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77話 おいでませ平良家

閲覧ありがとうございます。

70話を超えてやっと家に遊びに行く青春物語。


「いらっしゃい、魔奇さん」


 玄関扉の前、鞄を持った彼女は緊張した面持ちで頭を下げました。


「お、お邪魔します……!」


 日差しを避ける為の三角帽子が傾き、彼女が慌てたように手を添えます。一歩踏み出し、玄関に入ると、熱風から逃げるようにドアを閉めました。


 壊れたロボットみたいな動き方をしつつ、丁寧に靴を揃えます。何もかもが新鮮なのでしょう。遠慮がちに視線を巡らせる彼女は、「素敵なおうちだね」と微笑みました。


 リビングに招き入れると、母ときとんが振り返ります。


「あら、いらっしゃい」

「おはよう、すぺる」


 ソファーから顔を出すきとんは、小さな手を振りました。いつもなら振り返す魔奇さんですが、今日は『初めての友達宅訪問』により緊張マックス。


 獲物を仕留める獣のごとき鋭い眼光で二人を見ます。ピンと伸びた背筋は小学一年生も顔負け。平均よりも高い身長のおかげで、より美しい姿になっています。


「お初お目にかかります。わたくし、一年二組の生徒で、日頃から平良さんには大変お世話になっております、魔奇すぺると申します。ふつつか者でございますが、今後も精進して参りますので、何卒宜しくお願い申し上げます!」


 一息で言うと、真っ白な髪が乱れるのも気にせず、深く頭を下げました。魔奇さん、結婚の挨拶と間違えてないかな。お母さんのマニュアル、あとで見せてもらおう。


「こちらこそ、いつも志普と仲良くしてくれてありがとう。今日はのんびりしていってね」


 口元に手を当てて笑う母。勢いのある挨拶がツボにはまったようです。


「すぺる、そのあいさつあってる?」

「えっ? マニュアル通りのはずなんだけど……」


 やっぱり、マニュアル見せてもらうしかない。


「志普、お母さんはキッチンで夕飯の仕込みしているから、好きなようにお菓子持って行って」

「うん」


 三人分のお菓子と飲み物をトレイに置き、机に並べます。


「魔奇さん、どうぞ」

「しっ、失礼しま、します!」


 直角のお辞儀をし、ぎこちなく椅子に座ります。足はぴったり揃い、両手は膝の上。面接じゃないよ?


 私と向かい合うように魔奇さん。私の隣にきとんが座ります。


「シロツメちゃんも出てきて大丈夫だよ」


 母には事前に説明してあるので、問題ありません。


「あらそう?」


 鞄の中から這い出てきた彼女は、ぴょんと机の上に箱座り。大変納まりがいいですね。


「あらあら、ほんとにしゃべってるわ」

「スペルがお世話になるわね」

「いえいえ。あなたもお菓子食べる? それとも果物の方がいい?」

「何の果物かしら」

「食べ頃のバナナがあるわ。とっても甘いの」

「高貴なあたしには似合わないけれど、まあ、いただくわ」


 少々上からなセリフですが、母は楽しそうに準備を始めました。声こそ大人の女性ですが、見た目は不思議なもふもふ。小さな生き物が必死に背伸びしているようにしか思えません。


 食べやすいように細かくカットされたバナナのお皿を前に、シロツメちゃんは「まあまあね。甘くて食べやすいわ。あたしには似合わないけれど。もっと食べてもよくってよ」などと言いながら舌をぺろぺろ。満足げに鼻を鳴らし、また箱座りしました。


「こら、ありがとうは?」

「感謝するわ、人の子」

「シロツメ、言い方」

「お礼はお礼よ。言ったんだからいいじゃない」

「またそういう屁理屈を……」


 シロツメちゃんのおかげで、いくらか緊張が解けた様子の魔奇さん。眉をへの字に曲げてもふもふをつつきます。


「まあまあ、魔奇さん。それくらいで」

「甘やかすともっと調子に乗るんだよ」

「ツンデレってやつだよ」

「えー……?」


 納得いかないようですが、さっそく今日の本題に入りましょう。


「魔奇さん、追試合格おめでとう」

「おめでと」

「ありがとう、二人とも!」


 そう、彼女は無事、追試を合格することができたのでした。


 試験日は今日だったのですが、学生の夏休みの為、そして補習担当の先生の休暇の為、その日のうちに採点が行われました。


 魔奇さんは全教科赤点でしたが、そのうちのいくつかは補習に参加することと、追加の課題を提出することで合格判定になるそうです。結果的に、主要五科目の追試を突破すれば総合合格。魔奇さんは五科目で平均点を超えることができたのでした。


