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JEWEL SOUL ―――世界樹の巫女―――  作者: フロストマン


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第一章 出会いと再会 ⑧

 巫女一行が去った後、村長エドガー・ノールが一息ついていると、ふと怪訝な顔をして空を、次いで先ほどくぐってきた村の大門を仰ぎ見た。

「どうかしたのか?」

 残っていた護衛隊長のリアム・パターソンは船から上陸して初めて声をだした。

「ああ、あんたか。いや、大したことではないのだが、この時期のこの時間にしては、なんだか鳥の声が少ないような気がしてな。まあ、これも世界樹の巫女さんの影響とかなのかもな」

 それを聞いて微かに警戒するように空を見るリアムに改めて村長は向き直る。

「とにかく久しぶりだな、旅人よ。また会えるとは嬉しいよ。それもあの子を伴ってとはな」

「どこかでくたばっているとでも思ったか?実は俺はそうなっているだろうと予想していたのだがな」

 当たり前だがノール村長の記憶にあるよりもその兵士は幾分老けており、そして疲れているようでもあった。

 それでも自分よりも若輩の彼に対しハルト達村の若者達には聞かせぬ、穏やかな声で言う。

「現に今は生きているじゃないか。それが嬉しいのさ。さあ、君もくつろいで、是非外の世界の話を聞かせてくれたまえ」

「そのつもりだが、その前に済ませなければいけないことがある」

 そしてとある場所を村長に尋ねた。


 リアムは村長から言われた通り、村のメインストリートを挟んで川からは反対側に位置する、一見すると、民家の塀の様な漆喰の白い壁にある小さな木製の戸を開ける。その先はうす暗い森へと続く下りの坂道となっており、粗末な石の階段が控えめに設置されていた。石段を降りると村の奥の方へと続く道があった。

 村全体から一段低い位置にあるその道は村の最奥の大樹をぐるっと回りこむように続いており、坂道から突き出した太い根を数本くぐったその先の、村から見れば大樹の背後に位置するあたりに、今度は上りの石段がある。階段を上がると木々に覆われた薄暗い道から一転、陽の光が降り注ぐ解放感あふれる小高い丘に出る。

 直線距離では村とさほど離れてはいないが、辺鄙な村のなかでもさらに隔絶された感のあるその場所の外れには村の共同墓地もあった。隅には一本の街灯の下、木製の小さな管理小屋が建っている。


 リアムとっては大変珍しいことに、武器を全て外した丸腰の姿でここに来ていた。 

 墓地特有の陰鬱とした雰囲気はない、草木の豊かなどこかのどかな空気が流れる。   

 坂を上りきると、その丘の隅に白髪の少年が一人ぽつんと立っていることに気が付いた。


 名はハルト・ヴェルナー。ジアに聞く前からその名は知っている。

 そのハルトがリアムの目的の墓石の前に静かに佇んでいる。

 二つ並んだ墓石、同じ名字に同じ没年日。どちらからとも声をかけるでもなく、ハルトは静かに場を譲り、リアムは静かに祈りを捧げた。

「両親を知っているのですか?」

 しばし待って少年はおずおずと尋ねる。あまり村外の人間との会話には馴れていないようだ。

「ああ、随分と昔のことだがな。ふたりとも友人と言ってもよかったかもしれん」

 墓石に目をむけたまま感情を込めずに返答する。

「そうですか、ありがとうございます。その、僕のほうは両親の事、何も知らないのです」

 すこし寂しげな返答にリアムは友人の【息子】に目をむける。

「村長に聞いたかもしれませんが、僕は幼いころに記憶を失くしてしまっていて、

8年前くらいかな、それ以前の出来事は父と母の事も含め何も覚えていないのです」

「そのようだな、俺も実は以前にあの子、世界樹の巫女の御一行とともにこの地へ来ている。そのときに両親と共に君とも会っているよ」

 傭兵の脳裏に純真な笑顔と泥にまみれながら走り回る、幼き日のハルトとジアの姿が浮かぶ。

 それは彼にとってもひときわ眩しい記憶の一幕。

「ごめんなさい、僕はあなたの事も覚えていないのです」

「君が謝ることじゃないだろう。君が俺になにかしたわけじゃあないし、俺が何かしたわけでもない。今と同じただひと時滞在しただけの一傭兵と村の子供の関係でしかなかった」

「ならいいのですが、でもどうやら世界樹の巫女様とはちがっていたみたいで、さっきは何か悲しませてしまったみたいです」

「ジア・アーベル」

「えっ?」

「ジア・アーベル。それが彼女の名だ。大層な肩書と身なりをしているがまだ君と同世代の少女にすぎない。そして幼い日に出会った君との再会をとても楽しみにしていた」

 船上での、期待とそれ以上の不安の表情のジアを思い出し胸に苦いものが走る。

「本当は俺のほうこそ謝らなくてはいけない。実は村の人間からあらかじめ君の記憶の事は聞いていた。ただ巫女の役割がある彼女に、はじめからこの旅について落胆させないようと黙っていたのだ」

