85話 バーベキュー
閲覧ありがとうございます。
BBQです。BBQ。うれしいですねBBQ。
無数のライトに照らされたバーベキュー会場には、魔奇家の人々とマジマジメンバーが集まっていました。サラちゃんが準備してくれた食材を網の上に乗せ、炭火で焼いていきます。
手作りだという木製の椅子を人数分運んでくれた男性は、私たちに「初めまして。それと、ようこそ。何もないけど、楽しんでいっておくれ」と軽く挨拶するとゴミの回収に向かいました。
「すぺるの父上か?」
「うん。魔法は使えないけど、めちゃくちゃ手先が器用だから頼っていいよ。壊れた機械とかすぐ直しちゃうから」
「ある意味では魔法のようですね」
「わたしは修理の魔法が全然だめだから、わたしにとってお父さんは魔法使いだよ」
「UFOも直せるんだっけ」
「たぶんね。そうだ、空乃さんのUFO修理を頼まないと」
ちなみに、魔奇さんのお父さんの呼び方は『すぱさん』です。スパだとリラクゼーション施設になるので注意です。
「いいよーって」
すぱさんに訊きに行っていた魔奇さんが戻ってきました。いいよーって、ほんとにUFOを修理してしまうのでしょうか。
「お父さんくらい手先が器用だったら、もっと魔法を上手に使えるんだけどなぁ」
「では、練習すればよい。ほれ、すぺる。トングだぞ」
「焼けってこと? はいはい、やりますよ」
「火加減がわからんのだ」
「心配なら、食べる前にはさみで切るといいよ。野菜の火加減は……」
バーベキューの作法をレクチャーする魔奇さん。それを聞きながらお肉に意識を奪われる小悪ちゃん。黙々と焼き続ける勇香ちゃん。焚き火を眺めるきとん。私はお皿や箸をテーブルに並べながら、空を見上げて今日のことを思い返します。
長い時間をかけてやってきた夜魔地方。豊かすぎる自然に圧倒されつつも、非日常を味わいました。
偶然にも、明杖さんのバイト先が近所だったことで、マジマジが全員揃う奇跡もありました。お仕事の合間に話ができたら嬉しいですね。
そして、私の軽率な行動によって遭遇した魔法生物。撃退してくれた魔法生物との出会い。とても渋くて良い声の彼のことは、まだ誰にも話していません。どう話してよいかわかりませんし、彼は人間を助ける魔法生物でした。危害を加える魔法生物は倒されたのなら、ひとまずは安心のはず。
わいわいバーベキューに取り組む彼女たちに水を差したくありません。
「お肉焼けたよー。食べよっ」
「いただきますなのだ! あっつ!」
「焼きたてだからね。野菜もいいよ。焼きとうもろこし食べる人~」
「んにゃ!」
飛びついたきとんが焼きとうもろこしにかぶりつきます。
「平良さんもどうぞ」
「ありがとう」
受け取ったお肉を一口。味付けはお塩ですね。こんなにおいしいお肉は初めて食べました。ただ焼いただけといえばそれまでなのに、なぜかとてもおいしく感じられるのです。
満足した私は、トングを借りてみんなが食べる分を焼いていきます。脂の乗った煙が鼻先をかすめ、食欲をそそります。
「魔奇さん、どうぞ」
「ありがとう」
バーベキューは初めてなので、上手に焼けたか心配です。生焼けにならないよう、少々熱を通しすぎたような気がしてきました。せっかくなら、おいしく焼けたものを……と思いましたが、さっそく食べた彼女が笑顔の花を咲かせるので、私は口をつぐみました。
「おいしいっ!」
「よかった。焼き加減が難しくて心配だったんだ」
「たしかにちょっと焦げているけれど」
正直な魔奇さんはあっさりと言いました。うぐっ……、やっぱり焦げてた。
「でも、今まで食べた焼肉の中で一番おいしいよ」
「焦げてるのに?」
「焦げてるのに。なんでだろう?」
「お肉がいいのかな」
「うちでいつも買ってくるやつだけど……」
