76話 夏バテ
閲覧ありがとうございます。
さすがに暑すぎるエブリデイ。
七月も終盤に差し掛かった頃。
私は携帯電話を操作しながらメッセージを送信していました。相手は魔奇さんです。
明日、期末テストの追試が予定されています。ゆえに、彼女は緊張と不安でへにゃへにゃになっていました。文面から滲み出るネガティブオーラに、私はうさ之助のスタンプを送って慰めることしかできません。
数多のヘルプメッセージの中に、『全然ご飯が喉を通らない……』とあるのを見て、私は不安に駆られました。
きっと、補習や自主学習、魔法の勉強で睡眠不足でしょう。疲れが溜まっている時に食事ができないと、体調不良がどんどん悪化していきます。
今日の補習が終わっていることを知り、私はとあるメッセージを送信しました。返信を見て、部屋を出ます。
母と映画を観ているきとんは連れず、一声かけて家を出ました。集合場所にした不津乃公園まで早足で進み、ベンチに座っている魔奇さんを発見……。
「だ、大丈夫?」
問いかけると、人型を失いつつある彼女は液体状の腕を力なく挙げました。
「やほ……、平良さん……、久しぶりだね……、トークはほぼ毎日してたけど……、生身はひさびさ……」
生身って。
「元気だった……? ちゃんとご飯食べてる……?」
「私は元気だよ。心配なのは魔奇さんの方。シロツメちゃん、魔奇さんは大丈夫?」
「まあ、さすがにこの暑さじゃ、疲れもするわね。主がこんなんだから、あたしも引っ張られてへろへろよ」
もふもふの身体を伸ばす彼女は、ベンチから涼を得ようと必死です。暑さの原因って、そのもふもふじゃないのかな。
「とりあえず、近くのカフェで休憩しよう。冷たいドリンク飲むよ」
「うん……。平良さんとおでかけ、うれしい……」
虚ろな目で言うので、怖くなって魔奇さんを引きずりながら急いで入店しました。椅子に座らせ、メニュー表を見せますがへにゃへにゃなのでオススメを注文します。
ドリンクも一番冷たそうなものを選びました。届いたドリンクにストローをさし、彼女の口元に寄せます。
「う、ううん……、つめたい……、おいしい……、つめたい……はっ!」
目を見開いた彼女は、グラスを勢いよく掴むとストローから口を離し、直接傾けました。凄まじい速さで消えていく中身。
ぷはっと心地よい音とともに、魔奇さんの目が赤くきらめきました。周囲に魔法の……なんだろう、不思議なものがふよふよ浮かんでいます。
「魔奇すぺる、復活!」
高々と掲げたこぶしに、シロツメちゃんが耳でアタックします。
「こら、店の中よ」
「ごめん。でも、一番隅の席だから誰も見てないよ」
「こどもっぽいからやめなさい」
「はいはい」
「はいは一回」
「はーい」
「伸ばさない」
仲良しなふたりを見て、安心した私もドリンクを飲みます。身体が一気に冷えていくのを感じ、ほっと息をはきました。
「勉強の調子はどう?」
「もう頭がぐちゃぐちゃだよ。でも、がんばってる。マジマジ夏休みの為に!」
「目的があった方がやる気は出るわ。前よりも解くスピードもはやくなっているわね」
「そっか。じゃあ、明日は心配いらないかな?」
「明日のことは、明日のわたしに任せてある」
それは、つまるとこと、どういう意味なのでしょう?
