89話 魔法を使う者と証
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すまさんは、被った三角帽子に手を添えながら杖を目線の高さに上げました。杖先に淡い光が灯り、見惚れてしまいます。
「魔法使いとは、その名の通り魔法を使う者のこと。女性の場合は魔女と呼ばれるのが一般的かな。とりあえず、わかりやすいように魔法使いで統一して説明するよ」
杖先の光が弾け、空中にふわふわとした人型が浮かびます。頭の辺りに三角帽子があるので、魔法使いを表しているのでしょう。その隣には、何も被っていない人型がありました。
「魔法使いとそうでない人間の違いは、ずばり魔力の有無。これは生まれつきだから、志普ちゃんが魔法使いになることはできない」
「そうなんですね」
「うん。逆に、持っている魔力を失くすこともできない。こればかりはどうしようもないね」
三角帽子を被った人型の中に小さな光の玉がありました。ほのかに光るそれは、消えることはありません。
「魔力を持っているからといって、必ず魔法使いとして生きなきゃいけないわけではないよ。自分の人生だからね。どうしたいかは自分で決めればいい。わたしは魔女を選び、すぺるも魔女を選んだ。ただ、魔法を使わない選択をしたのなら、魔力を持つ者としての責任を果たさないといけない」
「責任?」
「知ることさ。魔法がどういうものか、ちゃんと知っていなきゃいけない。志普ちゃんにもわかるように言うなら、使い方を間違えたら危険な機械を常に持っているとして」
脳内で想像します。なんとなくチェーンソーが思い浮かびました。常時チェーンソー携帯はかなり怖いですね。
「魔法を知る魔法を使わない者。それもまた、魔力を持つ者の生き方のひとつ」
「世界の見方は人それぞれ、ですか」
頷いたすまさんは、「ねえ、志普ちゃん」と私の瞳を覗きこみます。
「なんですか?」
「志普ちゃんはこの三角帽子のことをどう思う?」
傾けた顔に呼応し、彼女の帽子が揺れました。少々大きめのそれは、不思議で怪しいこの部屋に驚くほど似合っていました。
「三角帽子……。魔法使いだなって思います」
幼いこどものような回答をしてしまい、恥ずかしさから視線をそらします。しかし、すまさんは「ちょっと惜しい」と笑顔を浮かべました。
「志普ちゃんの持つイメージは正しい。けれど、わたしたちのような魔法を使う者にとっては少し違う」
「少し?」
では、合っている部分もあるということです。一体どういうことでしょう。
「三角帽子は、魔法を使う者の証なんだよ」
「魔法を使う者の証……。魔法使いの証ではないのですか?」
「厳密には違うんだよ。魔法使いは魔力さえあればそう呼べる。でも、魔法を使う者はまさしく、自らの意思で魔法を使う人のことを言うのさ」
ややこしいようですが、彼女が言いたいことはわかりました。魔力を持っていても、魔法を使わない選択をした者は、後者に該当しないのでしょう。魔法使いだけど、魔法を使う者ではない。その人は、三角帽子を被らない。
すまさんは、話がこじれるから魔力があれば魔法使いで問題ないと言い、話を続けます。
「三角帽子はね、『自分は魔法を使う者ですよ』という意思表示なんだよ」
「意思表示をする必要があるのですか?」
「それは人によるけれど……。魔法の力はいいことにも悪いことにも使える。だから、魔法にいい思い出がない魔法使いも世の中にはいるんだよ」
それは、まさしく私の知らない世界の話。今の私が踏み込んではいけない先の話。
「魔力を持つ者にとって、三角帽子を被ることは、自分が魔法使いだという宣言。魔法使いとして生きていくと誓った証。魔法使いの自分を受け入れた証拠」
「しるし……なんですね」
「世間一般で広まるイメージそのものだろう? 魔法使いが三角帽子を被ることで、魔法を使わない者にも浸透したのさ。ほうきや杖よりも強固な魔法使いの証なんだよ」
「そうなんですね……。そういえば、魔奇さんも三角帽子を被っています」
「あの子が魔女として生きると決めた時に受け継いだものだよ。いまの話の通り、魔法使いにとって三角帽子はとても重要な意味を持つ。少しずつ、経験を積みながら自分だけの三角帽子にしていくんだよ」
「自分だけの三角帽子……」
なんだか、私までどきどきしてきました。魔奇さんのこれからが明るいものであればいいなと願わずにはいられません。
「実はね、あの子の三角帽子は未完成なんだよ」
「作りかけなんですか?」
「うん。チャームがついていないんだ」
「チャームですか。あ、すまさんの三角帽子の先についている?」
かすかな音とともに揺れたネジのチャーム。見間違いかと思っていたのですが、どう見てもネジです。なんでネジ?