首を捻る彼女に、私も同じように顔を傾けました。
「あ、わかった。あれじゃない? お米のおこげがおいしいのと一緒」
人差し指を立てた魔奇さんが閃いたという顔をします。
「なるほど。ちょっと焦げるくらいがおいしいってことかな」
「たぶん! わかんないけど!」
あいにく、今日のような経験がない私にはわかりません。おこげ、好きな人は好きですよね。そういうものかな。
「みんな~、アヒージョができましたよ~。おにぎりを結んできたので、焼いて食べてくださいな~」
「やった、サラちゃんの土釜ご飯! お醤油やお味噌を塗ってもおいしいよ。平良さんはどうする?」
「そうだなぁ。魔奇さんのおすすめはある?」
「味噌とねぎを混ぜて焼く!」
なんですかそれ、めちゃくちゃおいしそう。
「それにする」
「わたしに任せて。おいしい加減はばっちりだから」
「ぜひお願いします」
お辞儀をすると、彼女は腕まくりをしながら「お任せあれっ」と得意げに笑いました。
誰かが焼いている姿も、食べている姿も、どれも心が満たされる光景です。つい箸を止めながら彼女たちを見ていると、ポケットに入れた携帯電話がぴろんと鳴りました。
《志普、楽しんでる?》
母からのメッセージでした。すまさんとの約束もあるので、食事中ですが返信しましょう。
《楽しんでるよ。どこを見ても緑がいっぱいで、自然豊かなの》
ちょうど電波もあるので、今日撮った写真を何枚か送信します。画面が緑色に染まりました。
《あらほんと。目がよくなりそうだね》
《つい遠くを見るから、帰るころには視力がすごくよくなっているかも》
《お医者さんいらずね。そうだ志普、上を見てごらん》
上? そう思い、首を上げると。
「わあ…………、すごい星空」
向こうでは見られない満天の星空が広がっていました。強い輝きも弱い輝きも無数に空に浮かんでいます。あかりのない田舎では星がきれいだと聞いていましたが、まさかここまでだとは……。
天体望遠鏡のいらない世界。でも、これだけの数があっても、かすかな光は目に届かないのでしょう。
他の光にかき消されてしまう淡い星。等星でいうなら、六番目の星。あるはずなのに、その光が見えない星です。
「きれいでしょ?」
いつの間にか、魔奇さんが隣に来ていました。
「焼きおにぎり持って来たんだ。どうぞ」
「ありがとう」
お皿に乗せ、落ちないように気をつけながら一口食べます。うわ、おいしい! びっくりした!
静かに驚愕する私に、魔奇さんは気づかず続けます。
「ここ、星がすごくきれいなんだけど、わたしにとっては毎日の空だから、いつしかなんとも思わなくなってた。いつもの星だなって」
「…………」
焼きおにぎりを食べている私は、黙って言葉の先を待ちます。
「今日、ひさしぶりに見て、なつかしいとは思ったけど、やっぱりいつもの空だと思ったんだ。だから、みんなで星を見ることすら頭から抜けてた。せっかく星空観察のチャンスなのに」
彼女は自分自身が衝撃の対象とでもいうように肩をすくめました。
「でも、平良さんが星を見ているのを見て、『あれ?』と思った」
彼女がこちらを見ます。暗がりの中でも、彼女の真っ白な髪は不思議な存在感を持っていました。どこにいても見つけられる。そんな存在感が。
「いつもと同じ星空のはずなのに、いつもよりきれいに見えた。なんでだろうね」
焼きおにぎりを飲み込んだ私は、首を捻りながら答えます。
「さっきのおこげ理論かも」
「おこげ理論かぁ。なるほどね!」
何度も頷く魔奇さんに、テーブルの上で焼きとうもろこしを食べていたシロツメちゃんが耳を伸ばしました。
「ねえ、ツッコみ役っていないの?」
お読みいただきありがとうございました。
そろそろツッコみ役がシロツメになりそう。




