7-1
「なんか色々とバタバタしてたみたいだけど大丈夫だったのか?」
「一旦は解決したはず、たぶん」
上野恩賜公園での出来事から約一週間。俺は中野の居酒屋で颯太と酒を飲んでいた。
今日は金曜日、華金の店内は相変わらず大盛況。あんなことがあったというのに、なんだかんだ言って、俺の周囲は平和そのものだった。
「なんだ歯切れ悪いな。今回のは長引きそうな感じなのか?」
「そうだなー」
ただ、この平和が恒久的なものかと言ったらそうでもない。
あの後、サリィの殺害を企てた四人の獣人は、久さん経由で隔離施設に送られることになった。……彼らをこちらの法で裁くことができない。
かといって、強制送還する手立ても見つかっていない。ひとまずは人道的な観点から生活を保障しつつも、シャバに出ることは禁止する。そんなところで落ち着いた。
だけど、あの四人を無力化したところで、サリィが王族の生き残りであることは変わらない。これからもサリィを狙って刺客がやってくることも充分考えられる。
「まぁ、なんとかなるだろ。太客が見つかったから、事務所もしばらくは安泰だし」
タイガにはきちんと約束の品を手渡した。無事に依頼達成。店舗限定のイラスト色紙を手に入れたタイガはご満悦そうだった。
後から分かったのだが、タイガと俺はタメ年らしい。それもあって、今では呼び捨てで呼び合う仲だし、『集い』で一緒に酒を飲んだりもした。
ま、それは置いといて。驚いたのは依頼達成時に入った金額だった。久さんが関係するNPO法人から、決して安くない額が振り込まれていたのだ。
労力を考えたら破格すぎる報酬額だった。このお金は本当にクリーンなものなのかと少し頭を抱えたが、そこは久さんを信じることにする。
「お、それはよかったな。ちょうど三週間か、治から経営がやばいって話を聞いて」
「あれからもう三週間か、早いな。……これじゃあ、あっという間に三十歳。童貞の颯太が魔法使いになるのも先の話じゃないかもな」
それはつまり、サリィと出会ってから三週間経ったことを意味する。
長いような短いような不思議な感覚だ。それぐらい、サリィという存在は俺にとって当たり前以上のものになっている。
なんて感傷に浸っているのを悟られたくないので、いつものように颯太を揶揄う。
「本当にうるせーな、お前は! そんなに心配してるなら合コン組んでくれよ!」
「合コンねー」
いつもなら大歓迎、ギャル呼ぼうぜってところなんだが、どうも気乗りしない。
今はフリーだし、別に気兼ねすることなんてないんだけどな。
「……治、すげー変わったよな。今の彼女にそんだけゾッコンなのか」
颯太は心底と不思議そうな顔をしてそんなことを宣う。
「彼女じゃないって。つか、そんなに変わったか?」
「絶対に変わったって! そもそも合コンという単語を聞いて、そんなに冷静でいられるような人間ではなかっただろ、治は」
「どういう人間だと思われてんだ、俺は」
いや、そりゃ人並み以上に合コンには参加したけどさ。大学時代なんて、もはや合コンしかしてなかった、と言っても過言じゃないけどさ、うん。
「それだけじゃなく、タバコはどうした、タバコは。今日一本も吸ってないじゃんか」
「あー禁煙中というか。最初の一週間は超キツかったけど、今はそんな吸いたいって気持ちもないんだよな、不思議と」
「ついこの間まで『タバコないと死ぬ』って言っていた男がねぇ?」
颯太はニヤニヤとこちらを見てくる。本当に鬱陶しい。
だって仕方がないだろ。タバコの臭いを極端に嫌う奴がいるんだから。
「むしろタバコを吸ってる方が早死にするだろ」
「んなの、分かってるわ! こっちを非常識扱いすんのやめろ!」
「今日も颯太のツッコミは冴え渡ってる」
手元のジョッキを傾けて、ハイボールをぐっと流し込む。
その時にチラリと腕時計の時間を確認する。時計はディスカウントストアで三千円くらいの安物に変えました。三百万の時計はお釈迦です。
「……なんだ、この後予定でもあるのか?」
「いや、別にないけど」
「じゃあなんで時計なんて気にして……ははーん?」
またしても颯太がニヤニヤ顔をする。いい加減に殴りたい。本当に目敏いやつだ。
「なんだよ」
「ま、そうだな。今日は解散にしますか」
「何もないって別に」
そんな気を遣われるようなことでもない。
そもそも、どうしてこの俺があいつのご機嫌を伺わなければならんのだ。
「じゃあ二軒目いくか?」
「……………」
いや、ね。別にビビってるわけではないんだけどな?
