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83話 異形の生き物

閲覧ありがとうございます。

ピンチの平良さん。


 おそるおそる振り返ると、漆黒の闇の中からのそりと出現したのは異形の生き物でした。


 うぞうぞとうごめく無数の腕らしきものが四方に伸び、ゆうに五メートルはある暗黒物質の中央には口のような空間が開いています。ねちゃりと不快な音をたてるそこから、赤い液体があふれ出ていました。


 日常的に嗅ぐものではない匂いが鼻先をかすめ、本能が『逃げろ』と警告します。


 慌てて立ち上がろうとしましたが、滑った時に捻ったのでしょうか。足首に鋭い痛みが走り、その場に倒れ込みます。這うようにして壁際まで移動しますが、これ以上は逃げ場がありません。


 それに……。

 私は叩きつけられた時の光を思い出します。あれはたぶん、張ってもらった結界魔法が壊れた合図。つまり、今の私は完全に無防備な状態ということ。


 魔女の魔法もない。魔王の力もない。勇者の勇敢さもない。化け猫の鋭い爪もない。私には、なにもないのです。


 できるだけ呼吸を静かにしようと努めますが、絵本で見た魔物のごとき姿に常識が壊れる音がします。非日常に放り込まれた私は、不安と恐怖で怯えることしかできません。よくないものが身体を満たしたことで、酸素が不足していると催促の働きに襲われます。


 荒い呼吸を繰り返し、うるさいほどの鼓動が全身を揺らすとなれば、異形の生き物が気づかないわけがないのです。


 手と口だけのそれは、緩慢な動きでこちらを見ました。目は確認できません。しかし、確実に『見られた』と判断できました。なぜなら。


「…………あ」


 ゆっくりと、こちらに近づいてくるのがわかりました。尋常ではない数の何かが私を捕まえようと伸びてきています。

 不快な音を出していた口が大きく開きました。ぼとり。よくわからない何かが落ち、異形の者が踏みつけます。赤いものが私の足元まで飛び散り、咄嗟に痛む足を引き寄せました。


「おまえ」


 身体の奥底から響く低い声。いくつもの音が重なっているような違和感に、不安が加速していきます。


「おまえ、魔力もない人間のくせにおれを見るとは生意気な」


 怒りを孕んだ声に、どうにか逃げ場を探そうとしていた身体がすくみます。


「魔女でもないのに魔法生物の匂いもつけているな。うまそうな猫の匂いもする」


 巨体がゆらゆらと動きました。笑っているようです。


「おまえ、おまえ、生意気な人間。魔法生物と猫の居場所を吐いたら逃がしてやる。どうだ?」


 私に、シロツメちゃんときとんを売れと。


 それを聞いた瞬間、恐怖よりも怒りが勝りました。あれほど全身を支配していた真っ黒なものが消え去り、強い怒りに覆われていきます。


 直視しないようにそらしていた目を前に向け、「絶対に言わない」と宣言しました。巨体の動きが一瞬、止まり、辺りの空気ががらりと変わったことに気づきました。


「ばかな人間。言わないなら喰ってやる」


 どうせ、教えたところで食べるつもりだったくせに。得体の知れない異形の生き物を前に、私は変に強がることしかできませんでした。


 下手に悲鳴をあげれば、魔奇さんたちが気づいてやってきてしまう。彼女たちが襲われることだけは、絶対に避けなくては。


 私を捕える為の腕が伸びてきたのを見ました。震える唇を真一文字に結び、滲む視界で異形の生き物を睨みます。これが、私にできる最後のこと。


 そう思った時でした。


 横から矢のごとく飛びかかった銀色により、黒い腕は私の前から消えました。瞬く間の出来事に、息をするのも忘れて力なく壁に寄りかかりました。すぐそこにあった死の脅威がなくなったことで、うまく力が入りません。


 痛みよりも怒りによる咆哮をあげた異形の生き物は、自分の腕を奪った相手にすべての腕をぶつけようと向かって行きます。しかし、闇に潜む銀色の何かは、流れ星のように瞬きながら軽やかに避けていきました。腕をもぎ、攻撃を躱し、腕をもぎ、攻撃を躱し……。


 繰り返すことしばらく、すべての腕を失った異形の生き物は、最後につんざく悲鳴をあげて闇の中へ逃げていきました。


 呆然と見ていた私は、何かが赤く光ったのを見て身体を硬直させます。そうだ、まだ助かったわけじゃない。見ていないで逃げなきゃいけなかったのに。


 とはいえ、激しい戦闘が行われていた最中では、隙を見て壁をよじ登るなど到底不可能でした。新たな敵が出てきたとしか思えません。再び陥った死の危機に、私はまた、向き合うことしかできません。


「ケガはないかい、お嬢さん」


 闇の中から聞こえたのは、男性の声でした。しかし、ここに人間はいません。いるのは、異形の生き物を倒した謎の何か。


「おや、もしかしてケガを?」


 私が答えなかったからか、声は再び問いました。


「あの……」


 想像以上にかすれた声が出てしまいました。喉に手を当てながら、ゆっくりと近づいてくるそれに問いかけます。


「あなたは、助けてくれた……んですか?」


 闇の中から出てきた銀色の獣。赤く光る二つの目が私を捉えます。


「そうさ。とって喰やしないから安心しな」


 穏やかに言われ、私の中に巣食っていた恐怖と不安がほどけていくのを感じました。


 足音も立てずに近寄ってきた獣は、一見すると大型犬のようですが、はたして犬なのでしょうか? しかし、流暢に言葉を話しているところをみるに、普通の犬ではないのでしょう。


 色々と訊きたいことも言いたいこともありますが、私はとあることで頭がいっぱいでした。


「……めっちゃ」

「めっちゃ?」

「…………めっちゃいい声なんだけど……!」


 獣の三角耳がへにゃりと曲がりました。


「お嬢さん、怖くておかしくなったか?」


お読みいただきありがとうございました。

低くて渋い素敵な声。お好きなCVで再生してください。

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