「めちゃくちゃギリギリだったけどね……」


 恥ずかしそうに頬をかく彼女。


「それでも、合格は合格だよ。一点でも超えれば自信持っていいんだから」

「ありがとう。実は、ちょうど一点超えが三教科ありまして」


 三教科もギリギリとは。では、残り二教科はそれ以上?


「他の二教科は平均点ぴったりでした」


 ギリギリどころの話ではありませんが、合格なのでよし。


「でも、よかった。小悪ちゃんも合格できて」

「ほんと。二人して抱き合いながら泣いたよ」

「見てみたかったかも」

「感動の光景だったよ」


 魔奇さんからの知らせを受け、その場にいた小悪ちゃんにも平良家でのお祝いを提案したのですが、今日は用事があるとのことでした。またの機会ですね。


「じゃ、お菓子食べよ。いっぱいあるから遠慮しないでね」

「ありがとう。あ、わたしも持って来たんだ。縦横五メートルの菓子折りじゃなくて、わたしおすすめのお菓子だよ」


 素敵なウインクとともに鞄から取り出したのは、恐竜堂オリジナルクッキーでした。出張販売などは行っていないので、店舗に行かないと買えないものです。手頃な価格でありながら、味と品質にこだわったクッキー。おかげで老若男女に大人気だそうです。


「これ、私も好き」

「ほんと? 実はね、恐竜堂の商品だし、きっと知っているだろうからやめようと思ったんだけど……」


 何かを考えるように言葉をしぼめますが、次の瞬間、パッと顔を輝かせて私を見ます。


「恐竜堂は平良さんに教えてもらったお店で、平良さんがいなかったらずっと入らずしまいだったと思う。だから、これしかない! って」

「恐竜堂、気に入ってもらえてうれしいよ」

「めちゃくちゃお世話になってます。ポイントたくさん貯まったよ。還元率すごいね」

「一度使うとやめられないの」

「危ないお店だった……」


 おどける私たちは、くすくす笑いながらお菓子を手に取ります。他愛もない話をしながら、ふと思うことがありました。


 高校生になって初めて家に呼んだ友達が魔奇さんでよかった。テレビを観るわけでも、ゲームをするわけでもないけれど、とても楽しい時間を過ごせています。魔奇さんも同じだといいな。


