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9話 体育館裏

閲覧ありがとうございます。

なにやら不穏なサブタイですが、平和です。

 

 放課後。

 帰る前に、私は体育館の裏に向かって歩いていました。その理由は、持っている紙にあります。


 《平良志普、今日の放課後、体育館裏で待つ》


 帰りのホームルームが始まる前、机の中に入っているのに気がつきました。相手の名前は書いていません。文字から推測するに、女子生徒だと思います。


 高校生活が始まってから、まだ一か月経っていません。何か問題を起こした記憶はありませんし、誰かとトラブルになった思い出もありません。

 ただ、自分の知らないうちに誰かを傷つけた可能性は否定できません。とりあえず、行ってみようと決めたのでした。


 体育館裏。人はいません。待っていればいいのでしょうか。


「桜、もう散っちゃったな……」


 暖かい日が続いています。満開だった桜は、もう緑色の葉が目立つようになっていました。

 淡い桃色の花。短い間しか見られない切なさはありますが、毎年春を楽しみにする理由になっています。季節ごとに違う顔を見せる花々は好きでした。


 もう少し見ていたかったと惜しい気持ちを抱いていると。


「来たか、平良志普」


 背後から声がしました。一体誰なのかと振り向くと、そこには。


「あれ、あなたたちは――」

「ちょっと、フルネーム呼び捨てなんて怖いじゃない。言い直して」

「ご、ごめん。つい力がこもっちゃって」

「ごめんね、平良さん。あと、来てくれてありがとう」

「志普ちゃーん、やっほー」


 数人のクラスメイトたちがいました。ほのぼのと手を振られ、私は振り返します。


「さっそくだけど、いい?」

「えっと、何が?」

「手紙に書いたことだよ。だから来てくれたんだよね?」

「それなんだけど、よくわからなかったから、とりあえず来たんだよ」

「あれ? ねえ、ちゃんと書いたんだよね? なんて書いたの? ……えっ⁉ なにそれ、果たし状か!」

「ごごごごごめん! 緊張しちゃってぇ!」


 問い詰められた、おそらく手紙を書いた人が何度も頭を下げました。


「一応、訊きたいんだけど、ケンカとかじゃないよね?」

「違う違う! びっくりさせてごめんね。今日、平良さんを呼んだ理由はね……」


 彼女たちは声を潜め、近づきます。思わず同じようにしました。一体何を言われるのでしょう。私の学校生活、どうなる――⁉


「魔奇さんとどんなこと話してるの⁉」

「…………ん?」

「どうやって仲良くなったの? もしかして、平良さんも魔女説ある?」

「いつも二人でいるから羨ましくて~。あたしも話してみたい」

「最近、お昼ご飯も二人だけで食べてるしねぇ」

「やっぱり魔法の話するの? 気になる~」

「ちょっ、ちょっと待って。つまり、みんなは魔奇さんに興味津々ってことでいい?」

「いい~」


 全員が声を揃えて頷きました。


 なるほど、そういうことですか。たしかに、購買チャレンジ以降、魔奇さんとお昼ご飯を食べるようになりました。それだけではありません。移動教室などのちょっとした時も魔奇さんは私の隣に来るようになりました。断る理由もなく、嬉しかったので受け入れたのですが、ふうむ……。


 はたから見れば、魔奇さんを独り占めしていることになりますね。それは申し訳ないことをしました。身の程をわきまえないといけません。


「あのクールな魔奇さんとの付き合いってどんな感じ?」

「しゃべるの? 魔法で念話?」

「目線って合わせられる?」

「…………ん?」


 何の話ですか?


「魔奇さんとまともに会話できた人って平良さんだけなんだよ」

「そうなの?」


 結構、話しやすいような。


「だって魔女だよ! 緊張する~」

「いつも短く済ませるよね」

「クールな顔で『そう』って」

「私の知っている魔奇さんと違うね」

「だからね、平良さんからアドバイスをもらおうと思って」

「アドバイス……」


 私は顎に手を当てて考えました。私とて、何か特別なことをしたわけではありません。話してみたい、お昼ご飯を食べたい。よくある話です。私は隣の席だったからまだ簡単だったのかもしれませんが、他の人は席も遠くて――。


