92話 川遊びをしよう
閲覧ありがとうございます。
マジマジメンバーが揃うのもちょっとひさびさ。
「夏だ! 川だ! 水遊びだーーーっ!」
「なのだーーーーーーーーーーーーっ!」
全力でこぶしを挙げる少女二人。私はヤドリギで買ってきたラムネを流れないように石の隙間に差し込みながら様子を窺っていました。元気過ぎて足を滑らせたら大変ですからね。
「しほ、ひとのこといえない」
灰色の長い尾が私の手首に巻きついてきました。どことなく不満そうなきとんが、じとりと私を見ています。
「気をつけるから、放して大丈夫だよ」
「んにゅぅ……」
口を尖らせつつ、すっとほどけるしっぽ。
「志普さん、ラムネの準備ありがとうございます」
たくさんのタオルが積まれたカゴを運んできた勇香ちゃんは、転がらないように平らな場所に置きました。
「どういたしまして。勇香ちゃんもタオルありがとう。じゃあ、みんなで川遊びしよっか」
「少し前まで夏課題をしていたのに、どうしてこうなったのやら」
失笑する勇香ちゃんですが、その顔はどことなく嬉しそうです。
「私、川遊びは初めてです。いつも、離れたところから要救助者がいないか見るだけでしたから」
要救助者って、ドラマ以外で聞く単語なんですね。
「それも、ほとんど海でした。川は縁がありませんでしたが、水がとても綺麗ですね」
「透き通っていて水底まで見えるよ。私もびっくり」
「これなら、沈んでいても見つけられます」
「怖いこと言わないでよ」
真顔で言うので、余計に恐怖が増します。勇香ちゃん、そういうところありますよね。
「川の事故に気をつけながら、目一杯楽しもっか」
「んにゃ。たのしむ」
私たちが川遊びをすることになったのは、魔奇家に突撃してきた小悪ちゃんが理由でした。
「もう無理なのだ! 我は休息を要求する! 遊びたい! めっちゃ遊びたい!」
「小悪さんが『志普もすぺるもいないのに勉強してられるか!』と駄々をこねまして」
「きとんもしほふそく」
ふらふらと吸い寄せられてくるきとん。頭をなでなで。
「息抜きは大事ですので、ひとまずこちらの家まで来た次第です」
リビングにいた私たちは、どうしようかと顔を見合わせます。
「なになに~? 遊びたくて仕方がないって?」
話を聞きつけてやってきたすまさんが、どさりと床に置いたもの。
「しおしおのうきわ」
「救命胴衣もありますね」
「ビニールボールだ。懐かしい~。わたし、川でよくこれで遊んだよ」
「なにっ? 川があるのか⁉」
カゴに頭を突っ込んでいた小悪ちゃんが、勢いよく飛び上がりました。
「あるよ。流れも穏やかで川遊びにはぴったりなところが――」
「行くぞ! やるぞ! 川遊び!」
「えっ、夏課題はいいの?」
「すぺるは夏課題と川遊び、どちらがいいのだ?」
きらり。小悪ちゃんの目が光ります。
きらり。魔奇さんの目も光りました。
「もちろん、川遊び一択」
「さすが、我が配下だ」
二人は強く握手を交わしました。
「じゃあ、水着を持ってこないと」
私が言うと、少女たちは一斉に振り返ります。え、なになに?
