悪魔化した理由
推測にはなるが、どうやら僕は数日程の記憶が失われているみたいだった。
額から角が生え、背中には翼が生え、お尻には尻尾が生えている。
これは間違いなく人間ではない、これは悪魔の特徴だろう。
………だが、まだ信じられない自分がいる。
「………悪魔。」
…一応、再確認。
額に触れる。角がある。
お尻に触れる。尻尾がある。
背中に意識を向けて見る。翼がある。
………うん、間違いなく人間と違う。
数日程の間に、僕はどういう訳か人間から悪魔になっていた。
目が覚めたら、僕アルシエルは悪魔に堕天していたのだ………。
「ヘカテーさん…あなたが僕を悪魔に変えたのですか…?」
「あぁ、そうだ。」
「どうして………!?」
甚だ疑問だった。
ヘカテーさんが僕を悪魔にするという事は…僕を人間として殺すのと同じ事。
人間として殺し、悪魔という同族に僕を引き込んだのか…?
悪魔とは、そこまでに残虐な生き物なのか………?
悪魔族について知識がない訳ではないが、ここまでとは…。
そして僕の問いに対し、ヘカテーさんは更に疑問の残る返答をする。
「貴様の弟の頼みだ。」
「弟の頼み…だと………?」
「あぁ、あの臆病者の。」
「っ………!」
弟…そうだ弟。僕にはソレイユと言う弟がいる。
僕は確か、ここに来るまでは弟と一緒にいたはずだ。
いつものように魔力の修行をして、来るべき時に備える…
一族の誇りを持って、強くなろうとしていた僕達………
そんな弟が…僕を悪魔に……?
「ふざけるな………!弟がそんな事を望む訳がない…!」
「ほう?」
「それに、弟は臆病者なんかじゃない。ソレイユは、世界でたった一人の大切な、そして勇敢な弟だ。僕を助けようと戦おうとした。戦おうと………」
…戦おうと?
今、僕は戦おうと、と言った。
…何と戦おうとしたんだ………?
それとも何かと戦って…いたのか…?
「アルシエル様、お気を確かに。ヘカテー様も、あまり相手を挑発してはいけません…」
「挑発?私が挑発しているとでも?真実を伝えたのみにあらずだ。」
「それを世間一般では挑発と言うのです…!あなたは世間知らずな一面がある…!」
「ふむ…そうか…」
世間知らず…その一言で済ませれるならば僕はここまで怒っていない。
弟を愚弄した事もそうだが、何より弟を利用して嘘を吐いたのが許せなかった。
「弟を愚弄するな…悪魔め………」
言葉を続けようとしたその時だった。
突如僕の身体が痛み出す。右腕とお腹を中心に、急に痛みがやってくる。
「うぐっ!?」
お腹が痛い、何か中で弾けている様な感触………
右腕が痛い、何か神経が通っている場所が、違和感を感じる。
「まだ完治してないみたいだな、アルシエル。」
「っ…完治………だと…?」
「貴様は一度、死にかけていた。」
「は………!?」
死にかけていた…?この僕が………?
「いや…そんな訳がな………!」
痛みと同時に頭の中にやってきた。
目を覚ます前の、消えていた記憶が………
「っ………!?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『兄さん…兄さん…!!』
『あ…あぁ………ソレ…イユ………』
『兄さん…しっかりしてくれ………』
『は…はは…生きて…んだ…な………ゲホッ………』
右腕を失い、腹を食い契られ、大量の血を流したアルシエル。
それをただ見て、叫ぶことしかできないアルシエルに顔の似た金髪の青年。
彼こそが、アルシエルの弟であるソレイユだった。
『兄さん………!!』
『ソレ…ユ……う…くは……メ……たい…だ………』
『っ…俺が…俺がアイツに立ち向かう能力が…足りなかったからだ…俺が…まだ未熟で…兄さんみたいになれていなかったから………』
ソレイユが涙する。
涙がアルシエルの身体に零れる。
『ゲホッ………』
倒れているアルシエルが再び吐血する。
アルシエルの目の前が霞んでいく。
少しずつ、命が奪われていくかのように。
『兄さん………!!』
だが、突如悪魔はやってきた。
悪魔の翼で宙を飛ぶ女性の悪魔。
悪魔の角に、皮膚を多く晒す淫魔のような装備。
豊満な身体に、凛々しくも不気味な赤い瞳。
妖艶を体現する、悪魔族の女性。
彼女こそ、契約の悪魔ヘカテー。
『っ…!』
『漸く見つけた、共存の精。』
ヘカテーはそう言うと、ソレイユの傍に降りる。
悪魔界から人間界に降りて、偶然鉢合わせたのだった。
『っ………』
ソレイユの目は涙に満ちていた。
ヘカテーのその魅惑的な姿には彼は目もくれていない。
『悪魔…なんでこんな時に…』
『人間の男よ、私は契約の悪魔ヘカテー。貴様に悪魔界へ来てもらいたい。貴様の身体を、私に委ねて頂きたい。』
契約の悪魔ヘカテーは冷酷な女だった。そして人間の男が欲する者を理解していた。
ヘカテーはソレイユの泣きっ面を気にせず、自身の目的を話す。
人間と悪魔の間に子を産むために、ヘカテーも手段は選んでいなかった。
『っ………』
