94話 クローズド・マジマジサークル
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ミステリーではないです。
人気のない山奥。電波の届かないログハウス。外は大雨と強風。切れた電球。室内に轟く自然の音。リビングに集まった少女たち。彼女たちが見つめる床の真ん中には、倒れた紫色の髪の少女……。
「い、一体誰がこんなことを?」
口元を手で隠しながら言う真っ白な髪の少女。
「外部犯の可能性は限りなく低いでしょう」
冷静に分析する青い髪の少女。
「…………」
無言で佇む少女の隣で、灰色の髪の少女が両手を合わせます。
「なむなむちーん」
「勝手に殺すなーーーっ!」
倒れていた少女、小悪ちゃんが叫びながら起き上がりました。
「こんなとこでねると、からだいためる」
「疲れたのだよ。この天気では遊びに行けないからと、今日は朝からずっと夏課題をやらされているのだからな」
大きく伸びをし、めんどくさそうに机に突っ伏す小悪ちゃん。見かねたきとんがブランケットを頭から被せました。
「いいのか? 寝るぞ?」
「すきにすればいい。かだいがおわらないだけ」
「うぐっ……。正論が身に沁みる……」
「でも、ずっと夏課題だとつまらないね」
魔奇さんもシャープペンシルを耳にひっかけ、両肘を机につきました。
「とはいえ、外に出るのは危険です。室内でできる遊びを考えましょう」
「私、トランプ持ってきたよ」
「いいね。ババ抜き、神経衰弱、大富豪、七並べ。ゲームはたくさんあるから、しばらくは大丈夫そう」
「遊ぶ前に、切れた電球を付け替えておきましょうか」
「うん。わたし、予備を持ってくるね」
魔奇さんがチカチカと不規則に点滅する電球を取り換えていると、ログハウスにインターホンの音が鳴り響きました。私が出ると、傘をさしていないすまさんの姿が。
「こんにちは。こんな天気だから、みんなの様子を見に来たよ」
「ありがとうございます」
彼女の周りだけ雨粒がありません。これが噂の雨避けの魔法でしょうか。便利ですね。
「差し入れもあるよ」
カゴを差し出した瞬間、「ありがとうなのだ!」とお礼を言いながら頭に抱えて走り去る小悪ちゃん。おそるべき速さです。
「エアコンは問題なく動いているかな?」
「はい、大丈夫です」
「この大雨と強風で、うちのアンテナがやられちゃったみたいでね。直せるのはパパだけだから、止まないうちは通信できないんだ」
「魔法でどうにかというのは無理なのでしょうか」
「できるけど、できないって感じ。わたしは細かい魔法が苦手でね」
頬を掻きながら笑うすまさん。荒天による被害がないか確認する為、ログハウスの奥へと消えました。
ついでに夕飯の支度もしてくれるらしいです。「サラは水が苦手だから、この雨だと出てこないんだよ」とすまさんが言っていました。
「ねえ、ババ抜きやらない? やろう!」
「おぬしは元気だなぁ」
「だって、今までひとりババ抜きだったから、大勢でできるのがうれしくて」
「ちょっと待て、ひとりババ抜きってなんだ?」
「そのまんまだよ。カードを二つ以上に分けて、全部ひとりで回すの」
「破綻してないか?」
「どこにババがあるのか、もろわかりですね」
「全然楽しくなかったよ」
「かぞくとやればいい」
「何回もせがむから、最後の方はひとりなんだよね」
なんだか悲しくなってきた私は、カードを切って人数分に振り分けました。それぞれ持ち札を確認し、準備万端。ルールは事前に説明してあるので、いざ勝負開始。
「…………」
ジョーカーのカードを見つめながら、私は隣の魔奇さんに広げたカードを見せます。
「どうぞ」
「どれにしようかな~。一応、訊くけど、ジョーカー持ってないよね?」
「それは教えられないな。そういう魔奇さんはどうなの?」
「それは教えられないなぁ」
不敵に笑いながら、どれを選ぶか目線を動かす彼女。一枚一枚、「これ?」と確認するので、私は黙って微笑みました。
「志普は、持っているなら顔に出そうな感じだけどな」
「志普さんは素直ですもんね」
「どうだかにゃあ……。しほ、いがいとだいたん」
「それもそうだった」
隣の方でなにやら話していますが、私は普通ですよ。
「これにする。そぉい! おっ、揃った」
魔奇さんがペアを作り、カードを捨てます。続いて勇香ちゃんにカードを渡し、小悪ちゃん、きとんと続いていきます。
少しずつペアが揃い、中央のカードが増えていく中、私の手札に残るジョーカーは動く気配を見せません。
結果的に、最初から居座るジョーカーを持つ私と、小悪ちゃんの一騎打ちとなりました。
