3-2
「――――ってことでサリィ、よろしく頼む!」
アルケミーで食事をした翌日。
俺はサリィに深々と頭を下げて『とある』お願いをする。
「昨日はあんな自信満々だったのに結局は人頼みって……」
「いや、違う。言うなれば、これは『猫の手も借りたい作戦』だ」
呆れた表情をするサリィに、これが歴とした作戦であることを伝える。
「日本人なのに間違った日本語使わないでよね。治のは、猫の手『も』借りたいじゃなくて、むしろ猫の手『が』借りたいって感じじゃない」
くそ、うまいこと言いやがって。
「おはよーございます! あれ、お取り込み中ですかー?」
渡している合鍵を使って、女装男子・一希が事務所の中に入ってきた。
「あ、一希ちゃん」
「やっほー、サリィちゃん! あ、それと治さん。好きです!」
「お、よくぞ来てくれた。一希」
「ボクの告白はスルーですか……」
しょんぼりと肩を落とす一希。
いやね、もう何百回も聞いてるからさ。一回一回いちいち反応してやれないのよ。
「それで、どうして一希ちゃんが?」
「治さんにお前の体が必要だ、って呼び出されて!」
「なっ! ど、どういうことよ! 治!」
「あぁ、そうだな。具体的には手足、目と耳を提供してもらえると助かる。一応、バイト代も出すからさ。猫探しの助っ人」
勘違いさせるような一希の発言を的確に訂正する。
サリィの嫉妬にわざわざ付き合っているほど暇じゃない。そういうのはラブコメ主人公に任せておけばいいのだ。
「少しくらいあたふたしてくださいよー。クールすぎますってー。ま、そういうところが好きなんですけどねっ!」
「分かる、俺もこういう自分が好きだ。ってことでサリィ、役者は揃ったぞ。お前の力を発揮するのは今しかない」
「……結局、その話に戻るわけね」
なぜ、萌葉さんからもらった話を受けることにしたのか。それは偏に、サリィの獣人としての能力に期待したためだ。
最初に出会った日にも言っていたからな。「獣人は嗅覚が鋭いの!」ってさ。だから、俺もタバコを控えようかな、と悩み始めているわけで。
そんなサリィの能力があれば、匂いか何かで行方不明の猫を探せるんじゃないか、と思い至ったのだ。ぶっちゃけ、サリィも猫みたいなもんでしょ。
蛇の道は蛇……いや、猫の道は猫ってとこか。
「サリィ、頼む。お前の力が必要なんだ」
「まぁ、仕方ないわね」
「そんなこと言うなって、成功したらなんか美味いもん食わせてやるから」
「だから、別に問題ないって!」
「え、マジか」
これは駄目な流れだと思ってから、すんなりOKで驚いている。
結局は人頼みなのね、なんて呆れ返っていたのに。
「居候の身として、ちょっとは貢献しないとでしょ。それと、食べ物で私のことが釣れるって安直な考えは捨てなさい!」
だって食い意地すごいじゃん、お前……とは口には出さない。
ここでサリィの機嫌を損ねるわけにもいかない。
「大変助かります。というか、そもそも猫の匂いを辿るのは可能なのか?」
「可能ね。あと、猫自身ともイエス・ノーくらいの会話だったらできるわよ」
「なにそれ最強かよ」
サリィがいれば猫探しのプロフェッショナルになれるんじゃね。
『野老澤探偵事務所』から『猫探しのプロ・ところざわ』に改名しようかしら。
「そう言うことだから、まずはそうね……。飼い主さんに、猫が使っていた毛布とかの匂いを提供してもらえると助かるわね」
「サリィちゃん、すごい! あれ、治さんもボクも必要ないんじゃ……?」
「一希、それを言うな。俺たちは捕獲に尽力すればいいんだ」
仕切りまでもサリィがやり始める。
やばい、このままじゃ『猫探しのプロ・サリィ』になってしまう。この事務所の主としての威厳を少しでも保たなければ。
「捕獲に関しても、素人の二人より私の方が向いてると思うわよ」
「……これが、いわゆるボトムアップってやつだ。一希」
う、うちは小さな会社だしな! トップダウン(経営陣が意思決定をする)だけでなく、ボトムアップ(現場の意見を経営に反映する)的な発想も必要だ!
そうだ、そういうことにしよう!
優秀な経営者は、権限移譲を積極的に行うとか言うからな!