『人間の男よ、私であれば、貴様の欲も満たせる。三大欲求の内の一つ、性欲を満たしてやれる。性欲を満たして子孫を作る事こそ、生物のあるべき姿。それこそ、我等の望む共存。私の契約に従い、一緒に来い。』
『……………』
黙るソレイユ。
ヘカテーの発した言葉が…時と場合が酷く嚙み合わず、信じられなかった。
『どうした人間の男、私のじゃ不服か?』
『…ふざけるな。』
『…何だと?』
『今…俺の兄さんが………ここで倒れているのに…俺に交渉だと………?』
『兄さん?貴様に兄者がいるのか。』
『今ここで…俺の目の前で………今にも死にそうで………!!』
大きな声をあげるソレイユ。
ソレイユの目の前に倒れているアルシエルをヘカテーが見下ろす。
今までこの惨劇が見えていなかった。目の前の目的のせいで少し盲目になってしまっていた。
『…!その男は…』
『アルシエル兄さんが…このままだと死んでしまう…俺の回復魔力でも治らない…右腕が奴に奪われた…内臓が切れて外に零れ落ちている…生きているのが不思議なくらいな重傷だ…もう…助からない………』
ソレイユはアルシエルに魔力をかけ続けていた。
だがアルシエルは一考に治らない。それどころかむしろ、回復魔力が悪さをしていた。
出血は止まらない。アルシエルもそろそろ、身体の限界を迎えていた。
『これは酷い重傷。』
『…契約の悪魔さん………助けて…くれ………』
『…私に?』
『…悪魔族でもなんでもいい…俺の兄さんを…助けてくれよ…黙って見てないで…君の目的だかなんだか知らないが…助けてくれよ…!!僕達…違う種族でも、同じ命を持つ生き物だ…分かるはずだ…救えるなら救いたいって…』
『……………』
だがヘカテーは迷っていた。
ヘカテーはここでアルシエルを救う手段がない訳ではなかった。
だがその手段をとってしまうと、自身の目的は達成されない。
『そうだ…契約の悪魔っていうんだからあなたの契約に従えばいいのか…?俺の肉体や臓器、それとも魂でも捧げればいいか…?いや…この際なんだっていい…兄さんが生きてくれれば…それでいいんだよ………』
『兄者に、ただ、生きて欲しいと。』
『そうだ………ただ…生きて欲しいんだ…まだ…死んでほしくない…こんなところで………死んでほしくない………!!』
『……………』
ヘカテーは悩んだ末、選択した。
ヘカテーは自身の手首に、自身の長い爪を当てる。
そして、爪を当てた部分から血が零れる。
『私がこの者に血を与えたら、私は共存を達成できなくなる。貴様のせいでな。弱い己を悔いろ。』
零れた多くの血がアルシエルの口の中へ入っていく。
………
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ………あ………」
そうか………そういう事だったんだ………
死にかけていて…意識を失っていて…でも薄っすらと声が聞こえていて………
その時の会話は…ソレイユと…ヘカテーさんのだったんだ。
そしてヘカテーさんの血が口の中に入っていって………
「思い出したか?」
「っ………!」
そっか、弟の頼みとはこういう事だったのか…
ヘカテーさんの、悪魔の血を僕が飲んだ事で…僕は死の淵から回復した。
その死の淵に追い込まれた理由は分からないけれど、僕は右腕を失ってお腹のあたりの内臓をズタズタにされる程の傷を負っていた…。
弟の頼みは…僕の回復だったんだ。
なんでこんな大事な事…忘れていたんだろう………。
「………あぁ、ちょっと思い出したよ。」
「私があの場にいなかったら、今頃貴様は…」
「死んでた…って事…か………」
「あぁ。」
そうだ、この人がいなければ僕は今頃死んでた。
僕はこの人に感謝しなければいけない。
僕を悪魔に変えてでも、僕を蘇らせてくれたヘカテーさんに感謝をしなければいけない。
「………ごめん、ヘカテーさん。」
「ふん、人として当然の事をしただけだ。こうでもしないと悪魔族の夢は叶わない。」
「悪魔族でも、使命みたいなものがあるんだね。」
「ふん、貴様達人間にとって悪魔族は悪だと思っているかもしれないがそれは違う。悪魔族は…元は人間なのだから。」
「え…?」
確かに悪魔族と聞くと、悪いイメージが湧くだろう。僕も最初はそう思っていた。
だが、悪魔族は元は人間…?それはどういう事なんだろう。
僕の推測の話になるけど、悪魔族の原種は人間にある…という事だろうか。
そうなると、この世界における悪魔族は人間の成れの果て…?
「ヘカテー様、どうやらアルシエル様には今後契約の悪魔としてあるためにも、今後の事をお話せねばなりませんね。」
「そうだな。」
「今後の事…」
そうだ、僕は悪魔族になってしまったのだ。
そうなった以上、今後の事は重要だ。
「私と貴様の間に契約の悪魔の子を多く産んで欲しい。」
「…はい?」
今、凄い言葉が聞こえた気がするが気のせいではなかった。
彼女は今、僕に対して子作りしようと言って来たのだ。
「貴様には、私との間に契約の悪魔の子を産んでもらう。」




