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95話 嵐の後

閲覧ありがとうございます。

嵐の後の山は入るもんじゃないです。


 翌日。天気は晴れで、真夏の日差しが戻ってきました。しかし、昨日の大荒れにより発生した被害もあり、五日目の今日は後片付けに追われていました。


 といっても、様々なお礼や運動を兼ねているので、みんなが希望してのことです。日差しは強いものの、木々で遮られてぬかるんだ場所も多く、慣れていない私たちははやくもへとへと。


 魔奇さんとすまさんは魔法を使い、ごく普通の私は自らの手足を動かします。唯一の男手であるすぱさんは、壊れたアンテナの修理中。


「疲れたのだぁ~……」


 両手両足を放り出して疲労を主張する小悪ちゃんは、日差しを浴びながら椅子に深く腰掛けます。


「こあ、はたらけ」


 きとんに連行されていきました。


「他の場所は大丈夫なのでしょうか」


 軍手が似合う勇香ちゃんは、泥がつくことも気にせず作業を続けます。


「たしか、少し離れたところに集落があるのでしたよね」


 魔奇さんがおつかいに行く先らしく、そこまで行けばお店もあるらしいです。そこそこ栄えているようで、夏にはお祭りも開催されるのだとか。


「電波が届かないからわからないけど、あっちもやられていると思うよ」

「手伝いに行かなくてよいのでしょうか?」

「山の天気には慣れているから平気だと思う。あ、でも、ヤドリギはちょっと心配かも」


 柏木さんは足が悪いですし、明杖さんひとりだとできることに限りがあります。


「とはいえ、電波がないとなぁ」

「私、見てきましょうか」

「だめだよ」


 止めたのはすまさんです。杖を動かしながら、しっかりと勇香ちゃんを制止します。


「あの嵐で山道は荒れている。ケガをしないとは言い切れないからね」

「勇者の活動で多少の経験はあります」


 しかし、すまさんが首を縦に振ることはありません。


「サラから報告があったんだけど、嵐のせいで魔法生物の動きが活発になっているらしい。中には気性の荒いやつもいるから、単独行動は厳禁だよ」

「そちらも経験はあります。結界魔法をかけていただければ、心配は……」

「だめだ。こういった場所の魔法生物は、きみたちが住んでいる場所と比べて強いものが多い。何かあってからでは遅いんだよ。あらかた片づけが終わったら、様子を見に行くから我慢してくれるかな」

「……わかりました」


 どことなく不満そうですが、自分の身を案じられては強く出ることはできないのでしょう。再び木材の破片を手にしました。


「勇香ちゃん、魔法生物と戦ったことあるの?」

「はい。魔法生物が起こしたトラブルを解決するのも、勇者の使命のひとつですから」


 平然と言うので驚きます。


「魔法が使えるわけじゃないんだよね」

「使えません。剣崎家は魔法使いの一族ではありませんから。その代わり、これがあります」


 彼女は背負った物を軽く見せます。布に隠されて見えませんが、剣崎家の家宝でしたっけ。


「それに、悪と戦う勇者が弱くては意味がありません。魔法生物でもなんでも、私は必要ならば戦いますよ」


 まっすぐに言う彼女は、夏の太陽に照らされているだけではない光で輝いていました。彼女は出会った時から揺らがないものを持っています。それがとてもかっこよくて、平凡な私は憧れずにはいられません。


 高い位置で結んだ青い髪が風に揺れ、端整な顔に泥がつくことも厭わず手を動かす彼女。私にできることは、ひとりでは持てない木片を一緒に持つことくらい。


「ありがとうございます、志普さん」

「どういたしまして」


 そうして、作業をすること二時間ほど。そこそこきれいになってきたところで、すまさんが「一旦、休憩にしよっか!」と声を張り上げました。


 サラちゃんが人数分のコップが乗ったトレイを持って家から出てきます。


「みなさん、お疲れさまです~。さあさあ、水分補給してくださいね。布巾もあるので、汚れを落とすのもよしですよ~」


 ありがたく濡れたタオルで泥を拭きとり、冷たいお茶をいただきます。ふうと息をはき、周囲を見渡します。木片が散らばっていた家の前は、椅子を置けるまでに回復していました。


「いやあ、暑いね」


 首元にタオルをかけたすぱさんがやってくると、お茶を一気に飲み干します。


「アンテナはどう?」


 二杯目のお茶を差し出すすまさん。


「復旧にはもう少し時間がかかりそうだ。通信できない時に何かあっては困るから、なるべく敷地内から出ないようにしてほしい」

「そういうことだから、みんな、家かログハウスでのんびりしていてくれるかな」

「言われなくても、のんびりしかできんぞ……」


 お疲れの様子の小悪ちゃん。きとんが(つの)をつんつんして遊んでいますが、止める元気もないようでした。


「ですが、ログハウスの方もかなり荒れています。エアコンの調子も悪いようでしたし、こちらの家にいた方がよいかと」

「えっ、エアコン壊れちゃった?」


 魔奇さんが驚いてコップから口を離します。


「出てくる時に、聞き慣れない音がしたので確認したところ、冷房設定なのに温風が出ていました」

「暑いログハウスでのんびりなどできんぞ⁉」

「修理するにも、最優先はアンテナだね……。エアコンのことはすぱに言っておくから、みんな家でゆっくりしていて」


 肯定の返事を聞きながら、私はひとり立ち上がります。


「私、ちょっと荷物取ってくるね」

「え、今から?」


 魔奇さんが私を見ます。


「うん。すぐ戻るよ」

「暑い中に置いておくとまずいものでも持って来たのか?」


 へにょへにょになった小悪ちゃんが顔を斜めにしながら訊きました。


「そんなとこ」

「んにゃ、きとんもついてく」


 立ち上がりかけた彼女に「大丈夫だよ」と首を振ります。


「離れてはいるけれど、敷地内だから結界魔法があるし、荷物を取って来るだけだから。それに、作業で疲れているでしょ? きとんはここで休んでいて」

「んにゃ……、わかった」

「そうだ、一応エアコンの様子も見てきてくれるかな。詳しいことがわかれば、すぱに伝えるから」

「わかりました」

「気をつけてね、志普ちゃん」


 手を振るすまさんに、私はしっかりと頷きます。


「はい、いってきます」


 休憩するみんなを背に、私はログハウスに続く道へ入っていきます。彼女たちが見えなくなり、嵐の後の森のひとりになった私は。


「…………」


 ふと、体の向きを変え、道を逸れました。踏みしめる地面は柔らかく、足を取られる危険なものです。


 しかし、歩みを止めることなく進んでいきます。やがて、そばの木の幹に敷地の内外を示す目印が結ばれているのを見つけました。


 あと一歩行くと、結界魔法で守られた場所ではなくなります。


 決して単独行動をしないこと。出る時は必ず結界魔法をかけてもらうこと。すまさんとの約束が脳裏に浮かびますが、すぐに消し去りました。


 ログハウスに行くと言った私に、結界魔法はかけられていません。身の安全が保証されない敷地外。


「…………」


 私は、境界の向こうへと一歩踏み出しました。


 木々が揺れ、太陽を隠したことで、私の姿は暗い影の中に溶けていきます。重く沈む土を感じながら、やけに静かな森の奥へ。


「…………」


 嵐は過ぎ去ったというのに、異様なほどの静寂が支配する深い森。躊躇いなく進んでいく私の姿は、かすかな風に攫われるように消えていきました。


お読みいただきありがとうございました。

嵐の後の山は入るもんじゃないです(二回目)。

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