?噂には多少聞いたことはあるが、教団の宣伝文句などじゃないのか」

 曰く、突然変異である亜人とはちがう、世界樹の加護を受けた正統なる人の進化系。次世代の世界樹の種の護り手。この世を収める未来の万物の霊長。

「どこにも属していない一個人達であることは確かだ。大樹の名を冠してはいるが教団のように特に世界樹を信奉しているわけではなく、神の使いのような神聖さや神託があるわけでもない。ただ偶然運命に選ばれたような強大な力を持つだけだ。自らマナを生み出し、その肉体と運命を望む姿に進化させる。それは世界樹の巫女にもできないことだ」

「彼らが争いを収めてくれると?」

「緊張をはらみながらも、停滞しているこの世を何かしら変える力をもつのは確かだ。たださっきも言ったようにあくまでも一個人であるが故、どう転ぶか誰にも予想できないが」

「英雄となりうるか、それとも……か」

 リアムは冷めた茶を一気に飲み干すと立ち上がる。

「さて、長居した。英雄でもなんでもないただの兵隊は自分の仕事にもどるとするよ。招待をありがとう」

「何、君こそ年寄りの暇つぶしに付き合ってくれて感謝する」

 村長は装備を確認し、再び護衛の任務に戻ろうとする古参兵の横顔を見ながら、少しためらいがちに付け加える。

「なあ君、今回の仕事が終わったらこの町にずっと居てくれても構わないのだぞ。戦いばかりの旅を続けるのには、もういい加減疲れたのではないか。君がいてくれると村としてもとても心強い、それにいずれはあの子に……」

 リアムは絞り出すように乾いた笑顔を張り付けながら村長の言葉を遮る。

「やめておくよ。八年前の事件をあとで聞いた時は、自分がいればと、後悔することもあったが、そもそも最初から俺がいなければ何も起こらず、ヴェルナー夫妻だって死ななくて済んだかもしれない。俺は自分の責任に、あの子に向き合うことが出来ない臆病者なんだ。だから贖罪を名目にもう少し旅を続けさせてくれないか」


「君のその旅に、終わりはあるのか?」

 

 旅人はその村長の問に答えを出すことなく出て行った。


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