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美味すぎる米

 我々は、静かになった海底都市を抜け、目的の厨房へと足を踏み入れた。ステンレスの調理台、巨大な業務用冷蔵庫…そこは、終末が訪れる前の日常がそのまま真空パックされたような空間だった。


 そして、我々はそれを見つけた。

 厨房の奥、食材倉庫の棚に、誇らしげに積まれた米俵。その一つには『魚沼産コシヒカリ 特A』という、我のような安月給のサラリーマンには眩しすぎる金色のラベルが貼られていた。


「あったナリ!これぞ、あのクソ生意気な炊飯器に相応しい、最高の生贄だにゃん!」


 我は米俵の一つを軽々と肩に担ぎ上げた。

『よし、急いで4階に戻るぞ。もう時間がない』


 スマホを確認する。残り時間は『3時間12分』。もはや一刻の猶予もなかった。


 我々は再び階段を駆け下り、狂気のオタクたちが静かになった(大半が自分のグッズを抱きしめて気絶している)4階フロアへと帰還した。

 そして、赤熱する『超高熱の炊飯器』の前に、担いできた米俵を置く。


「さあ、お食事の時間だにゃん、炊飯器!この最高級の米を、有り余るその熱で炊き上げてみせろナリ!」


 我は米俵から米を掬い、近くにあったボウルで手早く研ぐ。そして、炊飯器の釜に米と、近くのウォーターサーバーから拝借したミネラルウォーターを注ぎ入れた。


『準備はいいか、前川』

「いつでもいいナリ!」


 我は、800度の熱を放つ炊飯器の蓋に、意を決して手を伸ばした。KTZW先輩のドローンが、冷却ガスのようなものを噴射して、我の手を熱から守ってくれる。


 そして、我は炊飯器の「炊飯」ボタンを、力強く押し込んだ。

 カチリ、という小さな音と共に、炊飯器の液晶画面に光が灯った。そして、これまで以上に凄まじい熱と蒸気を放ちながら、その本来の役目を果たし始めたのだった。



 ゴオオオオオオオオオッ!



 炊飯ボタンが押された瞬間、『超高熱の炊飯器』は咆哮を上げた。その黒いボディは赤熱から、目を焼くほどの純白の輝きへと変わり、まるで小型の太陽がフロアに出現したかのようだった。尋常ならざる蒸気が吹き出し、天井を叩く。だが、その蒸気は奇妙なことに、極上の米が炊ける、甘く香ばしい匂いに満ちていた。


 液晶のタイマーは、意味不明な速度で数字を回転させ、わずか1分ほどでその凄まじい炊飯プロセスを完了させた。


 そして――。


 ピピーッ!ピピーッ!


 輝きと轟音が嘘のように消え、フロアに響いたのは、炊き上がりを告げる軽やかな電子音だけだった。見ると、あれほど赤熱していた炊飯器は、その熱を完全に収め、ただの高級な黒い炊飯器として静かに鎮座している。


「…終わった、のかにゃん?」

『…そのようだな。熱反応、正常値まで低下』


 我はゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る炊飯器の蓋を開けた。

 その瞬間、凝縮された米の香りが、暴力的なまでに我々の鼻腔を支配した。


 釜の中にあったのは、芸術だった。

 一粒一粒が真珠のように輝き、力強く立ち上がっている。これぞ、日本人が追い求め続けた究極の「銀シャリ」。


「こ、これが…伝説の炊飯器が炊いた、本気の米…」


 我は使命も時間も忘れ、近くにあったしゃもじを手に取り、炊き立ての米を一口、口へと運んだ。


「―――ッッ!!う、うまい…!うますぎるナリィイイイイ!!」


 なんだこれは!口に入れた瞬間、米の芳醇な甘みが爆発する!噛めば噛むほどに旨味があふれ出し、一粒一粒が完璧な食感で自己を主張してくる!あまりの美味さに、我の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。


『前川、感動している場合か。本体の温度が正常化した。すぐに運ぶぞ』

「むぐっ…むぐ…わかってるナリ!」


 我は口いっぱいに米を頬張りながら、頷いた。不思議なことに、この米を食べると、消耗した体力が全回復し、力がみなぎってくるのを感じる。自己再生能力も、普段より活性化しているようだ。


 我は空になった釜を炊飯器に戻すと、今や何の抵抗も示さない本体を軽々と持ち上げた。そして、オタクたちのいびきだけが響くフロアを抜け、トラックへと戻る。


 冷蔵庫、洗濯機、そして炊飯器。荷台に三つの伝説が揃った。

 運転席に乗り込むと、KTZW先輩のドローンが次の指令を告げる。


『次の目標は、ケーズデンキ新橋店。そこに眠るのは四つ目の鍵、『無尽蔵の電気ケトル』だ』

 スマホのタイマーは、残り『2時間49分』を示している。


 我は、おにぎりにしておけばよかったと少し後悔しながら、アクセルを踏み込んだ。廃墟と化した秋葉原を背に、我は強く誓う。


「待ってろよ、アキバ…!この我があのクソ怪獣を倒したら、真っ先に最高のPCパーツを買いに来てやるからな!」


 聖地への再訪を胸に、トラックは次なる戦場、新橋へと向かうのであった。

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