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98話 声を届ける魔法

閲覧ありがとうございます。

大事なお話です。


 ほうきからおり、わたしは深呼吸を繰り返す。祈るように手を組み、魔法の発動を試みる。閉じたまぶたは力をこめすぎて震えていた。


「……だめだ」


 魔法が成功したことを感じない。難しい魔法であることは承知の上だが、それ以上に発動条件が難題だった。しかし、泣き言など言っていられない。


「もう一度」


 再度、同じようにするが、やはり魔法は発動しなかった。


「目視で探しながら行きましょう」


 シロツメに言われ、ほうきで移動しながら何度も魔法に挑戦した。彼女を見つけることはできず、魔法も発動しない。


 いつの間にか、空には灰色の雲が広がっていた。山の天気は変わりやすい。嵐は去ったが、また雨が降りそうだった。天気が荒れたら、捜索は困難を増す。


 ふつふつと湧く焦りをむりやり押し込み、何度も魔法に挑戦した。結果は同じ。


 他の魔法で探す方法ももちろん行う。長年、奥深い山で暮らしてきたわたしが使える魔法を駆使し、ログハウスと家の途中の道から逸れた足跡らしきものを追ってここまで飛んで来たのだ。


「あれ……、どうして?」


 ぬかるんだ地面に残っていたはずの彼女の足跡。それがぱたりとなくなっている。改めて魔法を使うが、反応することはなかった。


 足跡が不自然に消えるなんて、途中から飛び立たなければ成立しない。でも、彼女は魔法が使えない。一体どういうこと?


「シロツメ、魔法生物の気配はある?」


 他に考えられること。魔法生物と遭遇し、連れ去られた。もしくは……、いや、それは言いたくない。


「……いいえ、ないわ。なんの痕跡も感じられない」


 鼻をひくつかせたシロツメは、静かにそう言った。ピンと立てる耳も音を拾うことはないようだ。


「おかしいわ。シホはどこに消えたの?」

「こんなの、魔法じゃないと説明できない。でも、平良さんは魔法が使えない。どうなってるの……」


 考えることが増え、脳内がぐちゃぐちゃになっていく。落ち着かせるように手を組み、あの魔法を使う。しかし、結果は同じこと。それがわたしの焦りを加速させていく。何度も何度も発動しては失敗し、焦燥に駆られたわたしは手当たり次第に魔法を使った。


「待って、スペル。あんまり魔力を使うと、魔法生物に勘付かれるわよ」

「でも、でもっ! はやく平良さんを見つけないと!」

「だからこそ、落ち着きなさい。厄介なやつに見つかったら、それこそ時間の無駄――」


 シロツメの耳が反応する。「スペル!」鋭い声とともに、背後に顔を向けた。


 すぐさま、わたしも後ろを振り返る。杖を構え、魔法を発動する準備を整えた。


 唸り声をあげる異形のもの。名称のない魔法生物だった。四足歩行のそれは、怒気にまみれた威嚇をわたしたちに浴びせる。


「ねえ、女の子を見なかった? わたしと同じ歳の女の子。この近くにいたはずなの!」


 ダメもとで訊くが、答えは鋭利な牙を見せるだけ。


「無駄よ。こいつ正気じゃないわ。魔法で吹っ飛ばしなさい」


 シロツメは冷静に言う。わたしは杖を魔法生物に向けた。身体を食い千切ろうと飛びかかって来る瞬間、わたしは魔法を発動した。まっすぐに発射された魔力は、魔法生物もろとも後方に吹き飛ばした。


「嵐で寝床が吹き飛ばされでもしたのかしら」


 相手が伸びたのを確認し、シロツメは耳を戻す。


「……平良さん」


 わたしだから対処できた。魔法が使えたから。危険な魔法生物がいると知っていたから。でも、これが彼女だったら? 想像しただけで身の毛がよだつ。あんな牙で噛まれたら、一瞬で致命傷だ。


 応えて。お願い。強く祈りながら魔法を使うが、彼女の声は聴こえない。


 彼女の足跡が途絶えた先に向かうが、目印がないので霧の中を彷徨っているように思えた。進んでも進んでも見えない出口を探している気分だ。不安ばかりが生まれてくる。


 遊び回った森が、どこか知らない場所に見えた。迷子になって、心細い気持ちを抱えて、『誰か助けて』と泣きじゃくることしかできない幼子のよう。


 視界が滲んでいく。緩んだほうきに雫が落ちた。


「スペル?」


 シロツメがわたしを見上げるが、答えることはできなかった。やがて、ほうきが止まった。わたしは湿った地面の上に座り込む。


 散々魔法を使ったせいで、もうほとんど魔力が残っていなかった。ほうきで飛ぶことすら、力が入らない。しかし、魔力が尽きたわけではなかった。問題は、わたしの心の方にある。


