残り6時間48分
「……クソが」
恐怖に支配されかけた意識を、無理やり怒りで上書きする。震える足に、無理やり力を込めて踏ん張る。
「この…クソトカゲどもがあああああ!」
我は叫んだ。恐怖を振り払うように、殺意を剥き出しにして。
「我の!邪魔をするなぁあああああにゃん!!!」
そうだ、我は進まねばならんのだ。あの少女を、関東を、そして我が予約した悠木碧ボイス付きの目覚まし時計を救うために!
手近にあったゴルフクラブの試打コーナーから、一番重いドライバーを引っこ抜く。弓道で鍛えた集中力で、目の前のオッパイザウルスどもの眉間(らしき場所)を睨みつける。
「いい度胸だにゃん。我を怒らせたことを、骨の髄まで後悔させてやるナリ…!」
死の恐怖と、少女への義理と、剥き出しの殺意を胸に、我はドライバーを固く握りしめた。
「喰らえぇええ!我が怒りのショットをにゃあああん!」
弓道で培った狙いは、真っ直ぐに一番手前のオッパイザウルスの眉間へと向かう。しかし、ドライバーが空を切る音だけが虚しく響いた。速い!我の動体視力を以てしても、残像しか捉えきれん!
反撃は一瞬だった。身を翻したクソトカゲの鋭い爪が、我の右腕を肩から引き裂く。
「ぐあああああっ!」
激痛と衝撃に、持っていたドライバーを落としてしまう。だが、それも束の間。ジジジ…という異音と共に、引き裂かれたはずの腕が肉と皮を再生させ、元に戻っていく。
「ふ、ふふ…我が驚異の自己再生能力の前では、その程度の攻撃…!」
強がった直後、別の個体が背後から飛びかかり、背中をズタズタに切り裂いた。さらに別の個体が脚に噛みつき、また別の個体が腹を爪で抉る。再生と破壊の無限ループ。痛みはなくならない。恐怖はなくならない!
「あああああ!痛い!痛いナリ!もう嫌だ!帰る!帰ってシンフォギアのライブBDを観るにゃん!」
体は治る。だが、心は違う。じわじわと、確実に、絶望が魂を蝕んでいく。何度も何度も肉を引き裂かれる感覚に、精神が悲鳴を上げていた。数の暴力の前に、我は防戦一方で、ただ嬲られるだけのサンドバッグと化していた。
そしてついに、囲まれて逃げ場を失った我の目の前に、群れのリーダーらしき一際大きな個体が立ち塞がった。勝利を確信したその冷たい瞳が、我を嘲笑っているように見える。
(ああ…ここまで、か…)
とどめを刺さんと、リーダーが大きく口を開けた瞬間。
(ここで死んだら、あのクソ忌々しいフカにゃん先輩に、一生『なさけない』と笑われ続ける…)
憎き先輩の煽り顔が、脳裏をよぎった。
(それだけは…!それだけは絶対に、我慢ならんナリ!!!)
恐怖のどん底で、殺意と反骨心が爆発した。そうだ、我はまだ終わってない。己を奮い立たせるんだ、我!思い出せ!我が本職を!弓道部でもデュエリストでもない!我は…誇り高き家電量販店の正社員ナリ!
「舐めるなよ…クソトカゲども…」
我はニヤリと笑った。絶望の淵で、光明を見出したのだ。
「貴様らは致命的な間違いを犯したにゃん。戦う場所を、だ!ここはただの建物じゃない…我がテリトリー…武器の宝庫だにゃん!」
我は後方へ大きく跳躍し、テレビコーナーへと転がり込んだ。オッパイザウルスどもが怪訝な顔でこちらを見ている。
「お前たちに見せてやるにゃん…!家電量販店員としての、本当の戦い方というものを!」
我は床に転がっていた何本もの電源ケーブルを掴むと、手近な大型8Kテレビのポートというポートに、驚異的な速さで接続していく。そして、壁一面に陳列された全てのテレビとサウンドバーの電源を、一つのリモコンで同時にONにした。
「さあ、ショータイムだにゃん!第一楽章!『轟音と閃光のプレリュード』だッ!」
リモコンのボタンを押した瞬間、数十台のテレビ画面が一斉に最大輝度の純白の光を放ち、サウンドバーというサウンドバーが、生物が最も不快に感じる高周波ノイズを最大音量でまき散らした!
「ギィイイイイイアアアアアア!?」
光と音の暴力!目を焼かれ、鼓膜を破壊されんばかりの暴力に、オッパイザウルスどもは苦しみ悶え、同士討ちを始める。
その隙を見逃す我ではない。調理家電コーナーへと駆け込み、一つの箱を手に取る。
「そして第二楽章!『マイクロ波の葬送曲』だにゃん!」
我は最新型のオーブンレンジの箱を開けると、その心臓部であるマグネトロンを強引に引きずり出す。安全装置を指で破壊し、ケーブルを直結。即席の指向性エネルギー兵器を組み上げた。
「こいつの定格高周波出力は1000W!その威力を、貴様らの体細胞で味わうがいいナリ!」
光と音に混乱するオッパイザウルスの一体に向かって、即席兵器の狙いを定める。
「チンしてやるにゃん…!骨の髄まで、な!」
「ジジジ…」という不快な駆動音と共に、構えた即席兵器から不可視のマイクロ波が照射される。狙われたオッパイザウルスは一瞬何が起きたか分からないという顔をしたが、次の瞬間、その巨体が内側から痙攣し始めた。
「ギ、ギギ…!?」
ジュウウウウッ!という肉の焼ける音と、沸騰する水蒸気が皮膚を突き破って噴き出す。そして、断末魔の叫びを上げる間もなく、その体は内側からの圧力に耐えきれず、醜い音を立てて破裂した。
「フン、お前のレンチンは完了したナリ」
そのあまりにも悲惨な仲間の最期を見て、残りのオッパイザウルスどもの目に、初めて「恐怖」という感情が浮かんだ。本能が理解したのだ。目の前の二足歩行の生き物は、自分たちが決して敵対してはならない、格上の捕食者(あるいは災害)なのだと。
「ギィイッ!」という短い悲鳴を残し、クソトカゲどもは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、店の奥の暗闇へと消えていった。
「ケッ、雑魚どもがにゃん。我が計算され尽くした家電地獄の前では、原始的な暴力など無力だと知るがいいナリ!」
勝利の決めポーズを取る我。しかし、ポケットのスマホが振動し、我を現実に引き戻した。画面には無情なタイムリミットが表示されている。『残り6時間48分』。
「いかんいかん!こんなクソトカゲどもに無駄な時間を使ってしまったナリ!」
勝利の喜びに浸っている暇など、一秒たりともない。我はすぐさま『極冷却の冷蔵庫』へと駆け寄った。さすがは伝説の白物家電、バカみたいにデカくて重い。だが、我は誰だ?家電のプロフェッショナルだにゃん。
「ふん、商品の搬出など、いつもの業務と何ら変わらんナリ!」
我はバックヤードから商品運搬用の大型台車と荷締めベルトを手際よく見つけ出すと、てこの原理を巧みに利用し、一人で巨大な冷蔵庫を台車に乗せてみせた。そして、破壊した搬入口からトラックの荷台へと、慎重かつ迅速に運び込む。荷台にラッシングベルトでガチガチに固定するまで、わずか10分。我の完璧な仕事ぶりに、思わず自画自賛してしまうナリ。
「よし…一つ目、確保にゃん!」




