87話 お説教
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怒られる人は平良さんか魔奇さんか、はたまた二人か。
家までやってきた私たちは、用事があるというすまさんを探します。彼女はリビングでお茶を飲んでいました。私たちを見つけると、軽く手招きをします。
「よくきたね」
「よくきたねって、お母さんが呼んだんでしょ」
「そうそう、すぺるにおつかい頼もうと思って。魔法薬のお届け、お願いしていい?」
テーブルに置いてあったカゴの中には、数本の小瓶が入っていました。手紙も何通か確認できます。使い方が書いてあるのかもしれませんね。
「まさか、用事ってこれ?」
「そうよ。魔女にとって大事な仕事でしょ」
「そうだけど……、なんで平良さんまで呼んだの? わたし、まだほうきの……」
ぎこちなく私を見る魔奇さん。ほうきがどうかしたのかな?
「志普ちゃんにおつかいはさせないよ」
「じゃあ、どうして」
「決まってるじゃない。わたしとお話するの」
「お母さんと話? なんの?」
「とーっても大事なお話だから、すぺるには教えられないな」
「なにそれ、どういうこと?」
詰め寄る魔奇さんですが、すまさんは飄々と躱すとカゴを手渡します。
「それじゃあ、おつかいよろしくね。一件につき百円の報酬が出るわよ」
「こどもの時と一緒じゃん!」
「駄菓子は買える」
「駄菓子しか買えないんだって」
唇を尖らせる魔奇さんですが、小瓶を届けることは大事なのでしょう。ほうきを出すと、すぐに腰かけました。頭には三角帽子が乗っています。
すまさんをじとりと見つめ、「平良さんに変な話しないでよ」と釘を刺します。魔奇さんにまつわる変な話があるってことになりますが、いいのでしょうか。私、気になります。
「しないしない。はい、いってらっしゃい」
「どうだかなぁ……。平良さん、おかしなこと訊かれても答えなくていいからね。すぐ戻るから! いってきます!」
カゴをほうきに引っかけ、瞬く間に空へと昇っていく魔奇さん。ほうきに乗った彼女の姿が木々の向こうに消えていきました。
「さて、志普ちゃん。すぺるも行ったことだし、さっそくお話しよっか」
軽やかに言うので、私は困惑しつつも促されるまま座ります。サラちゃんがお茶だけ出すと、すぐにリビングから出ていきました。
友達のお母さんと二人きり。あまりない状況に、私は正座した膝に乗せた手を握り合わせます。
「緊張しなくていいよ。娘が初めて連れてきた友達がどんな子か、ちょっと興味があっただけ」
「私だけでいいんですか?」
「うん。というより、志普ちゃんだけじゃないといけない」
「……えっと?」
言葉の意図がわからず、遠慮がちに目をやります。すまさんはお茶をのんびりと飲むと、私に向き直りました。
「ねえ、志普ちゃんにとって、すぺるはどんな人?」
思いがけない質問ですが、素直に答えるべく口を開きます。
「大事な人です。最初はミステリアスでどう話しかけていいかわからなかったけれど、隣の席になって話すうちに、どんどん彼女のことを知るようになりました」
すまさんは微笑んで続きを待ちます。
「魔女って聞いた時は驚きましたが、私にとって魔奇さんは大事な友達のひとりで、魔女がどうのってわけではないというか……」
視線を斜め上にやりつつ、適した言葉を探します。
「私が所属するサークルには不思議な人がたくさんいて、でも、不思議だから何ってわけでもなくて、みんな大事な人なんです。その中で私は普通の人だけど、それを理由に離れたくはないと思います」
抱いているものがうまく言葉にならない感覚がもどかしく、顔を上げたり下げたりしながら話していきます。
「大事な友達だから、もっと彼女のことを知りたいと思うし、力になれることがあればなりたいと思っています。今は……、助けられてばかりだけど、私にしかできない何かがあればいいなって……。魔奇さんは、なんにもなかった私に素敵な日常をくれた人だから」