「今の治さん、ちょっとカッコ悪い……」
「分かる、俺もそう思う……」
若干、自分の存在意義について悩んでしまった。
迷い猫の飼い主である美穂さんとのアポは昨日の時点で取れていた。
萌葉さんと同い年のOL。萌葉さんとは中学時代からの付き合いで、元ヤンである萌葉さんとは真逆で堅実な人生を歩み、今は名の知れた企業で企画職をしているとか。
現在は中目黒の賃貸マンションで一人暮らし。
独り身の寂しい毎日から逃れるために、愛猫である虎丸くん(♂)を飼い出したという。生き物を飼い出すと婚期がさらに遅れる、なんて聞くが大丈夫だろうか。
ちなみに、美穂さんはめちゃくちゃ巨乳である。顔も可愛い系より美人系。とても俺好みの女性です。年上OLとの恋愛、ありだな。
「なるほど。水曜日の出社時に玄関を開けたら、そのまま逃げてしまったと」
「はい……。本当は有給を取ってでも探したかったのですが、今は大きなプロジェクトを任されていて仕事を休むわけにもいかず……」
美穂さんは伏し目がちで、涙声ながらに状況を話してくれた。つまり、行方不明になってから五日が経過してしまっているわけだ。
近所の人にはすでに、チラシやPOPで迷い猫を探している旨を伝えているそうだが、今日になっても目ぼしい情報は入ってきていないとのこと。
いよいよ猫探しの専門家に依頼をしようとしたところで、萌葉さんの紹介により野老澤探偵事務所が一枚噛むことになった次第である。
「安心してください。我々、野老澤探偵事務所にご依頼いただけた時点で大丈夫です。必ずや、虎丸くんを見つけ出します!」
『…………』
背後にいるサリィと一希から「お前何もしないのに偉そうだな」という視線を感じる。
うるさいっ! やっぱり、女性の前ではカッコいい自分を演じたいじゃん!
「ほんとですか!? そう言ってもらえると心強いです!」
「それで依頼が達成した暁には、よかったら一緒にご飯でも――いたたっ!」
両脇をサリィと一希につねられる。それだけではなく、「それ以上言ったら、私もう協力しないからね」とサリィが耳打ちしてきた。これぞまさしく脅迫である。
「どうかしましたか……?」
「い、いえ! それでは具体的な話をしましょう」
サリィの脅しに屈して、美穂さんとのロマンスを諦めることした。
成功報酬や契約内容、猫の写真や使っていた物品の提供、そういった細かい話を詰めていく。おおよそ三〇分くらいして話がまとまった。
「それでは早速、虎丸くんの捜索に移りたいと思います」
「はい、ウチの虎丸をお願い致します……!」
必要な情報提供を受け、俺たちは美穂さんの部屋を後にした。
「とほほ……美穂さんとの蜜月が……」
「こんな可愛い二人を侍らせておいて、なに贅沢なこと言ってるんですかー」
「えーだって、お前らどっちも胸ない――グキャボラっ!?」
一希の世迷言にツッコもうとしたら、サリィの当て身が鳩尾に突き刺さっていた。倒れてうずくまる俺を、二人はゴミを見るような目で見下ろしてくる。
「治、よく聞こえなかった。もう一回言って?」
やばい、殺されるっ!
「あ、あはは! ふ、二人とも可愛くて参っちゃうなー。あははははははは!」
「ふふふ、ほーんと、治は素直じゃないんだからー」
「ははは、治さんはあれですね、ツンデレさんだよねー」
言いたい放題言いやがって……でも、怖いので言い返しません。
この二人、表面上は笑っているように見えても目が全然笑ってない。
「さ、さて! 虎丸くんの捜索だが、どうするかね!?」
話を戻さないと、いつまでも俺の立場がない。なので無理やり軌道修正する。
「虎丸くんはこの建物の中にいると思うわ」
「その心は?」
サリィが自信満々に言うので、その真意を問いただす。
「理由は二つあるわ。一つ目は、ずっと室内で飼育されていた猫がいきなり遠くに行くことは考えづらいということ。慣れない環境に警戒するってのあるけど、猫って縄張り意識がかなり強いのよ」
「へーそうなのか。だから、お前は俺のベッドを占拠して手放さないのか」
「別に私は猫じゃないから! それは単純にフカフカなベッドで寝たいだけ!」
だろうね。ベッドと比べて、マットレスは結構硬いです。
ソファーほどではないけど、疲れが取れた感じがしない。
「治さん治さん! ボクと同衾でOKなら、ボクんちのベッドが空いてますよ?」
「検討に値するな」
「な、なに言ってんのよ! そんなの絶対にダメに決まってるでしょ!」
サリィがプンスカと怒っている。
はい、今回はわざと嫉妬心を煽りました。これくらいの反応をしてもらわないと、ベッドを占拠されているのが割に合わん。
「ま、それは冗談として。虎丸くんがこの建物の中にいる根拠の二つ目は?」
一希は「えーボクは冗談じゃないですよー」と不貞腐れているがスルーする。
「二つ目は、建物に入った段階でオス猫特有のマーキングの臭いがしたの。そして、虎丸くんの毛布を借りてきたけど匂いが完全に一致。おそらく、昼間は建物の隙間とかに身を潜めているんじゃないかしら」
「……探偵の治さんより、サリィちゃんの方が探偵っぽいですね」
「やめろ、それを言うな」
サリィの完璧な推理を前にして薄々と感じてしまっていたことを、無情にも一希が指摘してしまう。
「いえ、これは私の能力もあっての推察だし……。それに、治には治の良いところがあるわ。きっと無事に猫を保護できたら、美味しいご飯を食べさせてくれるはず」
「ははは……今日も外食にしようかなー。なんかそんな気分だなー」
サリィがパパ活女子みたいなことを言い出した。
けど、ここまで成果を出されてしまったら文句も言えません。パパ活女子よ、これが成果に対する正当な対価だぞ!
