80話 山奥のログハウス
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ログハウスで昼寝したい人生。
すまさんを先頭に、山道を歩くこと十分。小悪ちゃんが不満を口にしそうな頃、それは姿を現しました。
「ここが、夏休みを過ごすログハウスだよ」
彼女が示した場所には、こじんまりとした木造の一軒家がありました。そこまで大きくはないものの、ずっしりとした雰囲気に圧倒されます。
魔奇さんの家からさらに山奥、周囲は見渡す限り木でした。葉の隙間から差す木漏れ日が地面や家を照らし、風に揺れる枝が爽やかな音を奏でています。
真夏のはずなのに、どこか涼を感じるログハウス。テレビで観たことはありますが、実際に使うのは初めてです。『これぞ!』という建物を前に、胸の高鳴りが収まりません。
設備の説明をするということで、すまさんが鍵を開けて入っていきます。あとに続くと、途端に鼻先をかすめる木の香り。どことなく芳醇な土の香りもしますが、山が深いからでしょうか。
歩いた汗がすうっと冷えていきます。室内は冷房で冷やされていました。
「ここにはある程度の設備が整っているから、気兼ねなく過ごしてもらっていいよ。トイレ、お風呂場、簡易的な台所。水場は一通り揃っているし、問題なく使える。お布団は用意してあるものを寝る時に敷いてね。ここにいる間、クーラーはつけっぱなしでいいよ。トラブルがあったら呼んでちょうだい。基本的に、ログハウス内のものは自由に使ってもらっておっけーだからね」
ざっと説明し終えると、「質問はあるかな?」と私たちを見ます。
「本当にお金を支払わなくてよろしいのですか?」
胸の前で手を挙げる勇香ちゃんが言いました。
「もちろん。娘の友人に払わせるなんてしないよ。それに、許可を出したのはこっちなんだから、遠慮しないでね」
「クマは出たりしないか?」
相棒のぬいぐるみを抱きしめながら、おずおずと言う小悪ちゃん。クマのぬいぐるみはかわいいですが、本物は出会いたくありませんね。
「それも大丈夫。実はこの辺り、すごく山に見えるけど魔奇家の所有地なの。だから、敷地内には結界が張ってあるからクマは入れない」
「結界って、魔奇さんがUFO墜落事件の時に使っていた魔法のこと?」
隣を見ると、「そうだよ」と彼女は首肯します。
「あれよりも強度は段違いだから、クマや他の野生動物の心配はしなくていいよ。お母さん、めっちゃ強い魔女だから」
魔奇さんもすごいと思うのですが、それ以上ということですか。ふうむ、興味が湧いてきました。
「ただ、敷地内の外は危険がいっぱい。だから、わたしと約束をしてくれるかな?」
すまさんは真剣な顔で全員を見つめます。
「ひとつ、敷地内から出る時はわたしに一言かけること。強力な結界魔法をかけるからね。効果の持続時間があるから、出かけるたびに言いに来て。致命傷になるようなダメージでも、一度までなら守ってくれる魔法だよ」
「そんな魔法があるのか!」
好奇心が勝る小悪ちゃんが弾んだ声を出します。
「外の世界は危険ばかり。クマなんてかわいいものさ。崖から足を滑らせたり、魔法生物に襲われたり、遭難したり。だから、ちゃんと言ってから遊びに行くんだよ」
「わかったのだ!」
だいぶ怖いことを言われていますが、旺盛な心で隠れているようです。
「ふたつ、山の中に行く時は、必ず二人以上で行動すること。少し遠いところには崖もあるから気をつけて」
「何らかの理由でひとりが動けなくなった時、助けを呼べるように、ですね」
「その通り。みんな、携帯電話を出してごらん」
言われて取り出すと、画面の上部に見慣れない記号がありました。
「あ、そうそう。この辺はだいたい圏外だから、強い電波が欲しかったら少し歩かないといけないよ。向こうの家の中は通じるけど、弱いから」
思い出したように魔奇さんが言いました。彼女から話を聞いていた私はともかく、その他の人は『まじか』と困惑の表情を浮かべます。しかし、すぐに『それもそうか』と納得した様子。ここまでの旅路を考えると当然でした。
「みっつ、一日一回は保護者の方と連絡を取ること。電話でもメッセージでも、『元気だよ』と伝えることを忘れずにね。連絡したい時は、あっちの家まで来ればできるから。この三つを守ってくれると約束してくれるかな?」
私たち全員は首を縦に振りました。守ります。純粋にルールを課した理由が怖いので、守る以外の選択肢がありません。それに、母にもこちらの様子を教えたかったので、三つ目も問題ないですね。
「よし、それじゃあ目一杯自然を楽しんで! 困った事や聞きたい事があったら、わたしやサラになんでも訊いてね」
「何から何までありがとうございます」
お辞儀をする私に、すまさんは笑い声をあげました。
「いいのいいの。むしろ、来てくれてありがとね。こんな山奥だから、人も来なくて。ささ、せっかくの夏休みなんだから、たくさん思い出を作るんだよ」