「……どうしよう、わたし、平良さんを見つけられる自信、ない」


 消え入りそうな声でつぶやく。心が痛くて仕方がなかった。


 薄暗い森が怖いんじゃない。易々と命を奪う魔法生物が怖いわけでもない。ただ、きみがいないことが怖かった。


 どんなに呼びかけても聴こえない彼女の声。わたしの声は届いていない。


 怖くて体が動かなかった。だって、わたしは知らなかった。大事な人がいなくなることが、こんなにも怖いことだったなんて。


 またひとつ、世界が広がる。世界が広がることはいいことだったはずなのに。


「………………」


 こんなにも怖いのなら、知りたくなかった。きみがいなくなるのなら、わたしは永遠に狭い世界で理想を抱いていたかった。


 ねえ、平良さん。きみがいなきゃ、わたしは立派な魔女になれないよ。


 怖いものはいらない。広い世界もいらない。半人前のままでいい。わたしが抱いた理想は、わたしが叶えなくたって誰かが叶えてくれる。


 少なくとも、怖いからと立ち止まるわたしが抱いていい理想じゃない。もう、魔法の使い方もわからなかった。


「ばかね!」


 わたしを覆っていた膜を突き破る声がした。


「顔を上げなさい、スペル。そんなんじゃ、立派な魔女になんてなれないわよ」

「……いい。ならなくても」

「シホに話した理想はどうするの?」

「それは……、もういいの。理想は叶わないから理想なんだよ」


 頬に当たるふわふわした手。シロツメがわたしを叩いたようだった。


「ばかね。理想は困難を乗り越えて叶えるから理想なのよ」


 ずきりと痛む。彼女の手では痛みなど与えられないはずなのに、頬が痛くて仕方がない。


「魔法はなんでもできるの。そして、あなたは魔法が使えるの。呆れるほど壮大な理想でも、叶える力があなたにはあるのよ」

「で、でも……、わたしは――」

「スペル」


 わたしの声を遮って彼女は言う。「あたしの名前はなに?」


「えっ? シロツメだけど……」

「その名前は、何から取ったの?」

「何って、シロツメクサだよ。きみもいたでしょ。平良さんがかわいいって言った花で、花言葉は幸運で……」


 脳裏に咲く白い花。彼女の笑顔も一緒に咲いた。『幸運』の花言葉を持つシロツメクサ。わたしとシロツメの縁を結び、わたしに幸せをもたらしたきみの花。


 ふと、力なく置いていた手に感じるものがあった。ポケットの上にあった指が、中にあったものに触れたのだ。


「………………」


 心臓が鳴る。身体の奥底から力が湧き出る気がした。


「スペル。あなたを見つけたシホを、今度はあなたが見つけるのよ。できるわね」

「…………うん」


 わたしは頷く。血の流れが早くなる。わたしを急かす何かが後ろから背を押しているようだ。


 できるよ。今度こそ。だって、わたしはひとりじゃない。

 座るわたしの頬の感じるシロツメのぬくもり。指先に触れる大切なものの存在。


 わたしの理想を応援してくれる彼女の……。だから、諦めない。わたしの理想を叶えるのはわたしだ。


 大きく息を吸い、目を閉じる。まぶたの裏で赤いきらめきが星のように散らばっているのが見えた。


 きみを見つける為の魔法。それは、『声を届ける魔法』。


 姿が見えなくても、お互いの声を届けてくれるこの魔法は、それぞれの気持ちが同じでないと発動しない。別名『心を繋ぐ魔法』。一方通行の気持ちじゃだめ。彼女が抱いている気持ちを、わたしも心から抱かなくてはいけない。


 音が聞こえなくなる。周囲から隔絶される感覚がするが、恐怖は微塵もなかった。


 残る魔力を集める。ほうきで飛ぶ魔力を考えると、これが最後のチャンス。けれど、心は落ち着いていた。理由は簡単。必ず届くと確信があったから。


 目を開く。祈るように組んだ手を胸に、わたしは魔法を発動する。


「――応えて、志普ちゃん!」


 わたしから放たれた声は、魔法によって遠くまで飛んでいく。どこかにいる彼女まで一直線に走っていく。

 星の光が地球に届くように、わたしの元にやってきたもの。


 《――――――》


 わたしはほうきに乗って飛び出した。魔法で取り出した三角帽子を頭に被り、魔女として前に進んでいく。


 ようやく呼べた、きみの名前。ずっとずっと呼びたかったんだ。


 いつの間にか、わたしの顔は晴れやかだった。雲の切れ間から日差しが落ちる。雨は降らず、天気は回復に向かっていた。もう大丈夫だね。


 ああ、どうして今まで呼ばなかったんだろう。きみの名前を呼ぶだけで、わたしはこんなにも幸せな気持ちになれるというのに。


 だから、どうか。わたしに幸せをもたらすきみの声で、わたしの名前を呼んでほしい。一度きりではなく、何度でも。


 声を届ける魔法が繋いだわたしたちの心。わたしに届いた彼女の声は、わたしの名前を呼んでいた。


 目の前にかかっていた霧が消え去り、ほうきは速度を緩めることを知らない。かつてなく軽やかに感じるほうきだ。これなら、新幹線にも勝てそう。


 赤い光がきらめく。こっちだよ、と道案内をするように星の道筋が見えた。


 ふと、ポケットから光が溢れた。驚くはずなのだろうが、わたしはなにかを理解して前だけを見ていた。


 ポケットから飛び出した光るものは、輝きながらわたしの周りを流れ、三角帽子の先端へと収まった。

 風に揺れるわたしの三角帽子。その先には、志普ちゃんからもらったシロツメクサの花がチャームとなって輝いていた。


お読みいただきありがとうございました。

魔奇さんの三角帽子が完成しましたね。


【声を届ける魔法】

別名『心を繋ぐ魔法』。相手が魔力を持たなくても発動可能。ただし、お互いの心が強く双方に向き、同じ気持ちを抱いていないと発動しない。

この魔法は時間や場所、タイミングに関係なく使うことができ、双方の心が向かい合った時に発動する。片方の生死は問わない。

難易度:非常に難しい

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