「今日も帰ったら勉強よ。追試でも赤点取ったら主従契約を解消するからね」
「主が死ぬ以外で解消ってできたっけ?」
「できないわ」
「待って、じゃあ死ねってこと⁉ さすがに泣いちゃう!」
「馬鹿ね。そのくらいの気持ちで向かいなさいってことよ」
「わかってるよう……」
いじけながらストローをくわえる魔奇さん。たくさん勉強しても、不安はあるのでしょう。なにより、また赤点を取ったら夏休みの命が失われます。マジマジで思い出を作りたいと思う彼女にとって、なんとしても避けたいことのはず。
目的があった方が……。シロツメちゃんが言った言葉が脳裏に浮かびました。そうだ、明日の追試をさらにがんばれる何かがあれば。
「ねえ、魔奇さん。もしよければ、明日の追試が終わったら、うちに遊びに来ない?」
「………………へっ?」
かなり溜めてから呆けた声を出す彼女。
「補習と追試で毎日大変なのに、一人暮らしだと家のこともやらないといけないでしょ? 疲れていると思うから、ご飯食べに来て」
「…………いっ、いいい、いいいの? いいんですか?」
「うん。お父さんは仕事だから、お母さんときとんに言えば大丈夫」
「……えっ、っと、ちょっと待ってね、わたしがたい、平良さんの家にい、行く?」
探偵にトリックを暴かれた犯人のように動揺する魔奇さんは、額に手を当てながら唸ります。体調不良かと思うくらい脂汗を浮かべ、眉間によるしわは非常に深いものです。
「わた、わたしが平良さんの家にお邪魔して、ご飯をいただく……。そうか、わかった……!」
今度は名探偵魔奇さんが出てきました。
「長時間の勉強による疲労と睡眠不足と夏バテによる幻覚だな?」
「違うよ」
「じゃあ現実なの⁉ 待って、心臓が持たない。わたし、どうすればいいの⁉」
「落ち着いて」
「だってだって、友達の家に遊びに行くの初めて……! はっ、そうだ。菓子折り。菓子折り買いに行かなきゃ。マニュアルに書いてあった縦横五メートルの菓子折りを!」
目をぐるぐるさせる魔奇さんに、シロツメちゃんがしっぽアタック。
「へぶぅ……。な、なにするの」
「やかましかったから」
「だって、平良さんの家にお邪魔するんだよ? 縦横五十メートルの菓子折り用意しなきゃ」
あれ、大きくなっていませんか?
「なに馬鹿なこと言っているのか知らないけれど、せいぜい五センチでいいわよ」
「平良さん家なのに⁉」
「シホの家だからよ。変に気を遣われた方が困るじゃない」
大人な対応をする使い魔に、主は少しずつ正気を取り戻していったようです。
「そっか……。そうだね。あんまり大きくても遠慮しちゃうよね」
「もしお菓子を持ってきてくれるなら、魔奇さんがおいしいと思ったものがいいな。私も食べてみたい」
「……う、うん! おすすめあるよ。持って行くね」
夏の暑さとは違う朱に染まった頬で、彼女は何度も首を縦に振りました。
「よおし、勉強がんばろうっと!」
「元気出た?」
「出た! ありがとう、平良さん」
「どういたしまして。明日の追試、がんばってね」
「全力のわたしでぶつかってくるよ」
その意気やよし。
「お邪魔する前に、お母さんからもらったマニュアル読みこまないと」
「菓子折りの大きさは間違っているような気がするよ」
ところが、彼女は「合ってるよ?」と首を傾げます。
「巨大な菓子折りをコンパクトにする魔法があるの」
「そんな魔法があるんだね」
たしかに、それならどんなに狭いドアでも入ることができますね。
「部屋が狭かったらどうするのよ」
シロツメちゃんの問いに、「魔法を解かなければいい」と答える魔奇さん。
「魔法がかかったままだと、菓子折りの中身はどうなるのよ?」
「そのままだよ。小さくしてあれば、小さいまま」
シロツメちゃんが呆れたように耳を下げました。
「じゃあ、最初から小さい菓子折りでいいじゃない」
お読みいただきありがとうございました。
せっかくなので豆知識コーナーという名の魔法解説を少し。
今後も忘れなければやっていきます。
【菓子折りをコンパクトにする魔法】
どんな大きさの菓子折りでもコンパクトにしてしまう魔法。菓子折りにしか効果がない。
魔法を解かなければごく一般的な大きさのまま。
この魔法は、魔法をかける菓子折りの中身を知らないと使えない。
難易度:簡単