途中から、上手に話そうという気持ちは捨てました。ただ、思っていることをすまさんに渡していきます。おかげで、本音というものを言えた気がしました。
そう、魔奇さんやマジマジのみんなは私に素敵なものをくれる人々。だから、力になれることがあれば、喜んで手を伸ばすでしょう。もし、それが私にしかできないことならば、躊躇いなど一切なく。
「うん、ありがとう。なんだか嬉しくなっちゃった」
すまさんは顔いっぱいに笑顔を浮かべ、安心したように胸に手を当てました。
「すぺるから聞いたかもしれないけれど、あの子は高校進学まで夜魔地方を出たことはなかったんだ。学校もひとりで、友達と呼べる人は思い浮かばないくらい。だから、志普ちゃんのような子に出会えて、あの子は幸せ者だね」
「そんな、私の方こそ……」
慌てて手を振るものの、彼女もそうだったらと願わずにはいられません。
「志普ちゃんは自分のことを普通だと言うけれど、すぺるにとっては魔女であることが普通。結局、見ている世界によるわけさ。何もないとへりくだる必要はどこにもないよ」
「そう……でしょうか」
「そうさ。それに、わたしは志普ちゃんが思ったより大胆な子だって知っているよ」
「大胆?」
すまさんの目が怪しく光りました。
「とってもね。まさか、初日にわたしの結界魔法を壊すとは思わなかった」
「ぎくっ」
な、なんのことやら。
「言ってなかったんだけど、あの結界魔法、壊れたらわかるようにしておいたんだ」
「そ、そうなんですね」
先に言ってよ!
「昨日、志普ちゃんの結界が壊れたのを感じたんだけど……、一体何があったのかな?」
穏やかな笑みですが、しらばっくれる余裕はありません。まさか、私と二人だけで話をしたいって、このこと……⁉
「あ、あの……」
「うん?」
「実は、昨日……」
嘘を言ってもすぐバレるでしょうし、嘘を言う必要もないと思いました。私は昨日あったことをすまさんに説明しました。助けてくれた魔法生物のことを除いて。
「……なるほど、森の中で魔法生物に襲われた、か。ごめんね、怖い思いをさせて」
「すまさんが謝ることでは……」
「いいや。わたしには志普ちゃんを預かっている者として保護者の責任があるからね」
「でも、無事でしたから」
「捻挫したのに無事?」
私は、つい首をすくめました。逃がしてはもらえないようです。
「あとで治療するね。それと、襲ってきた魔法生物が言ったことなんだけど、対策を練る必要があるね」
「対策?」
魔法でもかけるのでしょうか。
「特段鼻がいいわけでもない魔法生物でも、魔力の有無なんて一目瞭然。どこにでもいる動物みたいな姿をしていても、人型に化けていても、相手が魔法生物だとわかるのが、魔法生物なのさ」
すまさんは人差し指を立てて言うと、指を開いててのひらを私に向けました。
「志普ちゃんのような魔力のない人間でも、そばに魔力を持った人間や魔法生物がいると、移り香として魔力を感じてしまうことがある。今回の原因のひとつだね」
ということは、私が魔奇さんから離れれば解決。でも……。
「そんな心配そうな顔しなくていいよ。すぺると一緒にいたいなら、わたしはそれを叶える」
「……できるんですか?」
「もちろん。魔女だからね」
にっこりと笑う彼女に、湧き出た不安がいくらか解消されました。
「その為に、ちょっと準備がいるんだ。待ってくれるかな」
「はい。……あ、その間にお手洗いお借りしてもよろしいですか?」
盛大に転んだ時、土がついたのにそのままでした。さっと綺麗にしておきましょう。
「リビングを出て、廊下の突き当りを左に曲がった先だよ」
「ありがとうございます」
立ち上がった私は、足首に鈍い痛みが走ってつい「いたっ」と口に出してしまいました。
おそるおそるすまさんを見ると、先ほどの笑みを浮かべたまま、私をじっと見ていました。
「志普ちゃん」
「は、はい」
「先に治療しよっか」
有無を言わせぬ雰囲気で、私が座っていたところを示すすまさん。私は頷くことしかできません。
「お願いします」
「よろしい」
お読みいただきありがとうございました。
怒られたのは平良さんでした。