「そうそう。おかしいでしょ? ネジのチャームってなに⁉ って」
「すまさん、ネジがお好きなのかと」
「あははっ! これね、パパの仕事道具なんだよ」
「すぱさんの……。たしか、機械の修理などをしているんでしたっけ」
すまさんは目元の涙を拭いながら頷きます。笑いすぎて泣いてしまっていますね。
「そうそう。わたしたちが出会った時、あの人は壊れた機械に囲まれて汚れていてね」
彼女は遠い日を思い出すように視線を上げました。柔らかな微笑が優しくて、私の頬も自然と綻びます。
「志普ちゃんが聞いたら呆れちゃうと思うけど、あの人ね、修理中に機械が爆発して大変なことになったのよ?」
「ケガを?」
「そう~。ほんとに困っちゃうよね。そのケガをわたしが治して、お礼にってもらったのがこのネジ。普通、お礼なら飲み物とかじゃない⁉ ネジって! あはは!」
部屋に響く笑い声は明るく、つられて私も笑みをこぼしました。初めて聞くお礼ですが、とても素敵だと思いました。だって、すまさんがこんなにも嬉しそうなのですから。
「すまさんはそのネジをチャームにして、三角帽子を完成させたのですね」
「その通り。チャーム付きの三角帽子を受け継ぐ一族もいるみたいだけど、魔奇家は自分だけの帽子を作ることを一人前の条件のひとつにしているの。なんでかって言うと、チャームが二つ名を表すからなんだよ」
「二つ名?」
「そう。本名を隠して生きる魔法使いもいるから、二つ名はとても重要なの。ちなみに、わたしは『ネジ』の魔女」
ネ、ネジの魔女?
思いがけない二つ名に、うまい感想が出てきません。予想していたのでしょう、すまさんはくすくす笑うだけで何も言いません。
「おかしいでしょ? チャームは慎重に決めないと、後で痛い目みることになるのよ」
「でも、思い出が詰まっているネジなら、素敵だと思います」
「そう言ってもらえて助かるよ。でもねぇ、せめて『機械仕掛けの魔女』ならかっこいいいのにネジって……。は~あ、わたしの母みたいに『これぞ!』って二つ名にすればよかったなぁ」
「すまさんのお母さんも魔女だったんですか?」
「そう。魔奇家は魔女が生まれる家系だからね。母の二つ名は『綺羅星』。夜空にきらきら光るお星さまのこと」
「わあっ、素敵ですね」
今度は素直に感想が出てきました。綺羅星の魔女なんて、名乗りたくて仕方なくなります。
「でしょ? 二つ名の大事さがわかったかな?」
「あはは……」
思わず失笑してしまいました。
でも、すまさんとすぱさんを繋いだネジ。それが魔奇さんに続いていくのです。この世で一番素敵なネジだと思いました。
「魔奇さんの三角帽子が完成するのが楽しみですね」
「ああ、それは……。心配しなくても、存外近いうちに完成するんじゃないかな」
くすりと笑う彼女に、私は不思議に首を捻ります。
「どういうことですか?」
「それはもう少し後で。さて、次は今まで以上に大事な話をするよ」
「大事な話?」
すまさんは一転し、真剣な表情になりました。私は緩んでいた背筋を改めて伸ばします。
「今から話すのは、魔法使いにとって絶対に知っておかないといけないこと。禁忌魔法についてだよ」
お読みいただきありがとうございました。
なんだかとってもファンタジーになってまいりました。