というか、何だかんだ食べ物で釣れるじゃないですか、サリィさん。
「やった! ってことで、マーキングの臭いが強い箇所を捜索しましょ!」
サリィの後に続く形で猫の潜伏していそうな場所を捜索する。自動販売機や室外機の下、建物の隙間、側溝や排水溝などを隈なく。
「二人ともストップ」
一時間くらい探し回ったところで、サリィから静止を求められた。
目の前にはマンション敷地内の青々とした植木がある。
「どうした、サリィ」
「ほら、あそこ」
サリィが指差す方向を見ると、何やら茶色い塊がある。
さらに目を凝らしてみると、美穂さんから写真で見せてもらった猫、つまりは虎丸くんであることを確認できた。
「あれって写真の子だよね……?」
一希も虎丸くんを視認できたようだった。
「だな。けど、どうするか。素手じゃ絶対無理だよな?」
俺たちが虎丸くんに気が付いたように、虎丸くんもこちらに気が付いている。虎丸くんは、こちらを警戒するようにじっと様子を伺っていた。本来ならば捕獲用の罠などを使って捕まえるんだろうけど、今回はそういった類の道具を用意していない。
「任せて」
サリィは膝を曲げて屈むと、少しずつ虎丸くんへとにじり寄っていく。対する虎丸くんは、非常に警戒していて今にも逃げ出してしまいそうな雰囲気だった。
「にゃー」
「……は?」
どこからか猫の鳴き声がする。いや、『どこからか』ってのもおかしいか。
確実に目の前のサリィから発せられた。
「にゃーにゃー」
サリィは引き続き、猫マネ声を出し続ける。
「きゃわわわ! サリィちゃんめっちゃ可愛いですよ、治さん!」
「いや、どうなんだあれ……」
一希はだいぶ興奮気味だった。
俺も不本意ながら、可愛いと思ってしまったが決して口には出さない。これが俗に言う『萌え』って感覚なのか。
しかし、そもそもあれはどういった意味がある行為なんだ?
「にゃーにゃー」
「――ニャー」
なんと、サリィの猫マネ声に虎丸くんが応じた。
猫と会話ができるとか言っていたけど、こういうことだったのか。
「にゃにゃにゃ?」
「ニャー」
それからもう一言二言(?)交わしたところで、虎丸くんが茂みからゆっくりと出てきて、サリィの腕の中にすっぽりと収まった。
「はい、任務完了」
「いや、腑に落ちないのだが……。サリィは何を喋ってたんだ?」
「単純な話よ。『お腹減ったでしょ。美穂さんのとこに帰りましょ』って提案しただけ」
こっちには「にゃー」の応酬にしか聞こえなかったが、裏ではそんな風に虎丸くんを説得していたらしい。
「やったね、サリィちゃん! お手柄だよ!」
「ありがとうね。一希ちゃん」
本当に全部サリィの力で解決してしまったな。
一希ほど手放しに喜べない小さな自分がいたけど、そんな心境下でも精一杯の労いの言葉をサリィに伝えたいと思う。
「お疲れさん。正直、かなり助かった。じゃあ、そうだな。美穂さんに虎丸くんを引き渡したら、このあと三人で飯行くか」
『やったー!!』
それから事務的な対応を粛々と進める。美穂さんに虎丸くんを引き渡す。
感動と興奮のあまり、熱烈な抱擁を求めてきた美穂さんを静止して(背後の二人が怖かった)、達成報酬の請求と振り込みについて説明。
動物病院に虎丸くんを連れていくという美穂さんを見送り、俺たち三人も電車に乗って中野へと凱旋することにした。
仕事を斡旋してもらった手前、萌葉さんにも結果を報告しておく。返ってきたメッセージは「美穂に手を出したらボコすから」だった。
どんだけ信用無いんだ。いや、実際に手を出しかけたけど。
まぁ、何はともあれだ。こうして依頼は無事に達成されたのだった。