「水着で川遊び! 夏っぽいね、平良さん!」
「水遊びといえばラムネだ! 夏を満喫しようではないか!」
「私、買ってくるよ」
「ほんと? ありがとう。わたしたち、その間に浮き輪とか膨らませておくね」
テンションが上がった魔奇さんに続き、みんなが次々に遊び道具を手にしていきます。
「ログハウスで着替えて、川に行ったら水着になろうっ。そうしよーう!」
あっという間に決定した川遊び。魔奇家が昔からよく行く場所のようですが、保護者の目が必要ということでサラちゃんも同行することになりました。
敷地内を出るので、改めて結界魔法をかけてもらいました。
遊び道具を運ぶ係になった魔奇さん、小悪ちゃん、きとん、シロツメちゃんは一足先に川へ。勇香ちゃんがタオル類などを借りる為に準備している間、私はヤドリギへ向かいます。
単独行動になってしまう為、すまさんによる簡易監視魔法がお供。不思議な光る球体が私のそばをふよふよ浮いています。
いざという時に簡単な攻撃もしてくれるそうです。行先がヤドリギということで、「とりあえずこれで大丈夫かな」と頷いたすまさん。
足を捻った前科があるので、「やっぱりもうちょい強くしておこう」と追加の魔法を使われました。
まるで火の玉みたいだなぁとおもしろく思いながら、夏の日差しを浴びながら歩くことしばらく。
だいぶ道順に慣れてきた先にヤドリギが見えました。
「こんにちはー。どなたかいますかー」
人気がないので、店先から声をかけます。すぐに「はーい」と返事がありました。
「あれ、平良さん。いらっしゃいませ」
「こんにちは、明杖さん。ラムネ六本、お願いします」
「あ、ごめん。まだ冷えてないんだ。さっき樽に入れたばかりで……」
「大丈夫だよ。川の水で冷やすから」
「川遊びか。じゅうぶんに気をつけるように、志普嬢」
いつの間にか、以前と同じ椅子に座った柏木さんの姿が。たばこみたいなお菓子を口にくわえています。
「はい、気をつけます。保護者としてサラちゃん……ってご存知ですか?」
「うむ。魔奇さんとこの使い魔だな」
そういう話も知っているのですね。柏木さんって何者なのでしょうか。
「彼女が見てくれるので大丈夫です」
「サラ嬢は火の扱いはうまいが、水は苦手だぞ」
「えっ、そうなんですか?」
初耳です。苦手なのに見てくれるのでしょうか。優しいひとですね。
「まあ、あそこの川なら平気だろう」
そう言うと、彼は目を閉じて黙ってしまいました。
常温のラムネを六本持って来た明杖さんは、どこか心配そうな顔で差し出しました。
「水の事故は怖いから、本当に気をつけてね」
「うん」
百円玉を六枚手渡します。「もう足を滑らせたから気を抜かないよ」
「えっ、ケガしたの?」
「ケガってほどじゃないよ。捻っただけ。もう平気」
「……いつ?」
「昨日だよ。森の中で野うさぎを追いかけて……あはは」
「不思議の国の平良さんはこれっきりでお願いします」
お金を受け取った彼に、私はラムネを一本差し出します。
「わかっています。はい、これどうぞ」
「えっ、それは悪い……」
言いかけて、彼はぎこちなく笑いました。「ありがとう。いただきます」
「明杖さんはバイトしているのに、私たちだけ遊んでいるのもなって」
「気にしないで。バイトするって決めたのは僕だから。それに、みんなが楽しそうだと僕も嬉しいよ」
「また写真送るね」
「うん、ありがとう」
私はラムネを抱えて魔奇家に戻ります。多少距離があるので、さすがに暑くてたまりません。はやく川に入りたいですね。
家に戻ると、勇香ちゃんとサラちゃんが準備を終えて待っていました。
「ごめんね。お待たせ」
「いえいえ~。それでは案内しますね」
「お願いします。あ、そういえばサラちゃん」
「なんでしょう?」
「柏木さんが言ってたんだけど、サラちゃんって水が苦手なんですか?」
「ああ~。そうですねぇ、ちょびっとだけ苦手かもしれません」
恥ずかしそうに頬を掻くサラちゃん。
「実はわたし、遠い時代は火竜という名前ではなかったんですよ~」
「では、なんと呼ばれていたのですか?」
カゴを抱える勇香ちゃんが訊きました。
「四代精霊の火って聞いたことないですか~?」
「ファンタジー小説の中で何度か。あれ、でもそうすると、サラちゃんって……」
私が答えると、彼女は向日葵のような明るい笑顔を咲かせます。
「はい、サラマンダーですよ~」
拝啓、お母さんお父さん。私が本の中の存在をコンプリートする日も夢ではないかもしれません。
お読みいただきありがとうございました。
すまサラの主従の話もいつかやりたいなと思ったり思わなかったり。




