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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第二章 ハルト・ヴェルナー ジア・アーベル ②

「さあ、どうぞ」

 バルバラがジアの前に湯気立つ熱いお茶のカップを差し出す。

「ありがとうございます。いただきます」

 ジアは相変わらず全身を覆うシーツの間から腕を出し、彼女にとってはいささか低いテーブルからカップを持ち上げる。

  

 背後からはレオナがその身体と同様に豊かなジアの濡れた髪を、ややくせのあり、自然と広がる様子に苦戦しながらも一所懸命にタオルで吹いている。

「本当ごめんねえ、ちょっと考えたらわかったことなのに、さっさと服まで洗っちゃって。今バズに大急ぎであなたの着替えをとりに走らせてるから」

「そんな、あまりお気遣いなく」

 ジアはレオナの謝罪に恐縮しつつも、その声音に再会してからの緊張が解けてきていることに素直に喜びを感じていた。

「でも、ジアも不用心すぎるよ。どんなにえらい巫女様かもしれないかもしれないけど、うら若い乙女には違いないんだからね。いくらここがド田舎でも村の半分は男なんだし」

 どこか説教くさい口調に可笑しさを堪えながらも、自分も無自覚の警戒が解けていることを感じていた。

「すいません。普段はあの傭兵の方々が守ってくださっているので安心しきっていたのかもしれませんね。身を守るという意味では油断はしないのですが、そうですね、わたしも一応乙女なんですよね」

 そこで振り返ると初めて見せるどこかいたずらっぽい笑顔で

「でも、もしもわたしに対して何か不埒な考えをもつ輩がいたとしても、力では誰にも負けるつもりはありませんのよ」

 レオナの顔よりも大きな掌を目の前でひろげて言った。

 一瞬の沈黙後、思わず吹き出すとふたり揃って笑い声をあげた。友達のように。

「そうだよね、父ちゃんとバズなんか、まとめてひねられちゃいそうだ。」

 

 一通り笑いが収まると、再び前を向いたジアの頭にタオルをのせ両肩に手をあて、レオナは少し遠慮がちに問う。

「その、八年の間に随分おっきくなったんだね。前はわたしより小さかった気がしたけど」

「ええ、時期としては前回この村でお別れした頃から急に伸びてきました。ちょうど巫女としての能力が急激に強くなり、この瞳が深緑に染まるのに比例するかのように。生まれつき耐性があるとは言え、マナという未知のエネルギーをその身に宿し操ることが負担となり、それに耐えうる強靭な肉体への進化が必要だったのではないかと言われています。」

 自分の耳にもどこか他人事のように聞こえる言葉が続く。

「あの巨大な世界樹に仕えるのですから、この身長も無駄に説得力がでて役に立っていますよ。あえてそう宣伝してる面もありますけども。ただお父様とはなかなか親子であるとは思われなくなってしまいましたけどね」

「えっと。その、つらくなったりする?」

「それはこの体格のことですか?それともわたしの役割のことですか?」

「両方かな…。ごめん、やな質問だったね。忘れて忘れて」

 もう一度振り返るとジアはレオナの目を見て言った。

「もちろんつらいこともいっぱいあります。身長に関しては正直他に色々ありすぎてコンプレックスを感じる暇もありませんけど、普段から護衛の方々が必要なように狙われることも多数あります。でも、だからこそわたし自身が強くなれた部分もあるのです。そんなわたしに救われた、と思ってもらえる人々がいるのも事実で、それは名誉なことだと素直に思えます」

 まるで普段から常に言い慣れているかのようにすらすらと台詞がこの口から紡がれる。

「わたしと同じくらいの年なのにすごいなあ」

 大人達が時折見せる崇拝ではない、レオナと言う同世代の普通の少女の、友達への疑うことのない素直な眼差し。

 

 それが向けられることがどれだけジアにとって胸を打つことなのか、彼女にはわからないだろう。それと心からの本音かどうか、自分でもわからない薄っぺらな台詞に対する罪悪感をごまかす様に言葉を続ける。

「ただ、わたしをどこかのお姫様みたいな、高貴な存在として扱われることは、わたしがそのように演じているとはいえ、未だに複雑な気分になります。世界樹の巫女なんて持ち上げられていますが、環境が生んだ【亜人】、突然変異であることには変わりないのですよ」

 そこでレオナから目線を戻し、前を向くと一呼吸おいた。

「そう、【キメラ】や【モンスター】と同じように」

 タオルを動かすレオナの手がピタリととまる。

 二人の会話に口を挟むことのなかったバルバラは、昼食の準備をしていた手を止めるとテーブルをはさんだジアの向かいの椅子に腰を下ろした。

「ジアちゃん。どこまでレオナから聞いたの?」

「この村が、突然モンスターに襲撃され、ハルト・ヴェルナーの御両親が犠牲になって、そのショックで彼の記憶が失われてしまったと」

 

 うっすらとジアの記憶に残る、おしゃべり好きで陽気な父親と、物静かながらつねにニコニコと笑顔の母親のヴェルナー夫妻。性格、容姿は全く異なるが在りし日の自分の両親が思い出され、寂しくも、ハルトが羨ましくもなったものだ。その二人ももういないという。

「そうね、言葉でいえばそれで間違いないわ。この前あなた達がこの村を去ってから三日もしないうちの出来事だった。一匹のモンスターによって十一人の犠牲がでたわ。その最初の犠牲者がヴェルナー夫妻だったの」

「十一人も…。たった一匹の動物によってそこまで被害がでてしまうのですね。実はわたしも度々キメラなどに襲われることがあります。この身に宿るマナの光に何かしら誘われるものがある様なのです。でもそこまでの規模の被害はありませんでした。なぜこの村でそのような事に…」

「えっとジアちゃん、キメラとモンスターの違いってわかるかしら。まあ最近の人間が勝手な尺度で振り分けてそう呼んでいるだけなのだけど」

「すいません、正確にはよく…。ただ人を襲うものがモンスターではないのですか」

「ちょっと、お母ちゃん、ここ学校じゃないんだからお勉強みたいなのは勘弁してよ」

 重い空気を変えようとレオナが茶々をいれる。

「いえ、ぜひ教えていただきたいです。この村に起こったこと、ハルト・ヴェルナーに起こったことも。わたしは、世界樹の巫女なんて名乗っておきながら表面的に着飾って取り繕うばかりで無知で無学な小娘に過ぎません。それにわたしは今まで学校に通ったことも、授業などを受けたこともありませんのでとても興味深いです。まあ興味深いといったら不謹慎な話なのかもしれませんけども」

 重くならないようにジアは言ったつもりだったが、彼女の抱える孤独の一端にふれ一瞬バルバラの顔が曇ったようだった。テーブルの上で手をのばし、一度ジアの手を握るとあえて普段の教師としての態度で淡々と言葉を続けた。

 

 この世に起こったこと。そしてハルトに起こったことを。


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