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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第二章 ハルト・ヴェルナー ジア・アーベル ①

 ジアは久々に全身を覆う熱い湯の心地よさに心の底から浸っていた。

 かつてこの浴室に幼いレオナと共に、村のちび達の面倒見ながら、騒がしく入っていたことがあることを思い出し自然に口元がほころぶ。

 今では、ジア独りきりの入浴でも、その常人よりも長い手足は、浴槽に全身で浸かるにはうまいこと折りたたむ工夫が必要であった。

 本来はデレクを含む他の人々とそろって村の集会所に滞在する予定だったが、是非にと、いささか強引な勢いで、村の入り口に近い川の下流を背にした平屋にホーファー親子の招待を受けていた。この村の中でも比較的大きな浴室もその招待の理由の一つだった。

 

 ブルーノ・ホーファーは突然ハルトとジアを思い付きで引き合わせたことを、妻と娘からそろって責められ、随分と小さくなっていた。

 一緒にホーファー家に訪問しているバズ・トロットは女性陣二人をなだめながらも、自分もジアに対してうっかり口を滑らせたことを必死に話題から逸らそうと四苦八苦していた。

 明るい一家団欒とは言い難くも、どこか微笑ましいその男女の様相は普通の家庭とは縁遠い生活を歩むジアの胸中を温かいもので満たしてゆく。

 無作法にも手足を湯船から投げ出し、裸身を湯に沈め、木造りの素朴な天井を見上げる。身の心もリラックスし、落ち着いた思考の中、改めて湖上の桟橋での再会を思い返す。

 白髪の少年ハルト・ヴェルナーとの再会を。


「『あなたは誰ですか?』」


 声に出して彼の台詞を反復する。

 脳裏に浮かぶのはかつての面影をのこしつつも、戸惑い困惑するその表情。

 再会したら言いたいこと、聞きたいことがたくさんあったはずなのに。

 ただ自分のことだけを忘れられたのではなく、何かしらの悲劇によってハルトは一時期の記憶を全て失ってしまったとのことは、レオナからフォロー交じりに早口で説明された。

 その詳細を知る事が、ジアがここに連れてこられた大きな理由でもあった。

 巫女として各地を巡る旅時のうえで、今の世界で何かしらの争いや悲劇を避けることは困難だった。ジア自身に降りかかった事象もけっして少なくはない。

 しかし、それは世界樹の巫女としての偶像の上での出来事であり、いま知ろうとしているのは、無邪気だった幼きジア・アーベル自身とつながるハルト・ヴェルナーの過去。

 目をつぶると浮かぶのは強く眩しかった少年と、泣き虫で小さな少女だった自分。

 裸の両肩をそっと抱く。誰よりも大きく逞しいはずの自分の身体がひどく小さく思えた。


「それで、どうするつもりなんだよ。あの親父さんや兵隊どもから引き離したかったのはわかるけど、思い出話でもするのか、ジアにいきなり事情を話すのか、ハルトにもう一回会わせるのか、それとも先にハルトの方に話つけてしまうのか」

 バズは浴室の方から物音がするたびにチラチラとそちらの気配を気にしながらレオナに問いただす。

「うるさいわね、いきなり色々言わないでよ。あんなに大きな身体して子供のように泣き出しそうで、あのままほっとけなくわけにはいかないでしょ。なんかまわりの大人達も昔よりもピリピリしていた感じだし」

 座ったまま考え込むように、唸りながらレオナはバズの顔を見ずに言う。

「そりゃピリピリしてたのは、お前らがいきなり道の真ん中に飛び出してきたからだろ」

 ブルーノ・ホーファーはため息まじりに呟くが、言った瞬間しまったという顔をする。

「だいたい父ちゃんのせいだよ、いきなり事情も話さずハルトとジアを引き合わせるなんて、そんなのどっちも混乱するに決まってるじゃん」

 先ほど散々妻と娘に責められたことをまたも蒸し返され、一家の長は目を逸らす。

 父親への強気な態度とは反して、ふたりの幼馴染を思うとレオナの表情は少し曇る。 

「やっぱり、どんなに世界樹の巫女ってのが偉くても、ジアはわたし達の友達だったんだよ。だからなんとかしてあげたいし……。それにハルトの方だってわたしは記憶を戻してあげることとかはできないけど、いつまでも寂しい思いをさせたくない。ジアとも仲良く会わせてあげたい。昔そうだったようにさ」

 

 バズとブルーノが無言になるなか、バルバラは娘の頭に静かに手をおいた。

「まあ、ジアちゃんがお風呂からあがったらみんなでご飯にしましょう。まずはそれから。巫女さんとしての務めはちゃんと果たさないといけないからいつまでも引き留めておけないしね。バズ、あんたも食べていきな」

 若者二人が頷き会話がひと段落したとき、タイミングよくジアが姿を現した。

「ありがとうございました。いいお湯でした。ひさしぶりにサッパリできましたわ」

 あくまでも礼儀正しく丁寧に礼をいうジア。

 だがその姿を見た一同は驚愕に息を飲んだ。

 

 火照ったその裸身を覆うのは深緑色の宝石が光るネックレスとバルバラのバスローブ一枚のみ。バルバラは女性としてはやや大柄で、最近は若干の肥満が悩みの種だったが、その体形にあわせたローブでもジアの身体を隠すには役に立っているとは到底言い難かった。

 豊かな身体のラインをくっきりと煽情的に浮き上がらせ、長い手足が大胆に露出する。先ほど外で着ていた巫女の普段使いの清楚な装束によって纏われていた神秘性が薄まりダイレクトにその肢体のもつ人間離れした魅力を放っている。湯気とともにそのあふれ出る色気は性的なものというよりも一種の動物として完成された野性味すら帯びており、加えて室内ということもあり単純のその巨躯の持つ存在感も圧倒的に増していた。

 当のジア自身は幼い頃からの集団での放浪生活での馴れから、さして恥じらうことも無くその無防備さを幼子のように意識なく大胆に晒している。

 呆けたように見惚れていたレオナは、我に返ると同じく、赤面し見惚れていた男二人を家から外に慌てて叩き出した。バルバラはさかんに謝りながら適当なシーツをきょとんとしたままのジアに覆いかぶせた。

 ホーファー家の昼食は後回しとなった。


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