あんまり遅くなってあいつが不機嫌になると……ほらさ、色々面倒いじゃん?
「ウソウソ。お前が入れ込む娘なんて基本レアだろ。前回の彼女と別れて、しばらくは無理かと思ったけどさ。とにかく大事にしてやりなよ、その彼女」
「だから彼女じゃないっての」
俺とサリィはなんていうか――うまく言葉にできないけどさ。
「な、俺にも今度紹介してくれよな。治を変えたのが、どんな娘なのか気になるし」
「……颯太が彼女を紹介してくれたら考えるわ」
「ちくしょう! 今年中には絶対に彼女作ってやるよ!」
あと二ヶ月くらいしかないけどな、今年。
いつものようにバカ話をして、颯太との飲み会は解散という運びになった。
今日は歩きたい気分だった。
中野から東中野まで歩いて帰ることにする。
深い意図はない。決して深い意図はないのだが、俺はとある場所に向かっていた。
今日で三週間だから、とか関係ない。本当になんとなくだから。
住宅街の細い路地を歩き続けて目的の場所に到着する。
「何でいるんだよ……」
マジで意図はないんだけど、俺はサリィと出会った小さな公園にたどり着いた。
感傷に浸ろうとかそういうんじゃないからな!
いや、それはいいんだ。
問題は入り口のベンチに見知った美少女が鎮座していることだった。
「べ、別に治を待ってたわけじゃないから!」
指摘すると、美少女は言い訳にならない言い訳をする。
「そっか。じゃあ俺は先に帰るわ」
「待ちなさいよ! こんな寒い中に女の子を放置していく気なの!?」
「いやだって、俺を待ってたわけじゃないんだろ?」
美少女……というか、サリィが素直じゃないので意地悪をする。
「――――治ならここに来るんじゃないかなって思ったから」
「バカ。風邪でも引いたらどうするんだよ」
ようやく観念したのか、サリィは包み隠さず質問に答えた。
まさか、サリィも同じようなことを考えていたとはな。以心伝心というのか、似たもの同士というのか……。
俺がここに来なかったらどうするつもりだったのか。
「じゃあ、風邪引かないように治があっためてよっ!」
「仕方ねーなー、ほら手を出せ、手を」
差し出されたサリィの手を握る。……結構冷たい。どんだけ外で待っていたんだが。
忠犬ハチ公ならいざ知らず、こいつは猫なんじゃないのか。
「あったかい……」
「…………………………そうか」
嬉しそうに微笑むサリィを見て気が付いた。
俺とサリィの関係性。さっきは分からなかったけど、今なら言葉にすることができる。
家族だ。
彼女なんて言葉だと軽すぎる。だから、俺は頑なに否定していたんだ。
もしかしたら、これは依存関係なのかもしれない。俺たちは互いに家族がいないから、それで互いを求めてしまっている可能性もある。
それだけじゃない。俺とサリィが出会ったのはただの偶然だし、最初に出会ったのが俺でなくとも、慣れない世界で心細くなっていたサリィは別のやつに心を開いていたのかもしれない。俺たちは互いに熱に浮かされているだけなのかもしれない。
だけど、それでも構わない。
仮にそうだとしても、サリィは俺にとって大切な家族になってしまったのだから。
「――――な、サリィ」
「なに、治?」
「いや、やっぱいいわ」
「何なのそれ!」
約束、したからな。何度も言葉にする必要はない。
言うまでもないことを繰り返すのは好きではないから。そして、男に二言はないから。
「まだちょっと寒いだろ。ホットココアでも買って帰ろうぜ」
「うんっ!」
この先、サリィを狙った刺客がやって来るかもしれない。
危険な目に遭うことだってあるだろう。
それでも俺はサリィと生きていく、これからも一緒に。そう決めたのだ。
俺たちは、もう二度と家族を失いたくないから。
「――――ね、治」
「なんだよ、サリィ?」
「ううん、なんでもないよー!」
「何だよそれ」
意趣返しのつもりか、サリィはいたずらっ子のような顔で笑う。
「だって、言わなくても分かるでしょ?」
「……だな」
繋いでいた手に力が込められる。だから、俺も強く握り返した。
そして、どちらからともなく歩き出す。
別々の世界で生まれた二人が肩を並べて歩く。同じ道を、手を繋ぎ合って。
完




