死なない時代
昔、銃が開発されて間もない頃、撃たれた傷で最も致死率が高かった部位はどこだったか、ご存じだろうか。
胸? それとも頭? いや、正解は腹だ。腸が傷ついて感染症を引き起こし、死に至ったのだ。現在では考えられないことだが、昔と今、今と未来では常識が異なるのだ。
他にもある。統合失調症はかつて不治の進行性疾患と思われていたが、現代では治療が可能だ。また、溺死した人への治療として、お尻にたばこの煙を入れる方法が使われていたこともある。
今から展開される話は、人は死なないことが常識となった世界の話だ。
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「死にたい」
そう呟いたのは、俺の親友である阿部満だ。こいつは俺と同じ3200年代に生まれた、いわゆる幼馴染なのだ。
「お前、いつもそう言ってるよな。俺はお前より年上だけど、そんなこと考えたこともないぞ」
俺が呆れ気味に返答したら、阿部がこう返してきた。
「何が年上なんだよ。たった12歳しか変わらないのに、偉そうに言うんじゃない」
大昔、インターネットという古代装置で情報を保存していた時代には、干支で年齢を表していたらしい。でも、一周したとしても、同じ教室で授業を受ける現代ではあまり関係ない話だ。
「どうして死にたいんだ?」
誰もが疑問に思う当然のことを彼に聞いた。
「もうやってないことがないからな。子供もいるし、論文だって書いた。旅行もしたし、写真家にも漫画家にもなった。もう他にすることがないよ」
「まあ、俺も300年前に木星の衛星で研究してた頃は楽しかったけど、600年も生きると何も感じなくなってくるよな」
「だろ? あとやり残したことは死ぬことだけなんだよ」
「そう言われると否定できないな」
「だろ? だからさ、一遍死んでみないか?」
阿部が言った瞬間、宇宙船の壁が一瞬白く揺らいだ気がした。俺は目をこすった。頭がぼんやりして、現実なのか夢なのか分からない。
「死ぬことは一回しかできないだろ」
俺は彼の自殺を止めるために何とか説得していくが、俺自身も否定する意味が分からなくなってきた。
「確かにな。でもさ、ほかにやるべきことが分からないんだ」
「確かに俺もそうだ。なら、一緒に死なないか?」
なぜかわからないけど、死ななければいけないと思ってきた。よし、阿部と一緒に死ぬぞ。
そう意気込んで、俺たちは宇宙船の窓を開け、身を乗り出そうとした。
すると。
「田中さん!!」
聞いたことのない大きな声で、突如宇宙人が体中の触手を使って俺の体を宇宙船に留まらせた。
俺は叫んだ。「またお前か。離せ!!」
「阿部さん、何度試したって無駄です!この病院の鉄格子が見えないんですか?!」
宇宙人が訳の分からない言葉を発してたら、宇宙人の仲間がぞろぞろとやってきた。
「くそっ。離せ!!」
宇宙人たちの触手で俺は胴上げさせられた。暴れたら暴れる分だけ力が強くなる。緩急をつけて暴れても、どうしても逃げることはできなかった。
そうして俺が運ばれていく間に、テレビが静かにニュースを続けていた。
「いやぁ。まさかあんなに元気な姿をしてた阿部満さんが亡くなるなんて思いもしませんでしたよ」
「過労が原因だったという話もあります。視聴者の皆様の中で死にたいと思っている方がいたら、迷わず地域の保健所や心の健康センターにご相談ください。続いてのニュースです」