楽しげに説明を終えると、すまさんは自宅に戻っていきました。
私たちは荷物を空いているスペースに置き、ログハウスの中をうろうろ。会話が少ないのは、驚きと期待で言葉が見つからないからでしょう。
しばらくして、合図することなくリビングに集合した私たちは、これからのことを話し合うことに。
「ええと、なにする?」
なぜか正座の魔奇さん。
「せっかくですから、自然を見に行きたいですね」
「えぇ~、散々見てきたではないか」
勇香ちゃんの提案に、小悪ちゃんが唇を尖らせました。
「それより、我は甘いものが食べたいのだ」
「きのみ?」
「毒があったら困るぞ」
「においではんべつ」
「できるのか?」
「ちょっとむずかしい」
きとんの言葉に肩を落とす小悪ちゃん。
「昼寝よ、昼寝。寝るには最高のロケーションじゃない」
さっそく座布団の上に寝転がるシロツメちゃん。魔奇さんが呆れたように息をはきました。
「サラちゃんを見た後だと、シロツメのやる気のなさが際立っちゃう」
「失礼ね。あたしが本気を出す機会がないだけよ」
「そういえば、シロツメは人型になれないのか?」
小悪ちゃんの質問に、シロツメちゃんはぷすんと鼻を鳴らします。
「使い魔の人型変化は主の実力を表すのよ」
「できないのか?」
「できるにはできるけど、半人前の主の姿なんてあたしのプライドが許さないわ」
「どういうことだ?」
「えっとね、使い魔の人型変化でなる姿は、基本的に主の姿を模すことになっているんだって。だから、サラちゃんの見た目はお母さんそっくりだったでしょ?」
似ている理由はそういうことだったのですね。
「色や声はそのままだけど、姿形は寄せることになるから……」
「少なくとも、ある程度成長したと認めるまでは変化しないわ」
「半人前だと何か問題でも?」
勇香ちゃんが訊くと、シロツメちゃんは露骨に嫌そうな顔をしました。あ、例のごとく、そう思っただけですが。
「問題というか……。使い魔が人型だと、主を示しているようなものでしょ。それなのに、半人前だと恥ずかしいじゃない。もちろん、実力がないと困るってのもあるわ。潜在能力が高ければ話は別だけれどね」
「ふうん? 魔女にもいろいろあるのだな」
「そうよ。……はあ、たくさん喋ったら糖分が足りなくなってきたわ。スペル、甘いものちょうだい」
「そんなに喋ってなくない? ていうか、ここにはないよ」
「えーーーー‼」
声を上げたのは小悪ちゃんです。
「七日間、甘いものなしで過ごすのか⁉ そんなの無理だ!」
「一応、少しはお菓子持って来たけど、すぐ食べちゃうね」
私は鞄の中身を思い出しますが、暑くて溶けるだろうとチョコレートはありません。七日もの間、お菓子を食べない生活は初めてです。
「近くにお菓子売ってるよ」
あっさり言う魔奇さん。床に伸びていた小悪ちゃんが飛び上がります。勢いあまって勇香ちゃんとぶつかり、二人とも額を押さえて悶絶。
「そ、それはどこなのだ……?」
涙目のまま手を伸ばす彼女に、魔奇さんは「自宅から十分くらい?」と小首を捻ります。おや、なぜ疑問形?
「いつもほうきで行っているから、徒歩の所要時間がわかんないや」
「なんとなくで考えると、二、三十分くらいでしょうか」
よろよろと起き上がる勇香ちゃん。額が赤くなっています。
「かなぁ。駄菓子屋さんなんだけど、今から行ってみる?」
「駄菓子屋か。我は行ったことないな」
「ほんと? いろいろ種類あって楽しいよ。あと、安い」
「楽しそうですね。七日間、お世話になるかもしれませんし、みなさんで行ってみませんか?」
「みるくうってる?」
上目遣いに訊くきとん。ミルクかぁ……。
「ミルクはないかも。ラムネなら売ってるんじゃないかな?」
「らむね。のむ」
全員の気持ちが揃ったのを見て、魔奇さんが案内係を買って出ます。
「わたしの後についてきて。迷う道じゃないけど、一応ね」
「すぺるはよく行くのか?」
「ここにいた頃はね。店主の鳥じいとは昔からの知り合いだし、魔法の勉強が大変で疲れた時は百円玉握りしめて駆け込んでたよ」
「素敵なエピソードですね」
「わたしが家にいないと、お母さんってばすぐ『ヤドリギ』に連絡するんだから」
「えっ?」
思いがけない言葉に、準備していた私は呆けた声を出しました。
「どうしたの、平良さん」
「いま、ヤドリギって言った?」
「うん。駄菓子屋『ヤドリギ』。これから行くところの店名だけど、どうかした?」
私は、少し前に喫茶『六等星』でした話を思い出します。短期バイトを募集していた星奈さんの知り合いの店。夜魔地方にある駄菓子屋さん。たしか名前は……。
「そのお店、明杖さんのバイト先だ」
「へえ~、そうなんだ」
魔奇さんはのんびりと微笑み、そのまま固まり、目を見開きました。
「どゆこと⁉」
お読みいただきありがとうございました。
持って来たお菓子はスナック菓子が九割です。




