嵐の前の静けさ
我の操るボロボロのトラックは、ガタン、と最後の衝撃を残して高架線路から地上へと降り立った。目の前には『新橋』と書かれた駅の看板が見える。なんとか、次の目的地にたどり着いたナリ。
「はぁ…はぁ…さすがに肝が冷えたにゃん…」
自衛隊の猛攻と、巨大怪獣のニアミス。立て続けのイベントに、我はぐったりとハンドルに寄りかかった。
その時、自衛隊の攻撃で壊れたと思っていたトラックのラジオが、バリバリというノイズと共に、突如息を吹き返した。
『――緊急ニュースをお伝えします。先ほど、都心部に設置された自衛隊の防衛線を、所属不明の大型トラックが強行突破しました。追跡した攻撃ヘリコプター一機が、このトラックとの交戦の末、撃墜されたとの情報が入っています。政府は、このトラックの運転手を、I-Zar散布作戦を妨害する目的で侵入した、極めて危険なテロリストと断定。付近の皆様は、絶対に近づかないでください――』
「…………は?」
ラジオから流れてきた言葉に、我は耳を疑った。
テロリスト?我がか?
「ふ、ふざけるなあああああ!こちとら身を粉にして!命を懸けて!世界を救おうと走り回ってる聖人だぞ、にゃん!」
怒りで、全身の血管が切れそうだった。あのクソ怪獣がヘリを叩き落したんだろうが!マスゴミめ、真実を報道しろ、真実を!
『当然の結果だ。我々の行動は、第三者から見ればテロ行為そのものだからな』
KTZW先輩の冷静なツッコミが、逆に我の怒りの炎に油を注ぐ。
『これで、自衛隊だけでなく、警察や、場合によっては米軍からも追われる身となったわけだ。さらに急ぐ必要があるな』
「上等だにゃん…!」
我は、怒りを新たなエネルギーに変える。
「見てろよ、全世界…!この我こそが、真の救世主だということを、必ず証明してやるナリ!」
我はトラックをケーズデンキの建物の影に隠すと、新たな決意を胸に運転席を飛び降りた。バールを固く握りしめる。
四つ目の伝説の白物家電、『無尽蔵の電気ケトル』。
もはや、我の戦う理由は、少女のためだけではない。この地に生きる全ての間違った認識を正し、我が正義を証明するため。
「待ってろよ、電気ケトル…!この我の怒りで、お前を瞬時に沸騰させてやるにゃん!」
我は、日本中から犯罪者として追われる身となりながら、四つ目の戦場へと足を踏み入れた。
「フン、テロリスト上等だにゃん。どうせなら、後で慰謝料と迷惑料を国に請求してやるナリ…!」
悪態をつきながら、我とKTZW先輩のドローンは、新橋のケーズデンキ店内へと侵入した。これまでの店舗と違い、都心型のビルに入ったこの店は、通路が狭く、どこか息が詰まるような圧迫感があった。
そして、何より奇妙なのは――店内が、あまりにも綺麗すぎることだった。
これまでの店であったような、怪獣の衝撃でなぎ倒された陳列棚もなければ、狂人たちが争った跡もない。商品は整然と棚に並び、床には塵一つ落ちていない。まるで、世界の終わりなど訪れていないかのような、不気味なほどの静寂と秩序が、この空間を支配していた。
敵の影は、どこにも見えない。
だが、おかしい。おかしいナリ。
我の本能が、生存本能が、けたたましく警告を鳴らしている。静かすぎる。綺麗すぎる。これは嵐の前の静けさだ。
「…なあ、先輩。何かおかしいにゃん」
『どうした』
「前の店はトカゲだのタコだの、狂った同族だの色々いたナリ。だが、ここは…まるで、誰も入ってこなかったかのような…あるいは、『誰も入ってこれなかった』かのような、嫌な感じがするにゃん」
ぞわり、と背筋に悪寒が走る。
『…お前の勘は正しいかもしれん』
KTZW先輩のドローンが、低い声で応じた。
『微弱だが、奇妙なエネルギー反応がフロア全体を覆っている。これは…何かの結界、あるいはトラップの類と考えるべきだな』
「トラップだと…?」
その言葉と同時に、我々は調理家電コーナーへとたどり着いた。そして、棚に並ぶ電気ケトルの中に、ひときわ異彩を放つ一台を見つける。周囲の光を吸い込むような、マットブラックのボディ。『無尽蔵の電気ケトル』だ。
我がお宝に手を伸ばした、まさにその瞬間だった。
ガッシャアアアアアン!!!
店の入り口、窓、全ての開口部が、一斉に分厚い防犯シャッターで覆われた!完全に、我々は閉じ込められたのだ。
そして、店内の非常灯だけが不気味な赤い光を放ち、我々が立っている場所以外、全てが深い闇に沈んでいく。




