93話 川と少女たち
閲覧ありがとうございます。
川遊びの際はじゅうぶん気をつけてくださいね。
水遊び前の準備運動を終え、私たちは私服を脱いで水着姿になりました。
ログハウスで着替えているので、ここまで服を二重に着ている気分です。さすがに暑く、やっと水とご対面できることが嬉しくてたまりません。
「夏といえば水遊び! 水遊びといえば水着! とうっ!」
マントを翻すように私服を脱ぎ捨てた魔奇さんは、木漏れ日をスポットライトに胸を張ります。
「魔王の威厳にひれ伏すがいい!」
同様に脱ごうとして、頭が引っかかる小悪ちゃん。
「あぶにゃいなぁ」
のんびりと服を脱いだきとんが彼女を手伝います。
「水が綺麗で素晴らしいですね」
彼女たちが脱いだ服を回収し、サラちゃんに手渡す勇香ちゃん。
「みんな元気いっぱいだ」
石の上に寝転がるシロツメちゃんに言うと、彼女は「いっぱいすぎよ」とあくびをしました。
「じゅうぶん注意しながら遊んでくださいね~。水分補給も忘れずに~」
服を畳みながら、岩場に腰かけたサラちゃんが手を振りました。
水着姿になった少女たちは、いよいよ川の中へ。借りたサンダルを履く足で、流れにそっと触れてみます。ひやりとした感触が指先から身体に伝わりました。
「あああ~……、たまらんのだぁぁ~……」
少女らしからぬ声を出しながら、浮き輪に寝そべる小悪ちゃんが目の前を流れていきます。ちょうど、石などでせきとめられ、プールのようになったエリアでした。
「小悪ちゃん、浮き輪で流れるの好きだね」
「この世は大きな川の流れのようなものだ。身を任せるべきだと思わんか?」
「流れに逆らって泳ぐからこそ楽しいのです!」
突如、横から突進してきた勇香ちゃんが、小悪ちゃんごと浮き輪をひっくり返しました。
「うわなにをするおぬしこのちょっとへるぷみたすけてあぁぁぁ」
「こあ、もしかしておよげない?」
前足を小刻みに動かしながら近づいてきたきとんが手を貸します。浮き輪にしがみついた小悪ちゃんは、「そ、そそそそんなわけあるか。わわわ我は魔王だぞ」と視線を右往左往。
「ふーん?」
訝しげなきとんが顔を覗きこもうとした時、私たちに降りかかる水飛沫が。
「ぷはっ! はぁ~、気持ちいい!」
少し離れたところで顔を出す魔奇さん。
「なんだなんだなんだなんだ⁉ すぺる、魔法を使うならそう言え!」
「魔法じゃないよ。飛び込んだだけ。みんなもどう?」
「や、やややややるわけなかろう!」
「えー? 楽しいのに。一度やったらやみつきだよ」
「危ない誘い方をするでないよ」
やっと先ほどの体勢に戻った小悪ちゃんの顔面に、水飛沫アタックが直撃。
「今度はなんだ! 誰だ!」
「ぷはっ! 最高ですね!」
「勇香か! 楽しそうでなによりだこのやろめ!」
顔をぶるぶるさせて飛沫を散らしつつ、彼女は全力で叫びました。なんだかんだ言っても楽しそうなので、私は安心して川の中へ。
全身を包む水が滑らかに肌を伝い、ほっと息をはきました。汗すら蒸発することをやめる気温をもろともせず、川はどこまでも涼やかです。
鳥や蝉の声がせせらぎと合わさり、自然のコンサートのように思えました。身ひとつで浮かびながら、目を閉じて彼女たちの声に耳を傾けます。
自然の中に響く大切な人たちの楽しそうな声。はしゃぐ姿が脳裏に浮かび、思わず頬が綻びます。
流れがやや強いところに寝そべってジャグジーにしたり、岩の上から水に飛び込んだり、浮き輪でぷかぷか浮かんだり、潜って水に包まれたり。
冷えたラムネは格別においしく、あっという間にガラス瓶は空になりました。手放すのがもったいなく思え、太陽にかざすと青色がきらきらと輝きます。からんと音を立てるビー玉がひときわ強く光を放ちました。
「川遊び、どう?」
膝から下を川の中に入れ、のんびりしていると、笑顔を浮かべた魔奇さんが隣に座ってきました。
「すごく楽しいよ。いつまでもこうしていたいくらい」
「不津乃にも自然があるけれど、夜魔もいいでしょ」
「とっても。いろんな人に教えてあげたいよ」
「でもまあ、誰と一緒かが大事だったりするよね」
「そうだね。なんてことない場所でも、友達と一緒なら楽しくなると思う」
「川遊びは昔からやってたけど、こんなに楽しいのは初めてかも。みんながいるからかな?」
「そうだとうれしい」
「わ、わたしもうれしい。と、ところでさ、し、しし、しほ、ほほぅ……!」
ほほう?