 巫女の父親、デレクも彼女に余計な不安や刺激を与えることをよしとしなかった。

「それに二人の再開のはずみで君の記憶も戻らないものかと、大人たちの軽率で浅はかな思い付きが余計な混乱を招いてしまった」

 ハルトは自分を巡り大人達が様々な思惑を巡らせていたことに当惑しつつあるようだ。

「でも、結局彼女を直接傷つけたのは僕なわけで…」

「だとしても、それで君が責任を感じることはないさ。過去の事、それも君が失くしたものによって起こったことを重荷に感じる必要なんてない」

 責任を感じなければいけないのは何よりも俺のほうなのだ。

「この墓の下に眠る君の両親は確かにいい人達だったよ。そして君もよい子だった。

たった数日のことだったがその君との思い出をジアは今も大事にしている。それは褒められこそすれ、忘れてしまった君自身を含めた誰にも責められないことだ」

 ハルトはわかったような、わからないような顔で頷く。

「俺はただ護衛を仰せつかっているだけの傭兵に過ぎない。彼女が何を思っているのか、何を欲しているのかはわからない。ただ背負っているものが多すぎることはわかる。もしかしたら、今の君にこそできる助けがあるのかもしれない。俺が言えた義理じゃないが、気が向いたらもう一度彼女に、ジアに会ってやってみてほしい。それが何よりも君の為にもなるかもしれない」

 そう言うとリアムは再び墓石に視線を落とし静かに佇む。

 蝶が二匹、まるでダンスを踊るかのように絡み合いながら飛んで行く。

 ハルトは何も言うべきことが思いつかず、やがて村の方に歩いて立ち去って行った。


「どう思う?」

 歩き去る白髪の少年から隠れるように、木立の影でキアラ・マイアは声を潜めて尋ねる。

「どう思うって何が?」

 クラウス・バリーはさして興味なさそうに答える。

「だから、パターソンさんの様子がよ。他人に対してあんなにしゃべってる姿なんてめったにみれないわ。あの子に対して何か思い入れがあるのかしら」

「なんだ、嫉妬か?」

「な、なんの嫉妬よ!」

 おもわず声を抑えるのを忘れて問いただす。

「あんたの、あのハルトとかいう少年に対する嫉妬さ。旅の始めの頃には、隊長がやたら護衛主の巫女さんに入れ込んでいるってブツブツ言っていたじゃないか。こんどはその対象があの少年になったってだけだろう。普段自分が、我らが隊長に全然構ってもらえないのに、見知らぬ田舎の少年にはやたらと無駄に熱く語ってるってな」

 涼しい顔で遠慮なく述べるクラウスに対して、キアラは唸りながら睨むしかできなかった。

「まあ、たしかにあの少年やこの村を含む今回の旅に、あの人が何かしら思うところはありそうだとは俺も思うよ。でも、あの人自身が傭兵稼業から逸脱するようなことはしないだろう。なら、俺たちはそれに従うだけさ。実際あの世界樹の巫女の護衛なんて俺達にとっても光栄なことなんじゃないのか」

 言葉とは裏腹に何に対しても興味なさげな、いつもの相方の様子にため息つきながら

「あんた、若いくせに何いつも悟ったような事言ってんのよ、そんなんじゃすぐに老け込んじゃうわよ」とキアラは言う。

「どうでもいいけど、そろそろもどろう。ふたりそろって護衛対象から離れたりしたことがばれたら、我らが愛する隊長にどやされるぞ」

「誰が愛するよ……。そんな冗談はもう少し面白そうな口調で言いなさいよまったく」

 ぶつぶつ呟きながらも、素直に応じキアラは先を行くクラウスに付き従う。

 森の道を連れ立って歩きながら、目線を前にむけたままのクラウスが独り言のように言った。

「ジアさんは小さい頃にこの村に滞在して、あのハルト・ヴェルナーとやらに出会い、それはどうやら大事な思い出らしいが、その当のハルトはなぜ忘れてしまったんだ?あの眼鏡の女やデカいのは彼女のことしっかり覚えていた様子なのに」

「ああ、それはあんたと違って社交的なわたしが一応村の人間に聞いといたわよ」

 一言嫌味を挟みつつもキアラは疑問に答える。

「前回の巫女様たちの滞在直後くらいに【モンスター】の襲撃があったらしいわ。それで多数の犠牲者が出たのだけど、最初に襲われたのがあのハルト・ヴェルナーの家族だったのよ」


 かくして、記憶をなくしたが故に、その白髪の少年と、巫女である少女とのこの日の再会は【運命の出会い】となったのだ。


第一章おわり


推奨読書用BGM つべで「ケルト」「BGM」と打ち込んで出てくる適当なフリーBGM

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