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78話 マジマジ夏休み

閲覧ありがとうございます。

夏ですね。暑いですね。ほんと。


「マジマジの夏休みが、きたーーーーーっ!」


 バスの車窓から顔を出し、元気な声で外に叫ぶ魔奇さんと小悪ちゃん。開放感あふれる景色に胸の高まりは収まることを知りません。


「顔を出すと危ないですよ」


 注意する勇香ちゃんの顔にも笑顔が浮かんでいます。相変わらずのシロツメちゃんはあくびをしながら主に流し目をくれました。


「まったく、こどもなんだから」

「他にお客さんもいないから、少しは許してあげて」

「シホはスペルに甘いわね」

「楽しみで仕方がない気持ちは私も一緒だから」

「見渡す限り山、山、山……。緑ばかりだわ」


 呆れたように遠くを見る彼女ですが、周囲の音を逃がしまいと耳は終始動いています。


「しほ、おでかけだね」


 隣に座るきとんが頬ずりしてきます。


「そうだね。みんなで遠出するなんて、思ってもみなかったな。入学したばかりの私に言ったら驚くよ」


 補習と追試から解き放たれた魔奇さんと小悪ちゃんは、隣同士の座席に座りながら不津乃高校の校歌を歌い始めました。お客さんは私たちだけ、大音量でもないので、勇香ちゃんは黙って耳を傾けます。


 私の膝でくつろぐシロツメちゃんと、肩に寄りかかるきとん。ふたりのぬくもりを感じながら、私はバス前方の大きなガラスに目をやります。


 フロントガラスの向こうには青々とした緑が広がり、視界のすべてを覆い尽くしています。太陽の日差しが注がれる山々は、猛暑を感じさせない涼が漂っている気がしました。


 うねる山道に身体が揺れます。バスが心地よい振動をプレゼントしてくれるので、隣できとんが寝息を立て始めました。


 通路を挟んだ座席から聞こえてくる少女たちの歌声が子守唄となり、期待と高揚感で落ち着かない心を静めてくれます。


 電車やバスを乗り継ぐこと、はや三時間。まだ到着しない夜魔地方への想像が膨らむことをやめません。


 私、魔奇さん、シロツメちゃん、小悪ちゃん、勇香ちゃん、きとん。明杖さんはバイトなのでいませんが、無事にみんなと集まれたことを嬉しく思います。


 魔奇さんが家に遊びに来た日が脳裏に浮かびます。緊張感とともに送信したメッセージ。返ってきたのは物語が動き出す言葉でした。


 それぞれの保護者への許可や、魔奇さんの家への確認、日程の調整を行った結果、六泊七日のマジマジ遠征が決まったのでした。


 一週間の夏休み。わくわくしないはずがありません。


 洗濯はできるので、荷物は大きなリュック一つと、普段使う鞄のみ。母に持たせてもらった魔奇さん家へのお土産を大事に抱え、夜魔地方に到着する時を待っています。


「まだまだ着きませんね」


 身体を左右に揺らしながら歌う二人を眺めつつ、勇香ちゃんがこちらに顔を向けます。眠っているきとんを見て、穏やかな笑みを浮かべました。


「ほんと。遠いとは言われたけど、こんなにだとは思わなかったよ」

「バスは終点まで乗るそうです」


 経路を書いた紙に視線を落とす彼女。


「バスの終点って存在するんだね。なんだか、ずっと走っている気分」


 けれど、みんながいるので楽しいです。


「ひとりで乗っていたら、さみしかったかもしれませんね」

「勇香ちゃんも来れてよかった。勇者の使命が忙しいんじゃないかと不安だったの」

「勇者たる者、どこであろうと助けを求める人がいればやることは同じです。そして、様々な場所に赴き、見聞を深めることも大切。勇者として生きるには、広い視野が必要ですから」

「ということは、夜魔地方でも人助けするんだね」

「もちろんです。私は、その為にマジマジに入ったのですから」


 力強く頷く彼女に、私も気を引き締めます。


「私に手伝えることがあったら、なんでも言ってね。勇者じゃなくて、勇香ちゃんの助けになるよ」


 彼女は笑顔を浮かべました。勇者としてではなく、一人の少女として。


「はいっ!」


 どれくらい走ったでしょう。時折、勇香ちゃんと景色について言葉を交わしながら、まぶたの重みを感じ始めた頃。


 バスはゆっくりとスピードを落とし始めました。運転手のアナウンスが終点に到着することを報せます。


「きとん、そろそろ起きて。着くよ」

「んにゃ……にゃぅ……」


 後ろの座席を覗いた勇香ちゃんは、「志普さん」と話しかけてきます。


「なに?」

「さっそくですが、私を助けていただいてもよろしいですか?」

「もちろん。何をすればいい?」


 彼女はすらっと伸びる指を斜め横に向けます。


「この二人を起こす手伝いをしてほしいのです」


 そこには、元気よく歌っていたはずの二人が支え合うように眠っている姿が。丸く口を開けたままの小悪ちゃんは寝言か寝息かわからない音を出しています。


 遊び疲れて眠った幼子のようで、大変かわいらしいです。対して、規則的な寝息を立てる魔奇さんはまるでお人形。日本人離れした顔立ちも相まって、異世界から迷い込んだ少女のようでした。