「ホーホケキョって鳴く鳥の名前、知ってる⁉」
「ウグイスだっけ」
「そ、そう! 正解。さすがだね」
「ありがとう」
なぜか鳥の鳴き声クイズを出す魔奇さん。夜魔地方なら、春になると簡単に聞くことができるでしょう。
「しっ、ししし、ほ、しほちゃ……! うっ、だめだっ、ほ、ほほほうほう!」
ふくろうの鳴き真似でしょうか。
「ホウレンソウって何の略か知ってる⁉」
「報告、連絡、相談だっけ。社会人のなんとかってやつ」
「そ、そう! 正解。さすがだね」
「ありがとう」
もう就職のことを考えているのでしょうか。意識が高くて素晴らしいですね。
「全然うまくいかないや……」
「何か悩みがあるなら聞くよ」
「本人に言えないって……」
「えっ、私なにかした? 言って、直すから」
「あ、違う違う。平良さんはいつも優しくて素敵な人です」
「ありがとうございます」
なぜかお辞儀し合う私たち。顔を見合わせ、小首を傾げます。
「ツッコみ役がいないとこうなるのだな」
一般通過小悪ちゃんが浮き輪に乗って流れてきました。
「我がその役を担いたいところだが、ツッコむところが多すぎて困る」
「何の話?」
魔奇さんが訊くと、小悪ちゃんがびしっと指をさしました。
「すぺる、ただの川遊びなのに水着がグラマラスすぎる! なんだその布面積の少なさは!」
「これ? いいでしょ」
「まあ、似合っているが、恥ずかしくないのか?」
「ちっとも。だってわたし、知ってるんだから。水着はビキニ。アニメで見た」
「そうだった。こやつの知識、二次元からきているんだった」
「そういう小悪ちゃんはずいぶん……その、あれだね」
「なんなのだ?」
「可愛らしいね」
「ふふん、そうだろう」
「小学生みたいで」
「誰が小学生だ!」
たしかに、小学生の水着コーナーに置いてありそうなデザインです。私も幼い頃は、あんな感じの水着でしたよ。
「志普は志普って感じだな」
「動きやすくていいよ。ぱっと見は普通の服みたいでしょ」
私の水着はセパレートで、ボトムがショートパンツになっています。トップもTシャツのような形で、カジュアルなものです。
「それも似合うけど、ワンピースタイプの水着も似合いそう。みんなの水着を選ぶのも楽しそうだなぁ」
「すぺるが選ぶと、とんでもない水着にされそうだ」
「常識的に考えるから大丈夫だよ」
「しほ~」
すいーっと泳いできたきとんが、私の前に顔を出します。
「きとんもきとんって感じだ」
「なんのはなし?」
「水着の話だよ。きとんは猫まみれだね」
「えへん」
彼女の水着はどこもかしこも猫マークだらけ。どこに売っていたんだろう。
「おや、みなさんお揃いで」
爽やかに歩いてきた勇香ちゃんは、濡れた髪を優雅に揺らしました。青く光る飛沫が彼女を輝かせます。輝かせますが……。
「おぬしは一番どうした? って感じだぞ」
「何がですか?」
「もっと他にあっただろう、水着」
「ああ、これですか。泳ぐには最適ですよ」
「そうかもしれんが、女子高校生が着るにはいささか……」
小悪ちゃんが呆れたように目を細めます。
「でもあれだな、勇香って感じはする」
「光栄です」
「あんまり褒めてはいないのだが」
水分補給に行くのでしょう。ゴーグルを外した彼女は、身体のラインがくっきり出る装いで歩いて行きます。肌色の見えないそれは、なぜか彼女によく似合っている気がしました。
「普通、水着って言われてウエットスーツ持ってくるか?」
呆れたまま流れていく小悪ちゃんに、私は勇香ちゃんとの会話を思い出して言います。
「人助けにはぴったりかも」
「誰が要救助者だ」
お読みいただきありがとうございました。
サラちゃんは安全圏からにこにこ見ています。




