悪魔の神
「私達悪魔族は、純粋な邪の心が生み出した惨劇から生まれた異質な生き物…呪いの血を持つ人間なのです」
アグリさんから一言で言われた重みのある言葉の数々…
純粋な邪の心が…異質な生き物…呪いの血を持つ…人間。
一気にとんでもない言葉が連続してよく分からない。
「私達悪魔族は人間に昇華したい。そのために現世の人間と共存を成したい」
「それが人間との子作りって訳…か」
「そうだ、理解が早くて助かるな」
僕も難しい言葉を理解した後、ヘカテーさんの言葉を高速で理解した。
そして整理できた。
悪魔族は純粋な邪の心を持つ人間が持つ血から生まれたのが悪魔族なのだろう。
純粋な邪の心を持つ人間…つまり、善とかそう言う感情が存在しない。
…というか、ヘカテーさんが僕に対して子作りを強制してくる辺りで察していたのかもしれない。
アグリさんが急に脱ぎだして僕に迫ってきたところで、勘付いてはいたのかもしれない。
彼女達は恐らく、自身の性欲を自制しづらいのだろう。
人間、誰しも性欲は持つものだがそれでも恥じらいというものは存在する。
例えば、肌を曝け出す服はあまり着ないとか、気になる子には欲丸出しで関わるのではなくさりげなく誘うとか、隠語を使うとか。だが彼女達は結構オープンだ。服は曝け出しているし…迫り方も凄い。おまけに…簡単に精子だの受精だの言い出す。普通、そんな言葉はオープンにして使う物ではない。
だがそれもまた、純粋な邪の心の現れなのだろう。
「…一応聞きますが、純粋な邪の心が生み出した惨劇とは?」
「悪魔神の行いだ」
「悪魔神?」
悪魔神、つまり悪魔族の神という事だろうか。
人間には人間神みたいな、神と呼べる存在はいない。
宗教みたいなのは存在するが、人間の神は存在しない。
まぁ…人間よりも上を自称する種族の人間なら存在するんだが………
「悪魔神ドッゴ・ゼトラ、聞いた事があるか?」
「…いや、知らないですね」
「真の名は――」
「ヘカテー様、それは禁忌の名ですよ」
「…む、失礼した」
「禁忌の名?」
アグリさんはヘカテーさんが言いかけた言葉を途中で止めるかのように間に入る。
禁忌の名とは…一体どういう事なんだろうか。
「…本題に戻る。突如生まれた純粋な邪な心を持つ人間が…急に世界を征服しようとしたのだ。純粋な邪な心は、良心など存在しない。邪な心からの行いは、人間から異形な身体に変化していったのだ」
「………異形な…身体…?」
「まだピンと来ていなさそうですね、アルシエル様」
「…誠に無知ながら」
「うふふ、大丈夫ですよ。原初の時代だなんて、そんな大層な話をされましてもピンと来ないのは当然です」
アグリさんの微笑ましい笑顔。彼女はずっとこんな感じだ。
…薄々察してはいるが。
「悪魔族は元人間というお話は致しましたよね?」
「…えぇ、まぁ」
「今、邪な心からの行いで、人間から異形な身体に変化したとヘカテー様がお話致しましたよね?」
「…はい」
「異形な身体こそが…悪魔神の始まりなのです」
「………!」
そうか、そういう事か…!
