VS殺人恐竜
郊外の避難施設を飛び出した我が駆る大型トラックは、関東へと続く国道を爆走していた。眼前に現れる『この先、I-Zar散布区域につき、立ち入りを固く禁ず』などと書かれたバリケードと検問。ふざけたことを。
「我の進む道を塞ぐなクソがにゃん!」
躊躇など一瞬たりともない。アクセルを踏み抜き、けたたましい破壊音と共にバリケードを粉砕。人のいなくなった検問所を紙くずのように吹き飛ばし、我は死のエリアへと突入したナリ。
首都高速道路は不気味なほどに静まり返っていた。いつもなら渋滞しているはずの道には、乗り捨てられた車が点在するだけ。ビルの窓の明かりは全て消え、巨大な墓石群のように東京の街が沈黙している。時折、遠くから地響きと共に「キンタマキ」のものらしき咆哮が聞こえてくるが、今の我にとってはただの騒音ナリ。
「チッ…気味が悪い街だにゃん…」
スマホで時間を確認する。表示は『残り7時間24分』。忌々しいカウントダウンが我の神経を逆撫でする。
「急ぐナリ…!あのクソ忌々しいフカにゃん先輩を叩き起こすには、一刻の猶予もないにゃん!」
カーナビの画面に、あらかじめ登録しておいた関東に存在する大手家電量販店7つのリストを表示させる。
「ノジマ、コジマ、ビックカメラ、ヨドバシカメラ、ケーズデンキ、エディオン、ジョーシン…ふん、錚々たる顔ぶれナリ」
効率的なルート?そんなものは知らん。理屈で動くのは我の性に合わないにゃん。
「一番近いところから順に潰していくナリ!まずは…ここだにゃん!」
我は一番近くに表示された『ノジマ相模原店』を目的地に設定した。一般道に降りると、そこは地獄だった。道路は巨大な足跡のようなもので陥没し、橋は崩れ落ちている。迂回、迂回、また迂回。まるで街全体が、我を拒んでいるかのようだ。
「どいつもこいつも!我が道を阻むなと何度言えばわかるんだにゃん!まとめて眉間を射抜かれたいのか、ああ!?」
ハンドルを拳で殴りつけ、怒りを撒き散らしながら、我は瓦礫の山を乗り越え、執念でトラックを進ませる。そしてついに、暗闇の中に『nojima』の青い看板が姿を現した。
駐車場は空っぽで、店の入り口は固くシャッターが下ろされている。
「ふん、こんな鉄の板一枚で、この我を止められるとでも思ったかにゃん?」
我はトラックをUターンさせると、バックヤードの搬入口に狙いを定める。そして、アクセル全開でバック!
ゴォンッ!という凄まじい衝撃音と共に、シャッターはひしゃげ、壁の一部を崩壊させながらトラックの荷台が店内へとねじ込まれた。
「…さて、お宝探しの時間だにゃん」
ひしゃげた搬入口から店内へと滑り込む。鼻をつくのは、止まった空気に澱むほこりの匂い。スマホのライトを頼りに、薄暗い店内を進んでいく。目指すは白物家電コーナー。
そして、我はそれを見つけた。
数ある冷蔵庫の中で、一つだけ、明らかに異質なオーラを放つ個体があった。まるでそれ自体が内側から淡く発光しているかのような、最新型の6ドア冷蔵庫。
「見つけたナリ…。フカにゃん先輩の封印を解く七つの鍵…その一つ目、『極冷却の冷蔵庫』にゃん…!」
その神々しい(と同時に忌々しい)姿を前に、我は不敵な笑みを浮かべるのであった。残り六つ。時間は、ない。
我が『極冷却の冷蔵庫』を前に、しばし悦に入っていたその瞬間だった。
カツン…
静寂に満ちた店内に、不釣り合いな硬質な音が響いた。気のせいか?いや、違う。今度は別の方向から、カツン、カツン、と。それは複数。何かが、床を爪で引っ掻きながら、こちらへ近づいてくる音だ。
ぞわりと、首筋の産毛が逆立つ感覚。我が驚異的な自己再生能力とは別の、生物としての本能がけたたましく警鐘を鳴らしている。
「…誰だにゃん」
スマホのライトを音のする方へ向ける。商品棚が迷路のように入り組んだ、店の奥の暗闇へ。
そこに、影がいた。一つ、二つ、三つ…それはゆっくりと姿を現す。しなやかな筋肉に覆われた体躯、鉤爪のように鋭い手足、そして爬虫類特有の、感情の読めない冷たい瞳。ラプトルのような姿の、紛れもない捕食者。
「まさか…こいつら…」
脳裏にニュースの見出しが蘇る。『怪獣出現の混乱に乗じ、多摩動物公園から最も危険な生物が脱走』。
その名は――オッパイザウルス。
名前の由来は知らんし、どうでもいい。だが、こいつらが極めて凶暴で、毎年のように来場者を100人以上死に追いやっているという事実だけは知っているナリ!
「ひっ…!」
思わず、情けない声が出た。足が、ガクガクと震えて言うことを聞かない。腰が抜けそうだ。なんだこれは。ホラーゲームの強制イベントか?クソゲーがにゃん!我が驚異の自己再生能力も、食い殺されては意味がない!
死ぬ。
その二文字が、脳を支配する。ダメだ、逃げろ。冷蔵庫は後だ、まずは我が助からねば!
踵を返そうとした、その時。
脳裏に、あの少女の顔が浮かんだ。必死に親の手を握りしめ、不安そうにこちらを見ていた、あの顔が。ポケットの中で、あの日もらった飴玉の包み紙がカサリと音を立てたような気がした。