「がんばってください、二人とも」
「両方応援したら勝敗が決まらんぞ、勇香」
「しほ、かて」
「きとんは平常運転だな」
「し、しし、しほちゃ、たっ、平良さん勝って! がんばれ!」
「ひとりくらいは我を応援してほしいのだが?」
「がんばってね、小悪ちゃん」
「志普は一番応援しちゃだめだぞ?」
手札を強く見つめる彼女。どちらがジョーカーか、見極めているのでしょう。
「がんばれ、しっ、し……うぅ、うううう!」
「すぺるのうめき声で集中できんのだが……」
「ご、ごめん」
「いや、構わんぞ。おぬしもがんばれ」
にやりと笑う小悪ちゃん。「我はずっと応援しているのだからな」
「前にもババ抜きやったっけ?」
「志普ってたまにえらく鈍感だよな。我、めっちゃ不思議」
「えっ、なんのこと?」
「わからず屋もそのうちわかることになるだろう、なっ!」
勢いよく引き抜かれたカードは、彼女の一枚とペアになって勝利を宣言しました。私の元に残ったジョーカーが嘲笑うようにこちらを見ています。あなた、最初から最後まで私のところにいましたね。
「ジョーカーは志普! これでゲームセットだな!」
「熱い戦いでしたね」
「しほがまけたにゃぁ……」
「楽しかったね、ババ抜き! 次なにやる? ジジ抜き? 大富豪? 七並べ?」
カードが空中できれいに揃えられていきます。うきうきの魔奇さんが魔法で動かしているようです。
「トランプのせいで、魔法じゃなくてマジックに見えるな」
「わたし、マジックも練習したよ」
「魔法を使うマジシャンとか、ややこしすぎるからやめてくれ」
テンションの上がった魔奇さんに率いられ、窓や屋根に打ちつける大雨もどこ吹く風。黄色い声をあげながら、少女たちはカードゲームに夢中です。
いくつかのゲームを行い、それなりの満足感を得る私たちですが、魔奇さんは違うようで。
「ねえ、もう一回ババ抜きやらない? あ、一回といわず、何回でもいいよ」
「おぬし、まじで元気だな?」
就寝前の三歳児のごとく、彼女は衰えぬパワーでゲームに誘います。「さっきもやっただろう」と言いつつも、小悪ちゃんは配られたカードを手に持ちました。
特に何も言いませんが、勇香ちゃんも誘われれば断りません。黙々と手札を並べ、ペアのカードを捨てています。
自分の手札を眺めていたきとんは、立ち上がった私に気づいて三角耳を出します。
「しほ、どこいく?」
「すまさんのところ。全部任せるのもあれだし、手伝えることがないか聞いてくるよ。みんなは先にゲームしてて」
「手伝うのなら私も」
立ち上がりかけた勇香ちゃんに首を振り、「手が足りなかったら呼ぶね」と告げてその場を去りました。
一番い広い部屋の奥にキッチンはあります。食事はサラちゃんが用意してくれるのでほとんど使いませんが、軽食を作る時に使用している場所。
軽くノックをして入ると、すまさんがたくさんのおにぎりをむすんでいるところでした。
「あら、志普ちゃん」
「何か手伝えることがあればと思いまして」
「ありがとう。お味噌汁の味見してくれるかな」
「はい」
あたたかい空気が流れていますが、外は大荒れ。
暴風雨がキッチンの小窓を揺らし、木造のログハウスをこれでもかと攻撃しているようでした。
私は小皿に少量をいれ、飲みました。赤味噌の風味が広がり、ほっとする味です。
「おいしいです」
「よかった。おにぎりもたくさん作っておくから、みんなで食べてね。サラの土鍋ご飯じゃなくて炊飯器だけど」
「すごくおいしそうですよ」
「そう言ってもらえるとうれしいよ」
にこにこしながらおにぎりを量産していくすまさん。私は洗い物をし、タオルで水気を拭き取ることに。
二人とも言葉はありませんが、かわりに雨風がささいな音をかき消していきます。やがて、すまさんが最後のおにぎりをむすび終えた時のこと。
私はみんなにお茶を淹れようと、人数分のコップを棚から取り出していました。ふと、すまさんが私を見ていることに気づき、向き直ります。
「志普ちゃん、この間の話なんだけど」
私は頷きます。すまさんは心配そうな表情を浮かべながら「本当にいいの?」と訊きました。
「はい。覚悟はできています」
「……本当に?」
確認するように、再度問うすまさん。私は自分の意思を示す為、もう一度ゆっくり首を縦に動かしました。
「はい」
「……わかった。ありがとう、志普ちゃん」
密かに交わされた二人の会話。聞いているのは、荒れ狂う嵐だけです。
お読みいただきありがとうございました。
山は天気が変わりやすいので要注意。