悪魔神とは…元は人間で、純粋な邪な心を持つ人間から生まれた存在。
そして、その人間が異形な身体になったのが、悪魔神ドッゴ・ゼトラという存在。
「もしや、その悪魔神から派生して生まれた種族が………」
「今の私達、悪魔族という訳です」
「………!」
ヘカテーさんはさっき言ってた。「人間にとって悪魔族は悪だと思っているかもしれないがそれは違う。悪魔族は…元は人間なのだから」と。
その言葉の意味がようやく理解できた。
悪魔族は純粋な邪な心…純粋な悪から生まれた悲しき…呪いの血を持つ人間。
だから種族が違うはずの僕達人間の言葉が通じる。
だが、悪魔神の…その元となった人間がどうして純粋な邪な心を持って生まれたかは分からない。
「………どうしてドッゴ・ゼトラという存在は…純粋な邪な心を持って生まれたのですか?」
「それは…私達にも分からないのです」
「…分からない?」
「原初の時代の話だから歴史がない…とか、そう言う意味ではありません。ですが…人間色々な人がいる。その中でたまたま…純粋な邪な心を持ってして生まれた人間がいた…それが起こした惨劇が…今も悪魔族として続いているというのが私達契約の悪魔の一族が持っている結論です」
「…そう…ですか………」
少し申し訳なさそうな顔をするアグリさん。
…その顔も凛々しいが、そんな事を言える雰囲気では当然ない。
「………辛い事を話させてしまい、ごめんなさい」
「いいえ、でもこれはいつしか人間さんに公開しなきゃいけない内容ですから」
「そんな内容を、人間である僕に話すとは」
「あら、アルシエル様はもう悪魔族の仲間入りですよ。うふふ」
「…そうでしたね」
そうだ、僕はヘカテーさんの血を飲んで悪魔族に堕ち…いや、この話を聞いた後に堕ちたというのは失礼だ。
…まさしく堕ちたのは本当だが、良い言い方ではない。僕は悪魔族に…成ったのだ。
「それに、アルシエル様が一番最初ですよ?」
「…え?」
「アルシエル様の初めてを、私達で奪いましたの。うふふ」
「あ…あはは…はは…」
言い方ヤバくない?「アルシエル様の初めてを、私達で奪いましたの」って。
意地でも性欲に繋げてくる…やっぱりこの人達…本当に純粋な邪な心を原初として持つ種族なんだな…
…ただ。
「…ただ、少なくとも僕が悪魔族に対して抱いていた認識は変わりました」
「あら、信じて下さるのですか?」
「信じるも何も、これを嘘で話すくらいなら僕はまずここにいない。僕に真実を話すために、ここにあなた達は連れてきてくれたんでしょう」
「あらあら、うふふ」
うふふと笑っているが…アグリさんは嬉しそうな、そして何処か感動しているかのような顔をしていた。
ヘカテーさんは腕を組んで悪魔の翼を広げていた。
「ふん、それは違う。私は貴様を生き返らせた、そして人間から悪魔に堕とさせてしまった。私がやってしまった事だ。だがそれは私が勝手にやった事だ、だから勝手に話すだけだ」
「勝手にやった事で、弟の願いを叶えてくれたことに感謝します」
「………」
ヘカテーさんが目を逸らす。
そして、軽く翼を上下に動かす………
…どういう動き、感情なんだろう。
「…ヘカテーさん?」
「…なんだ?」
こっちを向いてくれないヘカテーさん。
………話題を戻そう。
「僕達人間と、あなた達悪魔族との間に子を作る事…それをあなた達は共存と言うのですね」
「あぁ、そうだ」
「そしてそれは僕で果たされるかもしれないと」
再びこっちを向いてくれるヘカテーさん。
さっきヘカテーさんが言ってた子作りの話…僕とヘカテーさんとの間に子どもができれば、共存は成される。
そうすれば、悪魔神が原初の時代に作り出した呪いから悪魔族も少し解放されるかもしれない。
それに僕は乗り気だ。…いや、これは性欲を満たせるからとかじゃない。ヘカテーさんが、僕の命を救ってくれたからだ。
ヘカテーさんが僕を救ってくれたから、今度は僕がヘカテーさんを救う番だ。
ヘカテーさん達悪魔族の…使命を僕が、僕達が果たして救うんだ。
「それは無理だ」
「…は?」
僕の乗り気は一言で破壊される。
「貴様はもう、純粋な悪魔族に堕天した」
そう言うと、ヘカテーさんは再び目を逸らす。
そして、少し悲しそうな声で話す。
「――もう貴様と私の間には…人間と悪魔の共存を成せない」