「あんまり気持ちよさそうに寝ているので、起こすのがしのびなく……」

「そうだね。でも、これからなんだから」


 そう、遊び疲れるにははやいのです。マジマジの夏休みはここから始まるのですから。


「魔奇さん、小悪ちゃん、起きて」

「ううう~ん……?」

「ぬぬ……うぬぬぅ……」

「夜魔地方に着くよ」

「ほぁ……、もう……?」

「ずいぶん早かったではないか……」

「寝てるとそう感じるかも。でも、結構時間経ったよ」

「ほんとだ……。そろそろ終点だね」


 時計を見た魔奇さんはぐーっと伸びをします。


「はぁ~……、こっちに来るの久しぶりだなぁ」

「すぺるの実家か。どんな場所か楽しみだ」


 目をこすりつつ、覚醒した小悪ちゃんは椅子から身を乗り出します。


「危ないですってば」

「平気だ。もうバスは止まる」


 そう言った時、バスは動きを止めました。


「ご乗車ありがとうございました~。終点、夜魔~。終点、夜魔でございます~。お降りの際は、忘れ物にご注意ください~」


 アナウンスが流れ、私たちは荷物を持って車両前方に歩いていきます。お金を運賃箱に入れ、運転手の人にお礼を言いました。


「よい一日を。じゅうぶん気をつけて行くんだよ」


 初老の男性は優しい顔で手を振りました。去りゆくバスが見えなくなるまで眺め、私たちは古ぼけたバス停に取り残されます。錆が目立つ看板には『夜魔』の文字。


「気をつけるって、なにに気をつけるのだ?」

「決まり文句だと思いますよ。『いってらっしゃい、気をつけてね』と言うでしょう」

「ああ、なるほど」


 軽く首を振り、小悪ちゃんは視線を前に向けます。バスから降りた私たちは、まだ動けずにいました。


 目の前に広がる自然。あまりに豊かな自然。信じられないくらいの自然。どこを見ても緑しかありません。あ、花が咲いている。よかった、目がおかしくなるところでした。


「いやぁ、すごい……あれだな、その、豊かだな」

「気を遣わなくていいよ?」

「なんにもないな」

「でしょ」


 困ったように笑う魔奇さん。たしかに、何もありません。でも、ここに来なければ知らなかった雄大な景色があります。それに、七日間滞在するのです。その間に見つけるものもあるでしょう。


「さて、ここからは歩きます」

「げっ! まじか!」

「うん。バス停から徒歩五分なわけないでしょ」

「魔法じゃだめなのか? 目的地までひとっとびの魔法」

「転移魔法のこと? まあ、あるにはあるけど」


 コラボカフェの時に成功した魔法ですね。知っている場所でないと飛べないという条件があります。目的地は彼女の実家なので、よくご存知のはずですが。


「さすがにこの人数は怖いよ」


 笑顔を引っ込めた魔奇さんがつぶやきます。


「怖いとはどういうことだ? 失敗は成功のもとだぞ?」

「そう言う意味じゃないよ」

「では、どういう意味だ?」


 足を踏み出す魔奇さん。先頭を歩く彼女に続き、私たちも進み始めます。小悪ちゃんだけが「え~~、歩くのかぁ?」と止まったまま。


 ふと、わずかに振り返った魔奇さん。表情のない顔にどきりとします。


「バラバラになりたくなければ歩こうね」

「バ、バラバラ……⁉」


 青ざめた小悪ちゃんは、走って間に割り込みます。小さく震えながら黙って足を動かす彼女に、魔奇さんは「よろしい」と前を向きました。


 あの、バラバラってなんでしょうか。転移魔法の失敗がバラバラなんですか? 具体的には何が?


 沈黙を貫いていた私ですが、内心、冷や汗が止まりません。魔奇さん、バラバラってなに⁉


「転移魔法の失敗談は世界にいくつも残っているのよ、シホ」


 ふいに、耳元で声がしました。シロツメちゃんが肩に乗り、口元を寄せています。


「詳しい話、聞きたい?」


 怪しげな声に、私は全力で首を横に振りました。


「ふふっ、賢明ね。でも、安心なさい。スペルの転移魔法は、あたしを除いて二人までなら成功するわ」


 じゃあ、五人は……。


 かすかに顔を動かすと、もふもふの生き物は口角を上げて黙ったまま。私は視線をそらし、それ以上は何も訊きませんでした。


 別のことを考えようと、歩くたびにちりんと音を鳴らすきとんの鈴に意識を集中させます。


「あ、そうだ。みんな、事前に言っておいた鈴は持ってきている?」


 ふと、魔奇さんが声を上げました。


「鞄から出しておいてね。ちゃんと音が鳴るようにしないとだめだよ」

「すぺるは注文が多いな。なんでだ?」


 落ち着いてきた小悪ちゃんが訊きます。


「なんでって、そりゃ」


 魔奇さんは心底、不思議そうに首を傾げます。


「クマが出るからだよ」


 言葉を失う一行。


「バスの運転手さんも言っていたでしょ。『じゅうぶん気をつけて』って」


 私の後ろで、絶え間なく鳴っていた鈴の音がやみました。


お読みいただきありがとうございました。

夏休み編は78話から106話までです。

ぜひお楽しみください。

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