「……んにゃ、にゃ」


 恐竜堂オリジナルクッキーを両手で持ち、小さな口でかじるきとんは、どことなく嬉しそうです。彼女も安心していることがわかります。


 穏やかで平和な時間。ただ話しているだけなのに、時計の針はどんどん過ぎていきました。


「それにしても、改めて考えると平良さんには感謝してもしきれないよ」


 彼女がそんなことを言うので、「なあにそれ」と笑みをこぼします。


「だって、学校のこともうさ之助のことも、買い食いも恐竜堂も、ぜーんぶ平良さんがいないと、わたしなんにもできなかった」

「言い過ぎだよ。魔奇さんならうまくやれたって」

「どうかなぁ。平良さんがいなかったら、今頃教室の隅っこでひとりだった気がする」

「私じゃなくても、きっと誰かが話しかけてたよ」


 みんな、神秘的な魔奇さんに緊張していただけなのです。その証拠に、一年二組のクラスメイトとはずいぶん打ち解けたはずです。


「でも、その『誰か』が平良さんでよかった」


 かすかに傾ける顔。白い髪がふわりと揺れました。どこまでも優しい瞳が私を見つめるので、平凡な私はつい見惚れてしまいます。


 いつも元気はつらつなので忘れがちですが、彼女は謎めいた魅力を持つ人です。学校内でも、『一年二組に美少女がいる』と話題になっていると聞きました。


 いつの間にか内側から見ることが多くなっていたマジマジメンバー。でも、人目を引くものも持っている人ばかりなのです。私を除いて。平々凡々が混じっていてすみません。


「おおげさだよ」


 気恥ずかしさから目線をそらしつつ、紅茶を飲みました。


「おおげさじゃないよ。どうにかこの感謝を伝えたいんだけど、何かいい案はないかなぁ」

「感謝なんてそんな」

「平良さんにとっては普通でも、わたしにとっては世界を変えるに等しいの。だから、お礼がしたい」


 まっすぐに言われ、『結構です』とは言えなくなります。


「うーん、おもてなしするにも、一人暮らしの部屋だと物も少ないし狭いし……。せめて実家だったらなぁ」

「行けばいいじゃない」


 眠そうにあくびをするシロツメちゃんがぽつりと言いました。


「行けばいいって、わたしの実家に?」

「そうよ。かなり遠いらしいし、ちょっとした旅行にもなるんじゃなくて?」

「いやでも、なんにもないよ? すっごく田舎。めちゃくちゃ田舎。豊かな自然しかないんだから」


 顔の前で手を振る魔奇さんは、『なにを言う』と表情を歪めます。


 そういえば、彼女の実家についての話は、あまり聞いたことないですね。興味が出た私は、これまでのおしゃべりで滑らかになった舌を動かします。


「魔奇さんの実家ってどこなの?」

「聞いても知らないと思うよ。観光地もないから人も来ないし、ただただ豊かな自然が広がっているの」

「知ってるかもしれないよ?」


 促す私に、彼女は唇を尖らせます。そんなに言いたくないのでしょうか。


「めちゃくちゃ田舎だから恥ずかしいんだもん……」

「そんなことないよ。魔奇さんの出身ってだけでいいところ」

「そ、そう……?」


 頬を赤らめた彼女は、咳払いをひとつして続けます。


「えっとね、多分絶対おそらくきっと知らないと思うんだけど、夜魔地方って知ってる?」


 あれ、つい最近聞いた地名ですね。


「本当に自然しかないんだけど、のんびりするにはいいところだよ」

「ねえ、いま夜魔地方って言った?」


 ふいに、キッチンで夕飯の仕込みをしていた母が顔を出します。


「わあ、懐かしい。夜魔地方なんて久しぶりに聞いたな」

「お母さん、知ってるの?」

「昔、結婚する前のお父さんとお出かけしたことがあるの」

「なんにもなかったでしょう?」


 苦笑する魔奇さん。


「たしかに、なんにもなかったわね。でも、ないからこそ見えるものもあったかな」


 ナゾナゾのような言葉に、私たちは首を傾げます。詳しく言わない母は、微笑みながら「そうだ!」と手を合わせます。


「志普、サークルのみんなと出かける場所を考えているって言ってたよね」

「うん。どこがいいかわからなくて」

「みんなで夜魔地方に行ってみたらどう?」

「な、なんにもないですよ?」


 慌てた様子の魔奇さんが言いますが、母は「みんなと出かければどこでも楽しいんじゃないかな?」と問いかけます。


「たしかに……。わたし、どんなにつまらない場所でも平良さんと一緒なら楽しめる自信がある」

「どんな自信なの」

「……も、もし、夜魔地方に来るならわたしの家に遊びに来て。ちょっと遠いから、何泊かする感じで……。その時は、全力でおもてなしするから!」


 冷房が効いているはずなのに、彼女の顔は熟れたいちごのように赤くなっていました。


「しほ、おでかけ?」


 クッキーを飲み込んだきとんが顔を覗きこみます。その問いに、すぐに答えられない私。


 心臓がどきどきと脈打っているのがわかります。手を伸ばした先にある期待を掴もうと必死になっているのです。あと少しかき分ければ見える未来に、私の胸は高鳴ることをやめません。


「……みんなに、訊いてみよっか」


 平静を努めてつぶやいた言葉。震える手でマジマジのグループにメッセージを送信します。


 彼女たちから返信が来るまで、私の心臓はもってくれるでしょうか。うるさいほどの鼓動が全身を揺らし、落ち着きません。


 もしかしたら、とんでもない夏休みが待っているかもしれない。私を押し潰してしまいそうな物語が、すぐそばまで迫ってきている。


 そんな予感が止まりません。やがて、彼女たちからメッセージが届きました。


 おそるおそる確認する携帯の画面。そこには――。


お読みいただきありがとうございました。

果たしてそこには。

次回から『三角帽子とシロツメクサ』夏休み編です。お楽しみに。

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