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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第二章 ハルト・ヴェルナー ジア・アーベル ④

 進化の流れから外れた怪物。

 

 まるでわたしの様だ、と思ったことは、ジアは(おもて)には出さなかった。

「そのモンスターの一頭がこの村を襲ったわけですか」

「あれは日が暮れてすぐの頃、近所の人間が近くを通りかかった際、ヴェルナー家で争い家具の壊れる派手な物音を聞いたの。昼間はごく普通な様子だったし、普段夫婦喧嘩などもなく、たとえあったとしても暴力などとは無縁な一家だったわ。不審に思ったその近所の人間は、多少距離は会ったけど隣人といえるうちの夫婦に声をかけ、三人で様子を見に行ったの」

「わたしは家で留守番してたけどね」とレオナ。

「それでよかったと思っているわ、心から」

 

 バルバラは再びジアの手をテーブルの上で取ると話を続ける。

「玄関側はとくに変わったことはなかったので私達3人は声をかけながらも家に入った。その瞬間反対側の窓を破り、何かの生き物がわめきながら飛び出していったの。驚きながら慌てて家に入ってみるとそれは、本当に酷い有様だった。床も壁も一面爪のようなあとでめちゃくちゃに傷ついて無事な家具はなにもなかったわ」

 努めて冷静に語っているが握られた手に力が入るのをジアは感じた。

 無意識に胸の深緑の宝石に触れる。

「そして、ヴェルナー夫妻は死んでいた。血や、その、ほかの何もかもが一面に散らばって、一瞬もっと大量の人間が殺されたのかと錯覚したけど、そこでの被害は夫妻二人だけだったわ。わたしは家に充満する匂いと、わたし自身が上げる悲鳴のせいでおかしくなりそうだったけど、部屋の真ん中に座っている子供、ハルト・ヴェルナーを見つけたの。膝を抱えて表情と生気のない顔で微動だにせず座る彼をね。

 全身血まみれで始めは彼も死んでいるのかと思ったけど、彼自身の流した血はなかった。その血はすべて彼の両親のものだったわ。彼が生きていたことで僅かながら冷静さを取り戻したわたし達は、彼を抱える様に連れ出すと村の集会所に集まった。ハルトを寝かせ村人達を集めて今後についての話し合いを始めようとしたのだけど、その夜、そのモンスターの村への襲撃が再び始まったの」


 ブルーノ・ホーファーとバズ・トロットは並んで帰宅していたが、二人の後ろから静かに付いてくる緑のローブの二人組に気を取られ会話はなかった。村の集会所で事情を話すと、そこに滞在していた世界樹の巫女の一行のリーダーであるデレク・アーベルは淡々と指示をだし、メンバーのうち小太りな初老の従者、そして細身の中年の従者の女二人に衣類とさらに世界樹の枝活性化の儀式のための細々とした祭具など持たせた。

 ブルーノはこの気難し気な小男に巫女について何か文句や苦情を申し立てられるのではないかと、神経を尖らせていたが極めてあっさりと流され、さらに儀式の準備にブルーノの家を使ってよいかと丁寧に許可を求められた。友好的な様子は一切なかったが、かといって険悪でもなく、そういえば8年前もそうだったなと拍子抜けした。

 この年になると時が過ぎるのはあっという間に感じられるのだが、大多数の村人と同じくブルーノにとってもあのモンスターの襲撃の前後で隔世の感があるものだった。

 娘のレオナと今隣を歩くバズ、世界樹の巫女であるジア、そしてハルト。この四人が笑顔で無邪気に走り回っていた様子はありありと思い出す事ができるが、もうその光景は見られないものかとすこし切なくなる。ただ彼らが成長しただけならば大人として素直に喜ぶこともできるが、かつての悲劇とハルトの記憶の喪失がどうしても暗い影をおとす。

 何かできることはないかと、今朝は思わずハルトとジアを引き合わせてみたけれども、やはり娘の言う通りただの考えなしのお節介だったのか。


「よおハルト」

 バズの声で我に返るとそのハルト・ヴェルナーが別の道からホーファー家へ向かおうとする姿がみえた。ハルトは軽くバズに目配せすると、ブルーノに向き合った。彼が何か言おうとする機先を制してブルーノの方から声をかけていた。

「ハルト君、今朝はすまなかった。君を軽い気持ちで世界樹の巫女さんに引き合わせてしまって。混乱してしまっただろう。君にとっても巫女さんにとっても色々と軽率だった」

 よけいに彼は委縮してしまうとは思いつつも思わず頭を下げていた。

「いえそんな、色々と驚きはしましたけど、いずれ彼女には会うはずだっただろうし」

「だとしても前もって君には色々と伝えておくべきだった。私だけではなく村の大人達皆の判断ミスだったよ」

 このままでは埒が明かないと思ったのかバズが二人の間に割り込む。

「そんなことよりどうしたんだよハルト。巫女さん、ジアに会いに来たのか」

「ああ、そのつもりだよ。その、なんだか失礼な態度をとってしまったし一言、会って謝った方がいいのではないかと思って。あの護衛の隊長の人にもそう言われた」

「護衛の隊長?なんでそいつが」

「あの人は前の巫女の滞在の時にも護衛についていたらしい。例によって僕は覚えていないけどね。それで僕にも彼女にも何か責任を感じているようだった」

 

 そこで言葉を切るとブルーノを見て言う。

「隊長にも同じように謝られました。軽率だった、大人の責任だと。でも彼女は、世界樹の巫女は僕の目をみて『会いたかった』と言い、そしてなにより僕の態度で悲しんだ様でした。だから責任があるとかないとかじゃなく、今の僕自身が直接彼女に、ジア・アーベルに会わなきゃいけないのだと思います」

 普段あまりものを主張しない若者の態度に口ごもり、うまく返事ができないでいると、ローブの二人組の急かすような無言の圧力に気が付いた。彼らの目的を、そしてはたと今のジアの恰好を思い出す。

 今の自宅にハルトを連れて行き、また引き合わそうものなら今度は妻と娘の説教どころじゃすまないだろうことは簡単に予想がついた。

「君の気持はよくわかった。たしかに今、私の家にジアは滞在している。合わせてやりたいのはやまやまだが、その今はマズい」

「?」

 同じく状況を完全に忘れている様子のバズにあわてて身振り手振りで自宅の状況を思い出させる。怪訝な顔の彼もはっと目を見開くと数秒考え、

「あ、あーっと、確かに今はマズいな。よ、よしハルト。今日は珍しく大門が開いているんだ、せっかくだから湖の方に散歩でも行こうぜ」

 ブルーノは下手くそなバズの誤魔化し方に目を覆うが、とにもかくもなにやら事情があることを察したハルトがバズと連れ立って行くのを見送ると、従者達を連れて自宅へと到着した。


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