「あ」

「何かひらめいた?」

「うん。作戦はね――」


 翌日。休み時間。

 昨日のクラスメイトたちが集まり、結果を訊きます。


「どうだった?」

「返事もらったよ」


 差し出したのはメモ帳に書かれた手紙。私の作戦を聞いた魔奇さんからの返事です。


「答えは……って、これは……?」

「呪文……?」

「魔法が使える人にしか読めない文章⁉」


 見た者の思考をかき混ぜる独特な文字。いえ、もはや芸術の域です。何が書いてあるかさっぱりわかりません。


「内容はその場で聞いたから伝えるね」

「お願い。切実に」

「『お誘いは嬉しいけど、まだ緊張しちゃうから数人ずつで』だって」

「つまり……?」

「いいよって」

「やったー!」


 両手をあげるクラスメイトたち。


 私がたてた作戦は、『みんなで一緒にお昼ご飯をたべよう』という簡単なもの。

 いつの間にか、数人のグループで集まるようになってしまった手前、誘いにくくなっていたのでしょう。私も魔奇さんと二人だったので他人のことを言えませんが。


 あまり話したことのない生徒もいます。女の子たちで集まってわいわい食べるというのも、楽しいのではないでしょうか。


「いくつかのグループで勝負して、勝者が代表して参加する?」

「トーナメント?」

「はやく話したいんだもん……」

「大丈夫だよ。まだ四月なんだから」


 時間はあります。焦らず、でも、はやる気持ちはそのままで。


「あのね、話したかったのは魔奇さんだけじゃないよ」


 一人がそう言いました。


「平良さんとも話したかったんだ」

「私? どこにでもいる普通の人だよ」

「そうかなぁ。普通に見えて、意外と大胆なところがあると思うけど」

「大胆……」


 思い当たる節がありません。私、問題起こしていませんよね?


「魔奇さんに、最初に声をかけたのも平良さんだったもんね」

「そうそう。一年二組専用傘立てとかも」

「噂で聞いたんだけど、席替えの発案も平良さんなんだって?」

「えっ、それは……、そうかも?」

「ほら、やっぱり。ちょっと大胆」

「それを言うなら……」


 私は、呼び出された場所が体育館裏だった理由を思い出しました。


「みんなも大胆だよ」

「ああ、裏のあれ? いいでしょ」

「うん。魔奇さんにも教えてあげていい?」

「もちろん」


 昼休み。

 数人加えたお昼ご飯の時間。魔奇さんは案の定、緊張してカチコチでした。クラスメイトたちはイメージの変化を感じつつ、親しみやすさに微笑んでいました。


 彼女の心の負担を減らす為、いつもより早く終わった食事。まだ時間があったので、私は魔奇さんを誘って体育館裏にやってきました。


 昨日、なぜこの場所に呼び出したのか訊いた時のことです。


「呼び出しと言えばここのイメージだよね」

「怖がらせるかもしれないじゃん」

「言葉足らずでごめんね。ここに選んだ理由っていうのがあってね、ほら」


 そう言って指さした場所。


「魔奇さん、あれ見て」

「んー? あっ!」


 体育館裏。学校の敷地外の向こうにある木々の中に一本だけ咲いているのは。


「桜……。まだ咲いてたんだ」

「他はもう散っちゃったけど、あの木だけ綺麗に咲いてるんだ」

「嬉しい。また来年かぁって思ってたから」

「あと数日は見られそうだね」

「よく見つけたね」

「ああ、それは……」


 魔奇さんと話す為に話題を探していたクラスメイトたちが偶然見つけたそうです。だから、彼女がいなかったら、クラスメイトたちは探さなかったでしょう。

 ひそかに咲くあの桜は、魔奇さんがいたから発見されたとも言えるのです。物は言いようですね。


「魔奇さんのおかげだよ」

「どういうこと?」

「詳しくは、みんなとのお昼ご飯の時にね」

「うっ……。まだ緊張する……」

「私と話している時はそんな感じしないよ?」

「それは……」


 魔奇さんはそっぽを向きました。


「……相手が平良さんだから…………」

「ん?」

「な、なんでもないよ」


 相変わらずどこかを見ています。隣にいるのに、彼女の顔が見えません。


「ねえ、魔奇さん」

「ん?」

「桜、そっちじゃないよ」


 彼女は私を見ないまま、小さな声で言いました。


「わかってるよう……」


お読みいただきありがとうございました。

魔奇さんは字が汚いわけではなく、緊張で手が震えた為、芸術的な返事になってしまったそうです。無念。

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